第42話 EP8-2 アタシの決意
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
「やっぱり、干し肉が軽くていいわよね?」
アタシは、革袋に干し肉を詰めながら聞いた。
「そうじゃのう。乾パンも持っていけ。弱ってるヤツに肉はキツいかも知れん」
御者のドワーフが、乾パンの入った布袋を投げて寄こした。
「ユウカさんは、本当に、北の大砦に救援に向かうおつもりですの? 一度、マキエタに戻りまして、ハンターギルドに報告しまして、準備を整えました方が良いのではありませんこと?」
天幕の隙間から双眼鏡で外を覗いていたフェトが、心配顔で、アタシの横に立つ。
「食べものは十分に分けてもらったから大丈夫よ。魔物がウヨウヨしてる中を突っ切るから、自分の装備と、救援用の食料以外を持つ余裕もないし。ギルドの方は、お願いね」
笑顔で答えるアタシに、それでもフェトは不安げに眉をさげる。迷う仕種で、地図を差し出す。
「地図に、北の大砦の位置と、外周のホワイトウルフの配置を、見えます範囲で記しておきましたわ。魔物は動きますから、参考程度にしかなりませんけれど、お持ちください」
「ありがと。助かるわ」
アタシは、地図を満面の笑顔で受け取った。
「こちらも、お持ちください。どうにもならなくなりましたら、お使いください」
フェトが、小指の先ほどの大きさの白い宝石が嵌められた、金の鎖のペンダントを差し出した。数年前の流行り歌が録音された、魔法品だ。母親に貰ったと言っていた。
「いいの? 大事なものなんでしょ?」
「大事なものですから、後日、返してくださいね」
心配顔のフェトが、無理に微笑んだ。アタシも微笑んで、ペンダントを受け取った。
「絶対に、返すわ。じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃいませ。ギルドとの交渉は、わたくしにお任せください」
「死ぬんじゃあねぇぞ、嬢ちゃん」
北の大砦の高い高い壁が、穴だらけになっていた。中はきっと、大量の魔物に占拠されているだろう。
だから、息を潜めて怯え隠れる生存者の救援に、アタシ一人だけでも先行することにした。
アタシはユウカ。二つ名は『ピンクハリケーン』。大斧を振りまわして戦う、ランクSの魔物ハンターだ。
◇
一頭だけ借りた馬に乗って、草原を駆ける。太陽は明るく上にあって、一面の緑が風に靡く。
フェトに貰った地図を頼りに、北の大砦を目視できる距離まで来た。運好く、魔物に遭遇せずに済んだ。
金属鎧をガチャガチャと鳴らす馬の、手綱を引いて脚を緩める。完全に停止してから、馬を降りる。
「ここまで運んでくれて、ありがと。この辺りは危ないから、気をつけて町まで戻ってね」
馬の肩を押して、走り出させた。来た方向へと駆けて、すぐに見えなくなった。
「よし。あとは、アタシか」
アタシは、北の大砦を目指して、歩き出した。
距離は、夕刻前に、余裕で着く。背負う両刃の大斧と、白銀のハーフプレートメイルと、保存食を詰めた肩掛けの革袋と、装備や荷物が重い。魔物に見つからないように、慎重に進もう。
言うまでもなく、単身で大砦を目指すのは無謀である。周辺には、比喩でも何でもなく、大砦周辺レベルの魔物が徘徊する。相手によっては、一発アウトもあり得る。
そんな無謀をアタシが実行したのには、キャニオンアンブッシャーの縦穴よりも深い理由がある。
「地図あって良かったわー。なかったら、確実に道に迷ってたわ」
今日まで、北の大砦に関する情報は、全くなかった。つまり、壁が破壊されて魔物だらけになった、と認知されることもなかったはずだ。
魔物だらけになったからと、大砦を捨てて近くの小砦に逃げるのは難しい。住民のほとんどは、戦う力のない一般人である。魔物ハンターや帝国軍人であっても、大砦周辺レベルの強い魔物の相手はキツすぎる。
となると、町の人々は、生き残っていれば、まだ町のどこかに隠れているはずだ。魔物に怯え、恐怖に耐えているはずだ。
でも、それにも限界がある。周囲に危機を伝えられず、認知もされなければ、救助は来ない。来ないと薄々感じ続けて、来ないと完全に理解してしまったとき、人々はどうするだろうか。
「脱出を試みて死ぬか、何もせずに死ぬか。アタシなら、脱出を試みる」
呟いた。
それまで必死に隠れ続けた人々は、物理的精神的な限界を察知した段階で、無謀な脱出を試みるだろう。例えば百人いて、百人死ぬと分かっていても、一人でも助かる可能性があるのならと、百人一緒に逃げ出すだろう。
だから、アタシ一人だけでも、一分一秒でも早く、救援に向かう必要があったのだ。北の大砦の危機に気づいた人がいて、救助が来ると、諦めかけた人々に知らせる必要があるのだ。救助が来るまで耐えて百人全員で助かろうと、幻ではない希望を提示したいのだ。
「ふぅっ。ここまでは、無事に着いたわね」
壁に辿り着いた。壁に開いた人三人分くらいの穴に入った。気配を探りながら、分厚い穴を通過して、壁に囲まれた町へと出た。
酷い。通りも、家々も、荒らされ放題である。道には木片や瓦礫が散乱し、戸や窓は割れ、レンガの建物まで倒れ崩れる。
あちこちから、ホワイトウルフの遠吠えが聞こえる。遠目に、壊れた建物の屋根の上や、瓦礫の山の上に、白い狼っぽい姿が見える。
町を見まわす。避難所になりそうな、大きく頑丈な建物を探す。
大砦だけあって、高い建物が多い。城、軍の駐屯所、教会、近くには、見慣れた看板を高い建物の天辺に掲げる、ハンターギルドが見える。
「おー! やっぱり、ここにも、ハンターギルドあるんだ? 魔物ハンターらしく、あそこにしとくか」
アタシは、背負う両刃の大斧を、右手で持って、肩に担いだ。肩掛けの革袋は、背中に背負った。左手を握って、左腕を平らな胸の横に添え、左脇を締めて、少女にしては高い背で、少女にしては長い脚で、ハンターギルド目指して駆け出した。
◇
「ガウッ! ガウッ!」
ホワイトウルフが吠える。石畳を踏み、駆ける。瓦礫の山を登り、跳び、飛びかかってくる。
「とうっ! りゃっ!」
アタシは片腕で大斧を振りまわす。頭の高さに迫るホワイトウルフを斬り裂き、弾き返し、叩き落とす。
「ガウッ! ガウッ!」
数頭のホワイトウルフが、吠えながら追ってくる。
「来るなら来なさい! アタシは強いわよ!」
アタシは走りながら、大斧を振りまわす。我ながら声を弾ませ、笑う。石畳にブーツの靴音を鳴らし、木片を跳び越え、瓦礫を踏んで、荒れた通りを駆け抜ける。
「ワオーーーン!」
少し離れて、吠え声が聞こえた。
『ガウッ! ガウッ!』
周囲のホワイトウルフどもが集まってきた。
「あははっ! 遅い遅いっ!」
ハンターギルドの建物に着いた。正面玄関は壊れているから、少なくとも一階フロアは魔物の巣窟だろう。二階から上は、入ってみないと分からない。
「ほぅあっ!」
壁面を蹴り、跳びあがる。大斧を振りあげ、壁面の小さな出っ張りに刃の端を引っかける。柄を握る右手の握力と腕力で、体を上へと引きあげる。
「でりゃぁっ!」
勢いを利用して、さらに壁面を蹴り、さらに上へと跳ぶ。ブーツに並ぶ大斧を力任せに振りあげ、跳躍よりも早く頭上に掲げる。最後の足掻きと壁面にブーツの爪先を引っかけ、数歩を駆け登り、上にある窓枠に大斧の刃の上端を突き立てる。
「よっしゃあっ!」
届いた。たぶん、ホワイトウルフが簡単には到達できない高さだ。天井の高い建物の、四階くらいか。
『ガウッ! ガウッ! ガウッ!』
下方で、何頭ものホワイトウルフが吠える。
アタシは無視して、柄を握る右腕で体を引きあげる。窓枠にかけた左手で、体を鎧戸の前に浮かせる。大斧の刃で半ば切れた鎧戸を、右の膝で蹴り割る。
石の鎧戸は、ガシャンと硬い音で、簡単に割れた。窓から建物の中へと入った。窓から細い光が差すだけの、暗いフロアだった。
「あっ、えっと、お邪魔するわよ? アタシは、ランクS魔物ハンターで、『ピンクハリケーン』って呼ばれてるんだけど、……知らない?」
暗いフロアに人がいた。薄汚れた防具を纏った、疲れ果てて、やつれて頬のこけた、数人の男女だった。それぞれに武器を構えて、構えた武器を落としてしまいそうに、手が震えていた。
アタシの自己紹介は、口調も声も、戸惑っていたと思う。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第42話 EP8-2 アタシの決意/END
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