第43話 EP8-3 歌のペンダント
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
「……ピンクハリケーン様、ですか? ハンターギルド北部本部に所属の方ではありませんね。まさか、外部の魔物ハンター様ですか?」
バサバサに傷んだ長い水色髪の、気の強そうな目をした、三十歳手前ぐらいの女の人が、アタシの質問に反応した。
汚れてボロボロだけれど、ハンターギルドの制服を着ている。きっと、北の大砦のハンターギルドの受付嬢である。
「ピンクハリケーン様……。ファースト様の御息女が、そのような二つ名だと、過去の資料で拝見した記憶があります」
かけていない眼鏡の縁をかけなおす仕種をして、アタシの顔を間近で覗き込む。視線だけを動かして、アタシの平らな胸を見おろす。
「だれがロング俎板よ! ファーストの娘、可憐な美少女よ」
アタシは思わず、初対面の受付嬢にツッコミを入れた。
「まさか、外から救助が来たのか? ……いや、本格的な救助が来たのなら、一人だけ、四階の窓から入っては来ないな」
鉄の板金鎧の男が、一瞬だけ明るい表情になって、すぐに落胆した。汚れてボサボサの赤黒い髪に、髭は伸び放題の、四十歳過ぎくらいの男の人だ。見た感じ、魔物ハンターだ。
「あ、待って待って」
アタシは慌てて、口を挿む。
「詳しい説明は省くけど、アタシは、一人で先行して救援に来たの。マキエタって小砦のハンターギルドに、仲間が報告に戻ったから、七日くらいで本格的な救助が来るはずよ。それまで、頑張って生き延びましょ」
明るい口調で、明るい声で伝えた。救援が暗く沈んでは、救援に来た意味がない。希望を示す本人が絶望しては、本末転倒だ。
ただでさえ、七日の籠城は楽ではない。ここまで短くない日数の籠城を続けてきた、疲弊しきった人たちとなれば尚更だろう。
「これ、少ないけど干し肉と乾パンね。食べものが足りないなら、必要な人に配ってあげて」
保存食を詰めた革袋を、石の床におろす。アタシが持ってきた僅かの希望と保存食で、そんな人たちの、いつ折れてもおかしくない心を、支えなければならない。背負うべき責任は、重い。
「危険を冒して救援に来てもらって申し訳ないが、我々は、明日の朝に、大砦からの脱出を試みる。この建物に立て籠もる全員の総意だ」
かつての王国の白いプレートメイルを装備した、二十代半ばくらいの男が、揺るがぬ決意の表情で、告げた。
それは、アタシでも危惧できた、最悪の決断だった。
◇
「どうしてよ? 七日も耐えれば、救助が来るのよ。七日の我慢で、助かるのよ」
アタシは、興奮気味に、白いプレートメイルの男に食ってかかった。水色髪の受付嬢に、袖の破れた片腕で制止された。
「割り込み失礼いたします。私は、ハンターギルド北部本部の職員で、アンリナと申します。お見知りおきください」
気の強そうな目に負けない、気の強そうな自己紹介だった。
「失礼した。自己紹介がまだだったな。自分は、かつて王国に仕えた騎士で、今はレジスタンスに身を置く、ジラルドというものだ」
白いプレートメイルの男も、冷静に、騎士らしい厳格な口調で自己紹介した。
一呼吸置いてから、アンリナが説明を引き継ぐ。
「当ハンターギルドの建物には、約千名の人々が避難していらっしゃいます。皆様のご協力のお陰もありまして、今日まで生き延びることができました。ですが、食料も水も底を尽きまして、話し合いの結果、これ以上の籠城は困難と判断いたしました」
「あ……。千人分の、食料と水……」
反論できない。アンリナの言葉は、正しい。食料はまだしも、水がなくては、人は生きられない。
「決断が遅れれば、動けなくなる。動けなくなって死ぬくらいなら、動けるうちに脱出を試みる。何もしなければ全員が死ぬのだから、一人でも生きて小砦に辿り着ければ、試みる意味がある」
ジラルドが、まさに言いたかったことと、厳格な口調で追従した。
ジラルドの言葉も、正しい。絶体絶命の状況で、一縷の望みに縋るしかない。他にどうすることもできない。
水。水だ。水がなければ、手詰まりだ。
アタシは、宝石を入れた布袋を腰のベルトから外す。口紐を緩め、中身を確認する。
魔物を倒すと、宝石に変わる。魔物が変化した宝石は、魔法の触媒になる。この中に水の魔法の触媒があれば、ここの避難民の中に水の魔法を使える魔法使いがいれば、魔法で水を出せるかも知れない。
……ダメだ。ない。あるはずがない。
水と風の魔法は、戦闘以外にも用途が多いから、触媒が他の宝石よりも高額で取引される。通貨代わりに出まわることは滅多にない。
袋の中に、フェトから預かったペンダントならあった。どうにもならなくなったら使うように言われた。
今まさに、どうにもならない状況だ。アタシは、交渉も、説得も、苦手だ。難しいのも、考えるのも、苦手だ。
「そっ、そうだ。このペンダント、録音ができる魔法品で、昔の流行り歌が聞けるんだけど、聞いてみる?」
ペンダントを差し出した。ジラルドが、白いガントレットの左手で払い飛ばした。ペンダントは石の床に落ちて、硬い音で跳ねて、壁際へと転がった。
「悪く思わないでくれ。こっちはギリギリなんだ。呑気な気休めに付きあう余裕なんて、ないんだ」
「あ、うん。そう、そうよね。ごめんごめん」
アタシはゆっくりと歩いて、屈んで、ペンダントを拾おうと手を伸ばす。どう説得すればいいのか、考える。必死に考えても、良案は出ない。
『三日、お待ちいただけませんでしょうか』
落ちた衝撃で起動したペンダントから、フェトの声が聞こえた。以前に聞いた歌ではなかった。
拾おうとしていた手をとめる。聞こえてきたのが歌ではなくて、戸惑う。録音できる魔法品だから、歌を声に上書きしたのだと、少し考えてから理解する。
『ユウカさんは、お人好しの正直者ですから、嘘も偽りもなく、七日と申しあげたことと存じます。正式な手続きでしたら、確かに七日ですわ』
いや、でも、母親に貰った大事なものだと言っていた。きっと大事な歌を、そんなに簡単に上書きしてしまえるものなのだろうか。
『ですが、七日を耐えられませんのでしたら、わたくしが、必ず三日で救助隊を到達させてみせます。安全圏にいる部外者の戯言と、お気を悪くしたことと思います。それでも、苦しくとも、つらくとも、必ず救助してみせますから、三日だけ、どうか、どうか、お待ちください』
フェトにとって何が大事かの答えは、考えるまでもない。大事なものを、アタシのために、上書きしたのだ。説得となればアタシは失敗すると予想して、アタシを助けるために、思い出よりもアタシを選んだのだ。
正直、嬉しい。フェトがアタシのことを、そんなに大事に思ってくれていて、嬉しい。アタシにはどうしようもないピンチを、ロリ巨乳の身で、助けようと尽力してくれて、嬉しい。
アタシは、不謹慎かもしれないけれど微笑して、ペンダントを拾う。
その場の誰もが、戸惑っている。特にアンリナが戸惑い、かけていない眼鏡の縁をかけなおす仕種で、口を開く。
「……三日、でしたら、籠城の継続が可能かも知れません」
全員が、驚きを隠さず、アンリナを凝視した。信じられないと、誰も口には出さずとも、口が動いていた。当のアンリナ本人でさえ、自身の言葉の信憑性を、疑わずにいられない様子だった。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第43話 EP8-3 歌のペンダント/END
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