第5話 感謝と反省と
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
「……やった！ みんな、まず一体、倒したわよ！」
アタシは歓喜の声をあげた。自警団員たちからも、高い歓声があがった。
ラムライノスを一体倒した。残りは二体だ。
ラムライノスは、ゾウほどもある大型の、サイみたいな見た目の魔物である。太い丸太状の角を持ち、鉄色で鎧に似た凹凸の外皮をしている。帝都や大砦周辺に出る強い魔物で、小砦の壁くらいなら突き破る。
「じゃあ、ちょっとだけ牽制を緩めて、一体だけ中に入れて！」
壁の穴に向けて牽制を続ける遠距離組に、指示を出した。
ゴォンッ！と、凄まじい衝突音がした。高く分厚い壁が揺れて、穴の周囲が割れて、破片となって飛び散った。
予想外のことにビックリする。一瞬、思考が白くなる。
「まずい！ 壁を破られた！ 二体一緒に入ってくるぞ！」
男が、慌てふためき叫んだ。
壁に開いた大きな穴を、二体のラムライノスが抜けてくる。ゾウほどもある巨躯で、土煙をあげ、恐ろしい威圧感で迫る。
二体同時は、まずい。アタシが止められるのは、一体だけだ。強く大きな魔物を止めろ、なんて一般人同然の自警団員には要求できない。
一体を止めて倒すまでに、確実に、もう一体が自由に駆けて暴れて町を滅茶苦茶にする。たくさんの建物が壊される。たくさんの人が命を落とす。
このあとの惨状を想像して、蒼褪める。きっと、破壊音と、瓦礫と、悲鳴と、嗚咽と、赤い飛沫が、飛び交うことになる。
「それでもっ！」
それでも、今のアタシには、ラムライノスの一体を足止めするしかできない。自警団員たちと協力して、まず一体を倒すしかない。
大斧を両手で持ち、刃を下に向け、地面に突き立てる。大斧を盾にして、肩で支え、踏ん張る。
ガガンッ！と、金属同士が激しくぶつかりあう音がした。全身に強烈な衝撃が走り、骨が軋んだ。踏ん張った足が、土を抉ってずりさがった。
「今はこいつから倒すしかないわ！ 全員、こっちに攻撃を集中して！」
アタシは大斧を肩で支えたまま、力強く叫んだ。
もう一体のラムライノスは、視線でだけ追う。壁沿いの更地を駆け、レンガ造りの建物の並びに向かっている。もうどうしようもない。
どうしようもない。悔しい。
魔物ハンターを続けていれば、こんな状況は、いくらでもある。守れないことも、無力感に苛まれることも、何度もある。今は悔しさを押し込めて、歯を食いしばって、踏ん張るしかない。
「こっちを倒したら、もう一体に行くから、ゴメン……」
呟いた。歯噛みした。独り言だった。
「おいっ！ 俎板娘っ！ こっちは儂らに任せろぉっ！」
町に向かうラムライノスの方から、どこかで聞いたような、おっさんの声がした。
「誰がロング俎板よっ？！」
アタシは反射的に反論した。
帝国軍の黒いプレートメイルを装備した集団が、大きな盾を抱え、不格好な歩きで、ラムライノスの進路上に並びつつあるのが見える。
「こっちを倒したら、そっちの応援に行ってやる！ 大船に乗ったつもりで待ってろ！」
どこかで見たような、チョビ髭のおっさんが手を振っていた。
◇
終わった。ラムライノスを三体とも倒した。
「ふぅっ……」
溜め息で、近くの瓦礫に座り込む。重い大斧を地面に突き立てる。腕も体も重い。
後片付けが始まっている。怪我人の治療と、壁の穴の応急処置が、最優先である。
「お疲れ、ハンターさん！」
自警団員の精悍な男が駆け寄る。
「ハンターさんのおかげで、最小限の被害で済んだ。町の皆を代表して、感謝する」
アタシの前に、掌が差し出される。鉄色の宝石が、三個載っている。
「これは、ラムライノスの宝石だ。三個ともハンターさんが貰ってくれ。他の自警団員も帝国の官憲たちも、異論はないとさ」
「アタシは、一個でいいわ。残りは、町の修繕とかに使って。壁の穴も、塞がないといけないでしょ」
アタシは、宝石を一個だけ握った。残りは、軽く押して差し返した。
「そうか、ありがとう。ハンターさんには、いくら感謝しても感謝し足りないぜ」
男が、ナイスガイな笑顔で立ち去った。
惜しい。精悍なナイスガイも悪くはないが、華奢なイケメンに感謝されたかった。
「町を守ってくれたこと、感謝しておるぞ、俎板娘」
「チョビ髭のおっさんの感謝とか、いらないから」
俯いたまま、声のした方を見ずに、手を振って追い払う。俎板にツッコむ気力は残ってない。
「まあ、そう言うな。これでも、かつては帝国のために命を懸けた帝国騎士だ。今を暮らす町に愛着もある」
帝国の紋章の焼き印された革袋が、目の前に差し出される。握る手の、帝国軍の黒いプレートメイルは、ボッコボコに歪んでいる。
ラムライノス同時二体の窮地に、官憲たちがラムライノスに蹴散らされながらも怯まず、時間を稼いだ。癪に障るが、被害の少なさは官憲たちのおかげでもあるのだ。
「これは、儂らからの謝礼だ。遠慮なく受け取れ」
受け取る。口紐を緩めて、中身を確認する。口紐をしめて、差し返す。
「帝国の鉄貨なんて、いらないわよ。どうせ使えないし」
チョビ髭のおっさんが、首を横に振り、差し返しをさらに差し返す。
「帝都や将軍直轄領では、鉄貨がないと困るだろう？ 悪いことは言わん。邪魔にならない程度には持っておけ」
言いたいことを言ったおっさんは、チョビ髭を摘まみ撫で、満足げに笑いながら立ち去った。
「……ふぅっ」
アタシは、俯いたまま溜め息をついた。
町を守った満足感がないわけではなかった。でも、今回は運良く町を守れただけで、自身の力不足感の方が大きかった。ランクＳのハンターなんてチヤホヤされても、結局は、まだまだ弱いのだ。
アタシは、自分の弱さが、悔しかった。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第5話 感謝と反省と／ＥＮＤ
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