第62話 EP9-6 ワータイガー最上級
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
西の大砦の西方に、魔物が現れた。
黄色い毛皮に黒い模様が入った、二足歩行の魔物だ。ワータイガー最上級だ。
「思ってたより、ワータイガーな見た目ね」
人数人分だけ開いた西の大門を潜り、人だかりの最前列から眺める。
訓練場の端から端くらいの距離がある。一足飛びに襲われるほど近くはない。
背の高さは、アタシの倍くらいか。二足歩行で、前傾気味で、腕が脚と同じくらい太い。
全身が、長く美しい毛に覆われる。黒い模様の入った黄色い毛の部分と、白い毛の部分がある。
大きな手には、白く長い爪が伸びる。たぶん、右も左も五本ずつある。一本一本が、普通の曲刀ほど長い。
毛の長い虎を二足歩行にして、前脚を腕にした感じだ。腰に緑色の布を巻いて、それっぽさ増し増しだ。
そして、この距離で、可憐な美少女の柔肌がピリピリとヒリつくほどの殺気を放つ。遠目の雰囲気だけで、強者の迫力が溢れる。数秒後に斬られる自分を想像してしまって、嫌な汗が流れる。
「ふむ。あれが、ワータイガー最上級であるか」
コルトルが、人だかりを押し分けて隣に並ぶ。
「ちょっと、コルトル。最高司令官が一番前に出ないでよ。ってか、魔物がいるのに、のこのこ出てこないでよ」
アタシは、困り顔の近衛騎士たちの代わりに小言を言った。
「固いことを言うな、ユウカ。この距離ならば、襲いかかってこようと、対処は容易である」
「そりゃ、まぁ、そうだけど、そういう問題じゃないわよ、コルトル。……お互いに呼び捨てって、仲良しかっ?!」
思わずツッコんだ。
コルトルが気さくすぎて、帝国の将軍だと、ときどき忘れる。
「それに、この目で敵を見て、実像を知ることは重要である。儂らは、資料上のデータと戦争をするわけではない」
コルトルが、鋭い眼光で、真顔で、ワータイガーを見た。口元が、微かに笑った。
「それも、まぁ、そうね」
アタシは、言いくるめられたような気分で、納得した。
ワータイガーは、ずっとこっちを見ている。訓練場の端から端くらいの距離で、微動だにしない。
「ふむ。単独で、この近さとは、一匹で勝てる自信があるのか? あるいは、斥候か偵察であるか?」
「偵察ができるなら、情報の収集と解析、他種族に伝達までできる、相当に知能の高い魔物だな。少なくとも、ピンクハリケーンよりは賢かろう」
フォートレスが、人だかりを押しのけながら、重低音で豪快に笑った。
「……っ?! ……っ! ……っ」
反論しようとして、反論できない。確かに、そうかも知れない。
フォートレスは、身長二メートルはあるマッチョの巨躯の大男だ。その巨躯を鈍い鉄色のフルプレートメイルで覆い、その巨躯すら隠す大きさのタワーシールドを背負う、頼りになるけど口煩い先輩みたいな感じのランクS魔物ハンターだ。
「他の魔物を服従させて集団を作る帝都周辺レベルに、偵察する知能のある大砦周辺レベル上位か。なかなかに手強い相手のようだな」
フォートレスの声も、どこか楽しげに聞こえる。
コルトルもフォートレスも、戦いに喜びを感じるのか、強い敵を前に燃えるのか。分かる気はする。アタシも、勝つか負けるか分からない、ギリギリの戦いってやつは嫌いじゃない。
◇
アタシは、視線をワータイガーへと戻す。最上級とか、大砦周辺レベル上位とか、まともに戦うなら初体験となる。
単純な強さとしては、七眼七脚の巨大なグランゲーターと同等か、上だ。
でも、サイズがアタシの二倍ほどと戦いやすそうだから、アタシにとっての強さは下だろうか。
大斧の刃が毛皮を裂き肉を斬れるなら、普通の大砦周辺レベルまで下がる。グランゲーターの強さは、結局は刃がワニ皮を通らなかった一点に集約する。いや、まぁ、確かに、デカすぎたし、パワーも負けてたけどさ。
ワータイガーの殺気に、肌がピリピリとヒリつく。荒野を吹く強い風に、砂煙が巻きあがる。風に吹かれた黄色い毛並みが、小刻みに動いてみえる。
「……ん? え、あれって? ……っ?!」
アタシは、気付いた。アタシだけが、気付いた。前へと駆け出し、両刃の大斧を両手で握って、振りかぶった。
この距離で襲ってくるはずがない、と油断があった。この人数の騎士兵士に単独で挑むわけがない、と先入観があった。何より、帝国軍には、強い魔物との戦闘経験が足りなかった。
「フォートレス!」
フォートレスなら、声をかけるだけで察する。振り向きも説明も要らない。
ワータイガーが動いた。低く素早く跳ねて、距離を一気に縮めた。
きっと、ここで、騎士兵士たちは気付く。敵が動いた、とだけ気付く。
アタシは、固そうな地面を選んで踏み込み、全力で大斧を横振りする。
ワータイガーが、さらに跳ねた。さらに距離を縮めた。
アタシ以外の認識は、これはまさか、くらいか。
ワータイガーが、さらに二回跳ねた。たった数秒、たった四回の跳躍で、もうアタシの目の前だ。
「うぅりゃぁっ!」
アタシの大斧の横振りと、ワータイガーの爪の振りおろしが、かち合う。鋼のひしゃげる耳障りな音が、甲高く響く。大斧が潰れ曲がって、衝撃が腕、肩、平らな胸、首、頭へと遡る。
さすがに、騎士兵士たちも、ワータイガーが襲ってきた、と気付く頃合いだろう。あとは、フォートレスに任せるしかない。
アタシは、衝撃に、気を失った。
◇
目を覚ました。
「どのくらい寝てた?! ワータイガーは?! コルトルは生きてる?!」
慌てて上半身を起こした。周囲を見まわした。
大門の近く、大砦の高い壁の内側、土の地面に敷いた厚布の上だ。
「って、背中痛! 可憐な美少女の扱い悪! 普通は医務室のベッドの上とかじゃないの?!」
誰にともなく、苦情を投げつけた。
コルトルが、引き気味にアタシを見おろす。
「一時間ほどである。あれだけ弾き飛ばされたのに、すこぶる元気であるな。儂の知る限り、人間であれば生存を諦める跳ね方であった」
「心配はしとらんかったが、大きな怪我はなさそうだな、ピンクハリケーン。ワータイガーは、オヌシを弾き飛ばして、すぐに去ったぞ。ワシも将軍も、他の皆も無事だ」
フォートレスが、重低音で豪快に笑った。
「何よ、それ? アタシは弱すぎて、止めを刺すまでもない、ってこと? 人間ごときは戦う気にもなれない、ってこと?」
フォートレスに食ってかかった。完全に、負けた悔しさの八つ当たりだ。
「確かに、一振りで負けたな。稀に見る、見事な飛びっぷりだった」
フォートレスが、重低音で豪快に笑った。いつものごとくフルフェイスヘルムを被っていて、顔は見えない。顔を見たことがない。
対して、コルトルは、初老のナイスミドルな顎を擦って、考える。思い出し、興味深げに笑む。
「否、あれは違うな。去り際のワータイガーが、一度だけ、振り返ってユウカを見ておった。断言はできぬが、人間に、ユウカに、興味を持っていたのである」
「興味って何よ? 魔物にモテても、嬉しくないんだけど」
アタシ的には、モテるなら華奢なイケメンエルフがいい。華奢なハンサムエルフもいい。
「重ね重ね、ユウカが来てくれたことに感謝する。本番の前に、良いものを見せてもらった。これは、作戦の練り直しが必要であるな」
コルトルが、不敵に微笑した。話の分かる老剣士ではなく、老練な将軍の顔をしていた。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第62話 EP9-6 ワータイガー最上級/END
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