第68話 EP9-12 水を統べる怪魚
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
これは、ピンクハリケーンが飛竜に火を吹かれるよりも、前の話である。フェトが北の大砦の救助依頼を出した、次の日となる。
◇
「ハァ、ハァ、ハァ……ふっ」
スピニースは、氾濫する川の近く、開けた草むらの岩に背を預けて座り込んだ。荒く乱れる呼吸を整えながら、微笑した。
冷たい雨が土砂降る。空は暗雲に覆われ、暗い。ずっと暗くて、時間の感覚なんてありはしない。
昼に戦い始めて、夜になっている。もう明け方かも知れない。
ドシャンッ!
濁った水の塊が、草むらに着弾した。泥濘が爆ぜて、草と泥が飛び散った。
怪魚の潜む濁流と、拠点の洞穴を、三十回往復した。今背負う矢筒と、腰の矢筒で最後だ。
腰の矢筒には、あの小砦では補充できない特製の矢が十本入っている。できるだけ、決定的なチャンスに使いたい。
「ハァ、ハァ……」
背中の矢筒から、矢を一本引き抜く。弓を構え、矢を番え、弦を引き絞る。精霊魔法を唱え、精霊に助力を求める。
「……まだ、無理か。いや、あと少しのはずだ」
呟く。精霊魔法を唱え、精霊に助力を求める。
「ふぅっ」
呼吸が整った瞬間に、岩陰から飛び出した。濁流の中の魔力の影を狙い、か細い風を纏った矢を放った。
纏う風が雨を弾き、矢は一直線に飛ぶ。しかし、ドッパァンと川面が吹きあがり、矢を打って二つに折る。
いくら矢を射ても、濁流の中の怪魚まで届かない。川面から吹きあがる濁り水に、全て折り落とされる。
ドシャンッ!
濁った水の塊が、草むらに着弾した。泥濘が爆ぜて、草と泥が飛び散った。
駆けながら、二射目を準備する。背中から矢を引き抜き、弓を構え、矢を番え、弦を引き絞り、精霊魔法を唱える。
射る。濁り水に折り落とされる。
間近で、バシャッ、と水の弾ける音がした。
「……しまった!」
川に近づきすぎた。川面から噴き出た小さな濁り水の散弾を避けきれず、肩と脇腹に受けた。縺れる足で転ぶように、目の前の岩陰に飛び込んだ。
◇
「ハァ、ハァ、ハァ……ふっ」
自分でも笑えるほどに、満身創痍だ。疲労は当たり前、体中に傷が痛む。指先は震え、思うように動けない。
ドシャンッ!と濁った水の塊が、草むらに着弾した。泥濘が爆ぜて、草と泥が飛び散った。
怪魚は、森の側を離れて、開けた場所に陣取った。濁流に潜む相手に対して、こっちは身を隠す遮蔽物がほとんどない。明らかに不利だ。
さらに、水の精霊の領域で、水の精霊は相手の支配下にある。魔物が、水の精霊魔法を使い、水で攻撃し、水に守られる。
こっちは傷だらけなのに、相手に未だ傷の一つすらつけられない。
圧倒的な地の利を得て、水の魔法を独占的に使う。精霊魔法が使える者なら、その強さを分からないわけがない。
「勝てるのか? こっちは傷だらけだぜ?」
自問する。敵は強い。勝てる気がしない。
「あぁ、そうだった。この程度の怪我、ロック鳥のときに比べれば掠り傷さ。弱気は、ピンクハリケーンに笑われる」
自答した。勢い余って闇夜の斜面を豪快に転げ落ちたピンク髪の人間を、思い出した。
冷たい雨が、体を冷やす。死線上の戦いに、心が熱くなる。勝てるか分からないからこそ、挑む意味がある。
弓に矢を番えた。精霊魔法を唱えた。岩陰から飛び出した。
「悪いが、お前を越えさせてもらう!」
上へと、矢を放った。川面から吹きあがった濁り水よりも、速く、高く飛んだ。
弓に次の矢を番える。精霊魔法を唱える。濁流の中の魔力の影を狙い、か細い風を纏った矢を放つ。
川面から吹きあがる濁り水に、折り落とされた。
土砂降る雨が全身を打つ。弓に次の矢を番える。精霊魔法を唱える。
二本前に上へと放った矢が、雨空高く、纏う風に下へと向きを変える。
濁流の中の魔力の影を狙い、か細い風を纏った矢を放つ。川面から吹きあがる濁り水に、折り落とされる。
背中の矢筒の矢は尽きた。腰の矢筒から矢を一本引き抜いた。弓に番え、精霊魔法を唱えた。
雨空高くから川面に突き刺さった矢が、水面を弾き飛ばした。
「ここだ!」
弾けた川面の下の濁流に、怪魚の青い背ビレが見える。怪魚の背中には、大きな魚鱗が、ノコギリの刃みたいにギザギザに並ぶ。
魔力の影を狙うのと、実物が見えるのとでは、狙撃の精度が違う。水中にいるのと、外に出たのとでは、命中時の速度が違う。
ドパンッ!と川面が吹きあがった。濁った水の大きな塊が、こちらに向けて真っ直ぐに飛び出した。
一瞬、迷う。あの塊が直撃すれば、ほぼ確実に、全身を砕かれる。ワンチャンスを捨ててでも、回避が優先される。
「ふっ」
微笑した。これが、強さを求めるってことだ。ワンチャンスに賭けて、怪魚の背中を狙い、矢を放った。
◇
濁った水の塊が、胸部に直撃した。弾けて、飛び散った。
生きている。上半身も、全身も、無事である。胸を守る革鎧も、無事にある。
当たる直前に、水の精霊力が失われた。怪魚の、魔力切れだ。
賭けに勝った。髪も頭も泥水塗れくらいの代償は、安い。
「ふっ。そんなに怒らないでくれ、水の乙女たち。魔物の支配からの解放が遅くなって、済まなかった」
水の精霊の解放に、半日以上かかってしまった。だが、ギリギリで間に合った。怪魚の支配から水の精霊を解放し、怪魚から水の精霊魔法を取り返し、状況を引っ繰り返せた。
「もちろん、信じていたさ。気高い水の乙女たちが、いつまでも魔物に屈してるわけがない、ってね」
微笑する。顔の泥水を袖で拭う。
暗い雨に、川の濁流を見る。中央だけ、全ての水が避けて、川底が露出する。川底の泥に、馬ほどの大きさの怪魚が跳ねる。
全身を、ノコギリの刃みたいなギザギザの、青光りする魚鱗に覆われている。形は横長の菱形で、中央近くまで裂けた口をパクパクと動かし、中央近く口のやや上に大きな丸い黒目がある。
背ビレの根元には、最後に放った矢が刺さる。泥に跳ねるしかできないなら、水がなくては生きられない魔物だと推測される。たぶん、放っておいても消えて宝石に変わる。
「すぐに、楽にしてやる」
腰の矢筒から、鏃に装飾の入った矢を引き抜いた。弓に番え、精霊魔法を唱えた。
矢に、澄んだ雨粒が集う。矢を包んで、渦を巻く。跳ねる怪魚を狙い、射る。
澄んだ水の渦を纏った矢が、怪魚を貫いた。怪魚は消えて、青い宝石に変わった。再び流れ込んだ濁流に呑まれ、川底に沈んでいった。
土砂降りの雨が、弱まる。暗雲が割れて、朝日が差し込む。
「ああ、いいんだ。あの宝石は、水の乙女たちに贈るよ。遅れた謝罪とでも思って、遠慮なく受け取ってくれ」
スピニースは、眩しさに手を翳して、微笑した。光の粒が無数に舞う空に、虹がかかっていた。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第68話 EP9-12 水を統べる怪魚/END
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