第61話 EP9-5 火蓋
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
時間は淡々と過ぎ去る。魔物の集団が、西の大砦に迫りつつある。
「錐型陣!」
『応っ!』
フォートレスが、訓練場の真ん中で、帝国軍の騎士たちや兵士たちと訓練に励む。
「左斜陣!」
『応っ!』
フォートレスの号令に合わせて、盾兵部隊が迅速に陣形を変える。魔物の迎撃戦を目前に、かなり仕上がっている。
フォートレスは百人くらいの部隊の最前列の中央にいて、その巨躯よりも大きな盾を構える。部隊全体を引き連れて動きまわり、重低音で指示を出す。
アタシは、軍の食堂で食べ放題の帰りに、訓練場の端を通る。アタシのやってることは、初日から全く変わっていないような気がする。危機感がないわけでもない。
アタシはユウカ。まだ十六歳の可憐な少女で、両刃の大斧と白銀のハーフプレートメイルを愛用する魔物ハンターだ。ピンク色の長髪で、女にしては背が高く筋肉質で胸がなく、『ピンクハリケーン』の二つ名で呼ばれる。
「ユウカ殿! 訓練にお付き合い願いたい!」
騎士が声をかけてきた。帝国騎士は皆、黒鋼のプレートメイルだ。
「ん? いいわよ」
アタシは、気軽に受けた。
「その次は、自分とお願いしたい!」
別の騎士も声をかけてきた。ガッシリとして重心の低い、三十歳くらいの男だ。
「その次は、私とも、お願いできますか?」
さらに別の騎士も声をかけてきた。骨太な女豪傑だ。
ここは、女騎士も少なくない。女兵士もそこそこ見る。
帝国民は亜人種への差別意識が強めらしく、亜人種はいない。軍人だけでなく、一般業者の従業員にもいない。
「いいわよ。順番に、ね」
あたしは、ここでは人気者だ。戦闘訓練を重ねたマッチョの騎士兵士たちに、というのが残念だ。できれば、華奢なイケメンエルフにモテたい。
「でも、アタシが相手でいいの? 魔物戦を想定した訓練なら、もっとパワーと重量がある方がいいと思うけど」
アタシは、土の訓練場の片隅で、両刃の大斧を両手で握り、平らな胸の前に構える。
「願ってもありません。フォートレス殿が、ユウカ殿の怪力なら、魔物戦の訓練に最適だと、おっしゃっていました」
順番待ちの、育ちの良さそうな青年騎士が、屈託のない笑顔で答えた。
「あー、うん。フォートレスとは、後で話し合っておくわ」
アタシも、笑顔で応えた。こっちの笑顔は、ちょっと引き攣っていた。
◇
「ピンクハリケーン様! 討伐に参加される魔物ハンター様が到着しました! ご紹介します!」
痩身な中年男のギルド職員が、頭上に大きく手を振り、城門から続く石畳を駆けてくる。
帝国軍との交渉役だ。薄い黒髪を七三に分けて、白髪交じりで、生え際が後退して、いかにも中間管理職な感じだ。
「やっと?! でもまぁ、来てくれて良かったわ」
アタシは、訓練の汗を綿布で拭きながら、手を振り返した。
ギルド職員の後方を、一人だけ、ゆっくり歩いてくる。ローブのような日除けのような大きな麻布を頭から被り、中肉中背の男、くらいの特徴のない体格をしている。
アタシがリクエストしたパーティメンバーではない。振り返した手が、自然とさがり、失意にとまる。
「某、魔物のデータ分析を専門とする、『識ル者』と申す。此度の討伐に参加するゆえ、お見知りおき願う」
掠れた低音だ。体格は特徴がないのに、口調は特徴的だ。
痩せて、疎らに髭が伸び、ヒビ割れた唇は『へ』の字に曲がる。生気のない顔に、ギョロリとした目だけが爛々と光る。
「うん。よろしく」
アタシは、気後れしながらも、痩せた手と握手を交わした。
専門家的といえば、専門家的かも知れない。マッチョの大男や鎖鞭の長身女が、データ分析の専門家です!、よりは信憑性が高い。
「ところで、アタシが希望したメンバーが、まだ来ないんだけど、なんで?」
ギルド職員に八つ当たりする。
「そうおっしゃられましても、困ります。ハンターギルドで、交渉を行っては、いるはずです。ピンクハリケーン様は、すぐに駆けつけてくださる親交ある方を、希望していただけたのでしょうか?」
ギルド職員が、アタシの威圧に仰け反りながら、応戦する。
「うっ……」
効果は、抜群だ。
アタシは、魔物ハンターとしての知名度は高い。自警団や魔物ハンターの知り合いは多い。
でも、友だちは少ない。友だちと呼べるのは、一般人のフェトと、ハンターのフォートレスと、えっと、……とにかく、少ない。
「……知ってる中で、頼りになりそうなハンターばかり選んだから。選りすぐりだから。こんな、過酷と分かってる依頼に、仲良しってだけで、呼ぶわけないじゃない」
アタシは目を逸らして、尤もらしい言い訳をした。
◇
時間は淡々と過ぎ去る。大砦の壁の、大型武器の増設工事も、完了しつつある。
帝国西部には、乾燥した強風の吹き荒れる荒れ地が広がる。西の端には、隣国と跨る広大な砂漠がある。
西の大砦周辺で最大の勢力を誇る魔物は、アースワームだ。超巨大なミミズだ。
アースワームは普段、地中深くにいる。地中の養分と水分を吸収し、土地を枯れさせる。地中を掘り進み、地表を陥没させる。
地上に出れば、その超巨体ゆえに、通過するだけで地表を壊す。
アタシが西部の依頼を受けない、最大の理由である。
西部の依頼を受けていれば、いつかは、西の大砦周辺レベル、アースワームの退治依頼に当たる。困ってこそ依頼を出すので、嫌だからと断りづらい。
アタシは、アースワームの退治依頼は受けたくない。アースワームとは戦いたくない。だって、アースワームは、巨大で、見た目が気持ち悪くて、ブヨブヨして、粘液塗れで、なんだかベタベタしてるから。
「ユウカ殿! 西の大門に、至急向かってください! 監視所より、西方に魔物の姿あり、との報告です!」
軍の食堂に、騎士が駆け込んできた。
「アースワームなら、行かないわよ?」
アタシは、焼き肉を口いっぱいに頬張りながら答えた。
「報告では、黄色い毛皮に黒い模様が入った、二足歩行の魔物が、あの、それが、単体で、とのことです」
騎士は、困惑していた。アタシにではなく、たぶん、報告の内容に、困惑していた。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第61話 EP9-5 火蓋/END
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