第66話 EP9-10 人 対 魔物
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
アタシはユウカ。まだ十六歳の可憐な少女で、ピンク色の長髪で、女にしては背が高く筋肉質で胸がなく、『ピンクハリケーン』の二つ名で呼ばれる魔物ハンターだ。
大砦周辺レベル上位、ワータイガー最上級を相手に、一対一で、拳で、赤茶色の革鎧で戦う。無理無茶無謀のようで、目的達成のための最適解とも思える。
ワータイガーは、アタシの倍くらい大きい。全身が、長く美しい毛に覆われる。黒い模様の入った黄色い毛の部分と、白い毛の部分がある。
二足歩行で、前傾気味で、腰に緑色の布を巻いて、前脚を腕にした見た目をしている。大きな手には、曲刀サイズの白く長い爪が、右も左も五本ずつ伸びる。
「ほいっ!」
襲いくるワータイガーの、曲刀サイズの爪を避ける。カウンター気味に、毛皮の横っ面に拳を打ち込む。パァンッ!と軽快な音がする。
自分の拳を傷めないように、軽く弾く程度にとどめる。ダメージなんて、与えられるわけもない。
「グルルルルッ」
再び唸って、ワータイガーが動きを止めた。瞳がいよいよ、好奇心に満ちたネコみたいに、キラキラと輝いた。
曲刀サイズの爪が、黒い模様の入った黄色の、長く美しい毛に覆われた腕へと引っ込む。自身の肉球のある手を見て、握って、開いて、握る。顔をあげ、楽しげに、アタシを見つめる。
ワータイガーが、両の拳を握って、白い毛に膨らむ胸の高さに構えた。隆々とした右肩を前に半身に立った。踵を浮かせて、足裏の前半分で地面を踏んだ。
思っていたより、適応が早い。アタシより、賢い。
「はいはい。それじゃぁ、第二ラウンド開始、ね」
アタシも、同様に構えなおした。
アタシの構えを真似てるだけだ。ほんの数発で、素手格闘を体得できるはずがない。
ヒュンッ、と風を切る音が鳴る。右へと傾けた頭の左を、黄色い毛に覆われた拳が通過する。
また、ヒュンッ、と風を切る音が鳴る。屈んだ頭上を、黄色い毛に覆われた拳が通過する。
右の拳を、ワータイガーの鼻っ柱に打ち込んだ。パァンッ!と軽快な音がした。
ワータイガーが、一瞬だけビックリした。一瞬だけ目を瞑った。すぐに、キラキラと輝く瞳で、アタシを見つめた。
ただの見様見真似でも、パワーもスピードもある。毛の掠った左頬に、頭頂に、ゾワゾワと寒気が這いずる。
ワータイガーが間髪入れずに繰り出す黄色い拳を、避ける。避ける。カウンター気味にこっちの拳を、あっ、次が早くて殴る暇がない、避ける。
「ちょっ、待っ」
避ける。避ける。避ける。
「ちょっと待ってって!」
ワータイガーの右ストレートを、上半身を捻って躱す。同時に、一歩踏み込む。
続く左フックを、さらに一歩踏み込んで、無理矢理に躱す。後頭部に拳の風圧を感じながら、右の拳で白い毛皮の顎を突きあげる。
パァンッ!と軽快な音がした。ワータイガーが、一瞬だけビックリした。一瞬だけ目を瞑った。
アタシは、すかさず、後方へとステップを踏んだ。数歩分の距離を空けた。
◇
油断も隙もありゃしない。凄まじいパワーとスピードは、それだけで脅威だ。
「ふぅっ」
息をつく。呼吸を整える。
両の拳を握りなおす。平らな胸の高さに構える。
右肩を前に半身に立つ。革のブーツの踵を浮かせて、靴裏の前半分で地面を踏む。
「さあ、いよいよ次は、第三ラウンドよ」
肘を、左右の外側へとあげた。脇を締めて、腕を顔の前に交差した。ここからが、本気の本番だ。
「グルルッ」
楽しげに向かってくるワータイガーの右ストレートを、右へとステップを踏んで避ける。数歩分の距離なんて、瞬き一回、ほんの一瞬で詰められる。
左ストレートは、右の肘で外側へと流す。同時に、左の拳でネコっ面の眉間を弾く。
パァンッ!と軽快な音がした。
毛皮の右フックを、素早く屈んで躱す。左フックを左肘でかちあげつつ、右の裏拳を横っ面に叩き込む。
脇の下を潜って抜けて、仕切りなおす。
構える。黄色い右ストレートを交差した腕で押しあげる。左フックを右に避けつつ回り込む。
追ってきた右フックを左肘で押し流す。黄色い毛皮の左フックを右肘で押さえ流す。
ワータイガーの戸惑う顔を、真正面の間近から見据えて、笑顔になる。
ヤバい。楽しい。楽しすぎて、興奮してきた。
後方へとステップを踏んで、距離を空ける。
同時に前へとステップを踏んだワータイガーの左ストレートが、アタシの顔面に迫る。
「あははっ!」
笑って、おでこで受ける。タイミングを合わせて仰け反り、衝撃を最小限に抑える。
最小限でも、意識が飛びそうだ。仰け反りすぎて、背中から地面に倒れそうだ。
仰け反って、倒れそうで、踏ん張る。まだブーツの靴底に荒れ地を感じ、全身に力を漲らせる。使い慣れない頭も使って、意識をギリギリで繋ぎとめる。
ワータイガーが、右の毛皮の拳を振りかぶって、アタシに覆い被さるように迫る。右の毛皮の拳が、岩をも砕く勢いで、アタシの顔面を目掛けて降ってくる。
アタシは、頭を右に傾けて、左の肘で毛皮の腕を押し流して、その拳を避けた。左頬に、首ごと千切られそうな風圧を感じた。
「うはああああっ!!!」
全身全霊、全力だ。右の拳を、ワータイガーの眉間に叩き込んだ。続けざまに、左の拳を鼻っ柱に、右を顎に、左を喉に、右を鳩尾に、叩き込んだ。
パパパパパンッ!と、鈍く、軽快な音がした。
自分の拳がどうなるとか、考える余裕はなかった。まさしく、生死の分かれる攻防だった。
アタシの二倍はあるワータイガーが、空へと浮いた。落ちて、地面に尻餅をついた。ビックリして、ネコみたいな顔で、繰り返し瞬きした。
◇
「ゴォーーアァーー!」
上空に、不気味な咆哮が轟いた。
一人と一匹の世界から引き戻されて、アタシは空を見あげた。
上空の高くを旋回していた飛竜が、コースを変えて離れる。すぐに向きを変え、こちらに向けて飛翔する。
再認識した戦場は、静かだった。人も魔物も、全てが空を見あげていた。もう誰も、戦っていなかった。
飛竜の咆哮を聞いて、呑気に戦争なんてしていられるわけがない。火を吹かれたら全滅必至なのに、悠長に殺し合っても意味がない。
遠目にも、はっきりと見える。飛竜の、鋼よりも硬い鱗に覆われた胸部が、赤熱する。牙の見える口から、炎が溢れる。
火を吹くための、燃料のチャージが完了したのだ。ワータイガーとの殴り合いが楽しくて、時間を忘れた。
間もなく、飛竜の炎が、第二波が放たれる。炎が届けば、この場の全ては、人も魔物も関係なく、焼き尽くされる。
いつの間にか、荒れ地に吹き荒れていた風もない。風がやんで、風音がなくて、戦うものがいなくて、戦いの音もない。音もなく、皆が揃って、ただ空を見あげる。
「……うぁっ?! っと!」
アタシは、唐突に、状況を理解した。ワータイガーに背を向けて、駆け出した。その方向には、凄いベタベタする大斧が、地面に突き立っていた。
そして、空が炎に覆われた。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第66話 EP9-10 人 対 魔物/END
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