第67話 EP9-11 エルフの弓使い
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
話は、少し遡る。フェトが北の大砦の救助依頼を出した、その日である。
◇
スピニースは、雨の激しく降り続く、小さな小砦の、小さなハンターギルドにいた。小砦を囲む川が氾濫して、足止めされていた。
スピニースは、緑色の長い髪で、右目は前髪に隠れた、男エルフだ。長身で華奢な肢体をタイトな服が包み、黒い革鎧で急所だけを守る、軽装備アーチャーだ。
かつては、最強の魔物ハンターと評される内の一人、『ヘブンズソード』のパーティメンバーだったこともある。魔物ハンターとしてのランクはSで、ランクSSへの昇格は保留にしてある。その評価に自分は力不足だと断じ、評価に相応しい強さを求める、ストイックさを持つ。
「……ふっ。いつになったら、出発できるのか」
窓から雨を眺めて、黒く曇った空を見あげて、微笑する。
行く宛なんてない。腕を磨き実績を積むために、強い魔物退治の依頼を探す放浪の身である。雨に数日を足止めされても、困りはしない。
「おいおい、北の大砦の救助依頼なんてのがあるぜ!」
「そいつは凄え! それを受ければ、オレらも一躍、大砦を救ったヒーロー様なんじゃねえか?!」
酔っぱらいヒゲオヤジ二人組の会話が聞こえる。現状、受けられる依頼もなく、別の小砦に行くこともままならない。暇を持て余して、昼間っから酒を飲む魔物ハンターも少なくない。
「あっはっはっ! おれらが行っても、役に立てるわけないだろ。ホワイトウルフに食われて終わりってな」
「違えねえ。依頼書にあるピンクハリケーンって、ランクSの有名人だよな? それに、これっぽっちの報酬で命を懸けるなんざ、こっちから願い下げだぜ」
「悪いな。ちょっと、俺にも見せてくれ」
ピンクハリケーンの名前に、興味を惹かれた。ヒゲオヤジ二人組の横から、依頼書の何枚か貼られた掲示板の前に立った。
「……ふっ、また、無茶をしてるな。北の大砦に、三日後か。今すぐに出れば、……いや、あの川の状態では、……この程度で諦めては、ピンクハリケーンに笑われるな」
顎に手を当て考えながら、思い出して微笑する。受付カウンターへと歩く。カウンターの一つ、比較的年長と見受ける受付嬢の前に立つ。
「川の氾濫の原因について、何か情報があるんじゃないか? 俺はランクS、『天を貫く矢』だ。魔物絡みなら、討伐に協力したい」
「えっ?! はっ、はっ、はいっ! イッ、イケメ、っじゃなくって、か、か、かわ、かわ、川ですねっ?!」
突然の申し出に、受付嬢が狼狽えていた。しどろもどろだった。赤い顔をしていた。
小さな小砦の、小さなハンターギルドだ。亜人種のエルフなんて、見慣れていなかったのだろう。
◇
ザーザーと土砂降りの雨の中、森の枝葉を掻き分けて進む。降る雨が、上から髪を打つ。葉から跳ねた水滴が、顔を打つ。
しばらく歩いて、低い崖の、土肌に穿たれた洞穴を見つけた。
「よし。ここを拠点にしよう」
浅い洞穴だが、奥なら雨を避けられる。川も近い。
背負う矢筒三十本をおろす。矢筒一本に、十本の矢が入っている。合計三百本の矢がある。
川の氾濫で物流の途切れた小さな小砦だ。武器の入手も儘ならなかった。まともな魔力付与武器なんて売ってるわけなく、普通の矢を数集めるだけで一日かかってしまった。
今は、昼か。空が暗雲に覆われ、土砂降りで、暗い。ずっと暗くて、時間の感覚なんてありはしない。
「ふっ。天気を変えるレベルの魔物、か。討伐対象として、不足はないな」
比較的年長と見受ける受付嬢の話では、川に棲みついた魔物が原因らしい。近隣の小砦に協力を頼んで、数日後に共同で討伐を行う予定とのことだった。
数日待てば、退治される。失敗しても、また数日を足止めされるだけである。失敗すれば、より強い魔物ハンターを集めて、待っていれば、いつかは退治される。
どうせもう、三日で北の大砦には間に合わない。わざわざ危険を冒して、自力で退治する意味はない。
しかし、そんな考え方では、求める強さは得られない。望む強さに届かない。
腰の矢筒を確認する。戦闘に不要な荷物をおろす。別の矢筒のベルトを肩にかけ、背負う。
大弓のメンテナンスも問題ない。植物の蔓を模した装飾の、愛用の武器である。
ザーザーと土砂降りの雨の中、洞穴を出た。降る雨が、上から髪を打った。雨音が、森の闇を不気味に震わせていた。
◇
雨とは、こんなにも冷たいものだったろうか。
「ふっ」
太い木の太い枝の上で、微笑する。森は暗く、冷たい雨が土砂降る。
氾濫する川が見える。エルフは、人間よりも遠くが見えて夜目が利く、といわれる。森は、エルフの最も得意とする領域でもある。
川は、原形を留めていない。元の幅など分からぬほどに広がり、森の木々の縁に迫り、下草を呑み込んで、激しく流れる。ゴウゴウと轟き、濁って暗い川面が跳ねて暴れる。
「魔物は、あれだな」
濁流の中に、魔力の影が見えた。
件の魔物は、馬ほどの大きさの怪魚だと聞く。氾濫する川の濁流の中にいる。
人間の目では、視認は難しい。魔力に秀でて目のいいエルフだからこそ、かろうじて見える。
背中の矢筒から矢を一本引き抜く。枝に立ち、弓を構え、弦を引き絞り、矢を番える。
精霊魔法を唱え、水の精霊に助力を求める。
「……やはり、無理か。水の乙女たちは、怪魚の支配下にあるようだな」
呟いた。予想はしていた。水の精霊の助力が得られないからこそ、水から身を守る魔法も使えないのだ。
精霊魔法を唱え、風の精霊に助力を求める。矢に、か細い風を纏わせる。
「風の淑女たち。水の乙女の領域で、無理をさせて済まない」
濁流の中の魔力の影に、狙いを定める。矢を放つ。纏う風が雨を弾き、一直線に飛ぶ。
ドッパァンと川面が吹きあがった。矢を打って二つに折った。
「不味い。気づかれたか」
後方へとジャンプして、枝を離れる。太い木の陰へと着地する。
枝に、濁った水の塊が着弾した。枝が砕けて爆ぜた。
木の幹に、濁った水の塊が着弾した。幹が抉れて、木片が飛び散った。
駆け出す。木々の間を走り、弓を構え、矢を放つ。
川面から吹きあがる濁り水に、全て折り落とされる。
「……くっ。ダメか」
背中の矢筒の矢が尽きた。補給に退くしかない。
頭上で、バシャッ、と大きな水音がした。見あげた枝葉の隙間から、泥水が落ちてきた。顔に当たって、視界を塞がれた。
「しまった!」
直前の記憶頼みで、茂みに跳び込む。雨音に、近くの枝葉が爆ぜる音が交じる。顔の泥水を拭いながら、泥濘む地面を這いずって離れる。
今の自分では勝てる保証のない強敵である。
「くっ……、くくくっ! あははっ!」
歓喜を堪えられなかった。雨に打たれて冷たい体に、心が熱くなっていた。強敵だからこそ、挑む意味があるのだ。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第67話 EP9-11 エルフの弓使い/END
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