第65話 EP9-9 第一ラウンド
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
アタシはユウカ。まだ十六歳の可憐な少女で、両刃の大斧と白銀のハーフプレートメイルを愛用する魔物ハンターである。ピンク色の長髪で、女にしては背が高く筋肉質で胸がなく、『ピンクハリケーン』の二つ名で呼ばれる。
大斧は、壊れた。白銀の鎧は、脱いだ。今は、素手で、赤茶色の革鎧姿だ。
目の前には、ワータイガー最上級がいる。毛の長い虎を二足歩行にして、前脚を腕にした見た目をしている。
背の高さは、アタシの倍くらいだ。二足歩行で、前傾気味で、腰に緑色の布を巻いて、腕が脚と同じくらい太い。
全身が、長く美しい毛に覆われる。黒い模様の入った黄色い毛の部分と、白い毛の部分がある。
大きな手には、白く長い爪が伸びる。右も左も五本ずつ、一本一本が普通の曲刀ほど長い。
そんなのが、いつの間に入り込んだのか。たぶん、飛竜の炎の直後だろう。炎の凄まじさに全員が動揺していたし、混乱していた。
「いつでもいいわよ。来なさい」
最後の鎧板を地面に落として、アタシはワータイガーに手招きした。言葉は通じなくても、身振り手振りは通じるはずだ。
眼前に、曲刀サイズの爪が振りおろされた。数歩分の距離は、一瞬で詰められていた。
アタシは、上半身を捻って避ける。左腕の爪の振りおろしも、逆方向に捻って避ける。
「よしっ!」
心の声が出た。思った通りだ。
このワータイガーは、パワーもスピードも凄い。アタシなんかじゃ敵わない。
でも、パワーとスピードだけだ。戦う技術も、強さの研鑽も、勝つための工夫もない。本当に、パワーとスピード任せに爪を振ってるだけだ。
こんな単純な剣筋なら、寝惚けていても躱せる。当たる気がしない。大斧がなくて身軽だし、金属鎧の動きにくさもなく、今なら自由に動ける。
右の爪の横薙ぎは、ギリギリを仰け反って避ける。直後に、上体を戻しつつ、右の拳をワータイガーの顔面に叩き込む。
パァンッ!と軽快な音がした。音はすぐに、戦の喧騒に呑み込まれた。
◇
「大盾を横一列に並べろ! 隙間なく密集しろ! ゴブリンどもに抉じ開けられるぞ!」
フォートレスが、重低音で指示を叫ぶ。
『おぉーっ!』
盾兵五百が、大盾を固い荒れ地に突き立てる。ペンタファングボア十数匹の、岩崩れみたいな突進が、もうすぐそこまで迫る。
「恐るるに足らず! 大型の魔物が、仲間の小型もお構いなしに踏み潰しおるな! 多種の魔物が協力なんぞ、土台は無理な話だったか!」
フォートレスの言葉の通りである。突進するペンタファングボアが、通り道にいるゴブリンやサンドリザードを踏み潰す。小型が消えて、小さな宝石の光が落ちる。
「槍兵ども、怯えて固まるな、一人では戦う度胸もないの!? もっと広がれ、隣に頼るな、真っ直ぐに並ぶな、列を波打たせろ! 凹みで受けて、凸で挟撃するのよ!」
口の悪いノルトリア大佐が、口の悪い指示を叫ぶ。
『おぉーっ!』
槍兵五百が、長槍を構えて陣を広げる。
「敵は所詮、烏合の衆よ! 一匹一匹が強かろうと、統率ある軍隊の相手ではないわ! 帝国最強の将軍に戦を仕掛けた愚かさを、本能の底の底まで思い知らせてやれ!」
槍兵部隊は、敢えて乱戦に持ち込み、敵を討ち数を減らす作戦だ。
上手くいけば、敵右翼を壊滅、盾兵部隊が押し止める敵左翼を横撃、と一気に勝ち戦にできる。判断を間違えば、槍兵部隊が壊滅、盾兵部隊が横撃されて一気に負け戦となる。そんな、ギャンブルな作戦である。
乱戦していれば飛竜に火を吹かれないかも、なんて期待もあったのだろう。でも、するだけ無駄だ。魔物どもには連携も仲間意識もない。
飛竜は、コウモリ系の翼を広げ、青空を飛び、悠々と旋回する。巨体が頭上を飛ぶだけで、大きなプレッシャーとなる。次に火を吹かれれば全滅する、と考えると足が竦む。
もはや、単なる一匹の魔物ではない。存在そのものが、勝敗を決定しかねない力だ。暴力、圧力、災厄、天災にも等しい、神話に語られる神にも近しい存在だ。
「上は見るな! 前だけを見ろ! 踏みとどまることだけを考えろ!」
フォートレスが、重低音で叫んだ。
「はいそこ、蚤の心臓、空ばかり見ない! 気にするだけ無駄! どうせ火を吹かれたら、仲良くあの世逝きなんだから!」
口の悪いノルトリア大佐が、縁起の悪い鼓舞をした。
この二人になら、安心して任せられる。他の魔物をお願いできる。
アタシは、目の前のワータイガーに集中できる。他の全てを、意識から外せる。
目を閉じる。深呼吸する。目を開ける。
喧騒を無視して、消した。風と、呼吸と、心音だけを耳に残した。
景色を消した。土色の世界に、アタシとワータイガーだけを残した。
一対一の真剣勝負が、始まった。
◇
アタシの右の拳は、ワータイガーの顔面にヒットした。
頑強な魔物を全力で殴れば、こっちが拳を傷める。だから、鼻っ柱を軽く弾く程度にとどめてある。
ワータイガーは、ビックリして目を閉じた。
ダメージはない。あるわけがない。最上級で大砦周辺レベル上位だ。
ビックリしたのも、反射的に目を閉じたのも、戦闘訓練を受けていない証左となる。
「アンタには、アタシの相手をしてもらうわよ」
両の拳を握る。平らな胸の高さに構える。
右肩を前に半身に立つ。革のブーツの踵を浮かせて、靴裏の前半分で地面を踏む。
「さあ、まずは、第一ラウンドね」
ビックリしたワータイガーが、アタシを見る。凶悪な肉食獣というより、大きなネコっぽい顔をしている。もしかしてこれが、知能が高いってことか。
瞬間、右の爪の斬撃が左脇腹の辺りを通過した。右にステップを踏んで躱して、右の拳を毛皮の横っ面に打ち込んだ。パァンッ!と軽快な音がした。
振り戻しの左の爪が、可憐な頭の位置を通過した。上半身を後ろに引いて躱して、上半身の戻しざまに、左の拳を毛皮の横っ面に打ち込んだ。パァンッ!と軽快な音がした。
両手の爪が、アタシの背の倍以上に振りあげられる。アタシの平らな胸の高さで交差するように、高速で振りおろす。
アタシは爪をしゃがんで躱しつつ、踏み込み、白い毛皮の顎に拳の振りあげを打ち込む。
パァンッ!と軽快な音がして、ワータイガーが僅かにフラついた。
「ふぅっ」
息をつく。呼吸を整える。
魔物ハンターの多くは、複数種類の武器を扱えるように訓練する。魔物のタイプに合わせて、有利な武器で戦うためである。
武器の好き嫌いはある。習得の難しい武器もある。どんな武器でも扱える、とはいかない。
アタシが扱える武器は、得意な大斧と、広く普及する長剣、小剣と、素手格闘だ。全部、子供の頃、魔物ハンターで師匠の親父に教わった。
飛び道具は苦手だ。弓矢は性に合わなかった。投擲武器も、繊細な力加減ってやつができなかった。
ガサツなやつだと、親父は笑っていた。オレに似た、とも言っていた。ガサツな親父に似るのは、嫌だ。
「グルルルルッ」
体勢を立て直したワータイガーが、アタシを見る。見つめて唸る。
瞳に、怒りや警戒はなかった。好奇心に満ちたネコみたいに、キラキラと輝いていた。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第65話 EP9-9 第一ラウンド/END
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