第7話 過去あるものと未来あるもの
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
小砦ジフトの大門が、地鳴りみたいに重く地面を引き摺って開く。開いた大門から、武装した馬車が出発する。
馬車には、アタシ、フォートレス、ロニモー、スピニースの四人が乗る。ロック鳥退治の危険な道行きゆえに、他の同行者はいない。
馬車を引く馬は、馬用の鉄の鎧に身を包む。箱状の馬車は、鉄片や鉄の棘で表を覆う。危険な壁の外を往来するための、最低限必要な武装である。
「多少は揺れるぞ。念頭に置いておけ」
御者のフォートレスが、重低音で声をかけてきた。
御者には、フルプレートメイルで完全防備のフォートレスが最適だ。フォートレスは、身長二メートルはあるマッチョの巨躯の大男で、ランクSハンターだ。
「はいはい分かってるわよ。それでぇ、スピニースさんは、どの辺りのハンターギルドで活動してるんですか?」
アタシは、フォートレスに雑に答えて、スピニースに愛想よく話しかけた。
「二つ名は、『天を貫く矢』だ。こんな地方都市でも、噂を聞いたことくらいはあるだろう?」
スピニースが、気怠げに俯いて答えた。落ち着いていて、何処か陰のある声音で、自信に満ちた傲慢な口調だった。
スピニースは、緑色の長い髪で、右目は前髪に隠れた、男エルフだ。長身で華奢な肢体をタイトな服が包み、黒い革鎧で急所だけを守る、軽装備アーチャーだ。
華奢でイケメンなエルフってのが特に、アタシの好みのド真ん中だ。
アタシは、かわいい声と口調を作る。
「ごめんなさぁい。アタシって、噂とか評判とかに疎くて、他のハンターとか支部とかよく分からないんですぅ」
フォートレスが爆笑するが、無視する。
スピニースが、横目にアタシを見て、溜め息をつく。
「そうだな、『ヘブンズソード』のパーティメンバーだった、と言えば分かるか?」
「えっ……?!」
「なんとっ?!」
「その名前、おらでも知ってる」
三人とも驚いた。
「ヘブンズソードとは、最強の魔物ハンターと評される内の一人だな。帝都近辺で活動し、最も危険な魔物どもを狩ると聞く」
「そうだ。そのヘブンズソードと、縁あってパーティを組んでいた。俺以外のメンバーも、実力ある高ランクハンターばかりだった」
アタシは、かわいい声と口調を作る。
「スピニースさんって、凄いんですね! そんな凄い人が協力してくれるなんて、とっても嬉しいですぅ」
フォートレスが爆笑するが、無視する。
スピニースが、どこか後ろめたさを抱えた目で、横目にアタシを見る。……いや、三人ともを見ている。
「そうだな。先に話しておこう。俺は、ヘブンズソードの望む強さを持っていない、という理由でパーティから外されたんだ」
首を軽く横に振る端正な顔に、落胆が見える。
「名誉のために言っておくが、俺が弱いわけでも、ヘブンズソードが狭量だったわけでもないぜ。お互いの求めるものが違った、というだけの話だな」
「じゃあ今は、フリーのソロハンターってことですよね!?」
アタシは、スピニースの話に食いついた。論点がズレているかも知れなかった。イケメン華奢エルフを固定パーティに誘えるなら、どうでも良かった。
「おい、ピンクハリケーン。ちょっと、前を見ろ」
フォートレスが、馬車の外から、楽しい会話に割り込んできた。軽快に土を踏む蹄鉄の音がやんで、馬が足をとめた。
◇
前方に、無数の棘の塊みたいなものがいる。土と草原の交じって広がる平原に、ポツンとである。
サイズは、今乗っている四人乗りの馬車と同じくらいだ。馬車も鉄の棘とかで武装しているので、見た目が似ていないこともない。
「あー、あれだ。デカいハリネズミよね?」
言われるままに前を見たアタシは、雑に答えた。
「名はアイアンニードル、鉄並みの硬度の棘で全身を覆った、中型の魔物だ。無理に突破を試みて、馬が怪我をしても困る。この辺りに出るヤツの中では強い部類ゆえ、力の披露を兼ねて退治してはどうか?」
フォートレスが楽しげに提案した。
この四人で、ロック鳥退治のための即席パーティを組んだ。ギルドの情報でしか、お互いを知らない。性格も実力も戦い方も、ほとんど知らない。
「なるほど。確かに、みんなの戦い方くらいは知っておきたいわね」
納得するアタシの目の前で、スピニースが首を横に振る。
「俺の弓は、天を穿つためにある。あんなザコに使う矢は、一本たりともないぜ」
自信に満ちた、傲慢な口調だった。
「ですよねっ! さすがですっ!」
アタシは、胸躍らせながら賛同した。ただし、揺れる胸はない。
「おら、力、見せる。サウク族の戦士の誇り、懸けて、あの魔物、倒す」
ロニモーが、片言で、アイアンニードルの討伐に名乗り出た。田舎暮らしの朴訥とした口調ながら、強い決意が伝わった。
ロニモーは、日焼けした全身を白い羽飾りで飾った、筋肉半裸に革ジャケット革パンの、遊牧民の青年だ。
「よかろう!」
フォートレスが、上機嫌にガッハッハと笑う。四人ともに馬車を降りる。
ロニモーだけが、背負う金棒を両手で持ち、大胸筋の前に構え、アイアンニードルの前へと進み出る。
雰囲気が変わった。ロニモーの細目が、鋭く光った。半裸の筋肉が引き締まり、軋んだ。
良い感じだ。マッチョは好みではないので、そういう話ではない。緊張が交じりつつも、強者感が見て取れる、ということだ。
「さあ、来い! アイアンニードル! おら、相手だ!」
ロニモーの挑発に、アイアンニードルが駆け出す。すぐに体を丸め、棘だらけのボールみたいになって、棘を地面に突き立てながら転がる。
サイズは、四人乗りの馬車と同程度ある。そんなものが直撃すれば、人も馬も穴だらけになる。
「おりゃあぁぁぁっ!」
ロニモーが気合い一閃、金棒を横一直線に振り抜いた。
アイアンニードルは、棘の十本ほどを折られ、進行方向を斜めに逸らした。
「ぐぅっ?!」
擦れ違いざまに鋭い棘を引っかけられて、ロニモーの右腕が切り裂ける。赤い血飛沫が舞って、ロニモーは堪らず顔を顰める。
「まだまだ!」
ロニモーが、自身の血を指先につけ、顔に塗った。戦いの化粧といった風情だ。
馬車の右方向へと転がったアイアンニードルが、棘で地面を引っ掻いて、急角度で方向転換する。向かう先は、獲物のロニモーである。
ロニモーは金棒の下端近くを左手で握り、左手一本で高く振りあげる。
パワー勝負から、リーチ勝負に切り替えたのだ。あとは、パワー負けしないだけの腕力と握力があればいい。
アタシも、フォートレスも、きっとスピニースも手に汗握る。助けに入りたい気持ちを抑え、新人ハンターの成長を見守る。
「おうりゃあああっ!」
転がり迫るアイアンニードルに、ロニモーの金棒が振りおろされる。金棒はたくさんの棘を折り砕き、奥の肉まで届き、棘とは違う硬いものの折れる音をさせる。
「ギャピィィィッッッ!!!」
アイアンニードルが断末魔の悲鳴をあげた。直後に消えて、灰色の宝石が転がった。
「……うっ、うおおーっ!」
少し間があって、ロニモーの勝鬨があがった。
「見事なり!」
「ま、まあまあやるじゃん」
「ふっ」
ロニモーが、独力でアイアンニードルを倒した。三人とも、安堵混じりに、ロニモーを称賛したのだった。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第7話 過去あるものと未来あるもの/END
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