第70話 EP9-14 一矢
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
スピニースは、西の大砦の、重厚な城の、一番高い塔の屋上にいる。吹き飛ばされそうな、強い風が吹き荒れる。
「ふっ。いい風だ」
スピニースは、緑色の長い髪で、右目は前髪に隠れた、男エルフだ。長身で華奢な肢体をタイトな服が包み、黒い革鎧で急所だけを守る、軽装備アーチャーだ。ストイックな、ランクSSの魔物ハンターだ。
「なぁ、あんた。この石の魔力を、発動してくれないか?」
金の留め金の男に、手にした矢を示す。
ローブの軍人たちが、全員スピニースを睨む。
目には、絶望と動揺と焦りと怒りと嫌悪が混じり合う。言葉にするなら、絶望的な状況で一刻を争う大事な議論をしているのに亜人種ごときが割り込むとは何たる無礼か、である。帝国軍人は、エルフを含む亜人種を、魔物の眷属と噂し嫌う。
ここには、スピニース以外に、案内の兵士が一人と、魔法使いらしきローブの軍人が数人いる。ローブの軍人たちの中で一番偉いのが、帝国の剣盾の紋章の金の留め金をした、丸い片眼鏡の男だと思われる。
「むっ?! ちょっと待て! それは、もしや、ロック鳥の宝石か!?」
金の留め金の男が、急に目の色を変えて、手首にしがみついた。興味関心に満ち満ちた目を見開いて、鏃を凝視した。
「あぁ、そうだが、どうした?」
ちょっとビックリした。擦れ違いに軽く触れただけで、汚らわしい!、とか吐き捨てる連中だ。そっちから触ってくるとは、意外すぎた。
「ロック鳥の宝石とな?」
「それは珍しい! 私にも見せてください!」
ローブの軍人たちが、ぞろぞろとスピニースの前に集まる。絶望も動揺も焦りも怒りも嫌悪も忘れて、興味だけで宝石に魅入る。
「き、き、き、君っ! この宝石は、どういう伝手で入手したのかね? 金額は、如何ほどかね?」
比較的年長と見受けるローブの軍人の一人が、聞いてきた。声に嫌悪はない。あるのは、興奮だ。
「ロック鳥を退治して手に入れた。その依頼の、即席パーティのメンバーと交渉して、譲り受けた」
「むぐぐ、そうか。やはり、ロック鳥ほどの魔物の宝石が市場に出るものではないか。魔物ハンターが自力で入手か、なるほど」
「このサイズと質の、風の魔法の触媒ですからな。値段のつけようがありますまい」
「実に、羨ましい。えぇ、一生に一度でいいですから、このレベルの風の魔法を使ってみたいものです」
雰囲気が、明白に変わる。絶望も焦燥も消えて、興奮に塗り替わる。
「良いものを見せてもらった。約束だったな、エルフの弓使い。要求があれば、遠慮なく言え」
金の留め金の男が、手首を放した。偉ぶって踏ん反り返った。目に嫌悪なんて残っていなくて、楽しげに、口元を微かにあげた。
◇
「俺は、精霊魔法は使えるが、魔物の石の魔法は使えないんだ。だから、この石の魔法を頼みたい。その魔力で、飛竜を討つ」
再度、手にした矢を示す。
自力での竜討伐は不可能だと結論した日から、自力を超える自力を求めた。諦めるほど正常ではなかったし、異常も悪くない。ひたすらに、ただひたすらに力を求めた。
ローブの軍人たちが、興味深げに観察する。
「いやはやしかし、ロック鳥の宝石を鏃にしてしまうとは、贅沢極まりない矢ですな」
「宝石を包む白銀色の装飾は、魔力を封じる魔法品ではないか? なぜ、わざわざ魔力を封じるのだ?」
「おおっ、分かります、分かりますぞ! この封印では、宝石の魔力に耐えきれず、すぐに破砕します! 魔力を一時的に封じ、圧縮された魔力の爆発で、さらに威力をあげる仕組みですとも!」
ローブの軍人たちのテンションが高くて、接しづらい。魔法が絡んだ魔法使いというやつらは、魔物ハンターも帝国軍人も変わらないようだ。積極的に詰めてくる連中との会話は、苦手だ。
「そうだ。魔力の発動した矢を射る。今出せる最大の威力を、飛竜に撃ち込む」
「クククッ、愚か者め」
金の留め金の男が楽しげに、理屈っぽく笑う。
「その宝石に、その封印では、飛竜に届く遥か手前で爆発する。最悪、この場の全員が木っ端微塵だ」
不穏なことを、楽しげに口元をあげたまま、続ける。
「運が好かったな、エルフの弓使い。時間を指定しろ。指定した時間丁度に発動するよう、調整してやる」
「おおっ! 隊長が時間調整をなさるのでしたら、そんな、もしや、まさか、発動は我々に任せていただけるのですか!?」
「ククッ。他に、誰がやるのだ? 帝国西部軍魔法部隊の精鋭ならば、見事、成し遂げてみせよ!」
「うぉーっ! ははっ! 部隊の名に恥じぬ、完璧な発動をお約束します!」
「なんたる光栄! なんたる幸運! まさか、ロック鳥の宝石を触媒とできる日が来ようとは!」
ローブの軍人たちのテンションが高い。異様に高い。
接しづらい。無表情に、冷静を保ち、微笑を堪える。状況に、自身も楽しくなってきていると、否定できない。
「飛竜の胸部の赤熱を合図としてくれ。照準に五秒、到達までに十秒、封印が弾けるまでの三秒を引いて、十二秒だ」
「いやいやいや、十三秒ですな。この封印も良い魔法品ではありますが、ロック鳥の宝石の魔力を低く見積もりすぎです。長くて二秒、とても三秒はもちません」
「……ふっ、そうか。だったら、十三秒だ。頼む」
堪えきれずに、微笑した。どうやら、魔法使いたちの興奮に、巻き込まれてしまったようだった。人間と接して、久しく、悪くない気分だった。
◇
高い塔の屋上にあって、植物の蔓を模した装飾の、愛用の大弓を構える。ロック鳥の宝石の矢を番え、弦を引き絞る。向く先、遥か遠方の空に、飛竜が悠々と旋回する。
強い風が吹き荒れる。乾いて、砂が混じり、肌を打つ。
「一つ、疑問なのだが」
金の留め金の男が、こっちを見て口を開く。ローブがバタバタと、強風に暴れる。
「なぜ、そんな破格の矢を作ったのだ? 作ろうと考えたのだ?」
「力を作るために、強さが欲しかった。その強さを得るために、力が必要だった。矛盾してると思うか?」
質問に質問を返した。自分でも、明確な答えは持っていなかった。
「理解に苦しむ。使えるものは何でも使う、出来ることは何でもやる。当たり前ではないか」
男が、不思議そうに答えた。
「ゴォーーアァーー!」
不気味な咆哮が、ここまで轟く。ビリビリと塔が震える。
飛竜の旋回軌道が変わる。鋼よりも硬い鱗に覆われた胸部が、激しく赤熱する。
弦を一際強く引き絞る。
「さぁ、風の淑女たち! 俺のために、俺たちの親友のために、親友との約束のために、今こそ力を貸してくれ!」
風の精霊に助力を願う。精霊魔法を唱える。矢に風が集まり、渦を巻く。
「魔法詠唱を始めよ!」
『ははっ! 砂粒ほどの不発もなく、完璧に発動してご覧にいれます!』
ローブの軍人たちの詠唱が、低く静かに紡がれる。
凪いでいた。強い風は、もう吹いていなかった。高い塔を中心に、西の大砦周辺の風が消えていた。
スピニースは、ピンクハリケーンと出会って、二つのことを教えられた。
一つ目は、力が足りなければ、迷うな、全力を込めろ、だ。全力でも足りなければ、全力以上の力を出せ、だ。
二つ目は、全力以上の力でも足りなければ、他を頼れ、だ。頼り、合わせ、束ねた力は、信じ難い奇跡をも起こすのだ。
論理的でも合理的でもない。無理無茶無謀で滅茶苦茶だ。しかし、ピンクハリケーンは、見事に実行してみせた。
「詠唱完了! いいぞ! いつでも撃て!」
金色に光る矢を、飛竜へと向ける。照準を定める。
自身の力を、自身の限界以上に引き出した。頼れる全てを頼って、手の届く範囲のあらゆる力を借り集めた。二つの力を縒り合わせた最高の一矢に、貫けないものなど、あるわけがない。
「ふっ。親友よ。約束は果たしたぜ」
自信の微笑で、矢を放つ。竜巻となった風の道を、飛竜へと一直線に、輝く光が飛ぶ。
飛竜が炎を吹いた。光が、炎の中へと飛び込んだ。結果は、見るまでもなかった。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第70話 EP9-14 神を貫く一矢/END
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