第41話 EP8-1 北の大砦
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
「そろそろ、目的地に着く。準備しろ」
小柄でゴツく髭ボウボウのドワーフの御者が、低く渋く大声で、ぶっきらぼうに馬車の中へと声をかけてきた。
馬車は、鉄板で補強した頑丈な箱馬車だ。軽量の金属鎧で身を固めた馬の四頭引きだ。御者のドワーフ本人も、軽量の金属鎧に軽量の角つき金属兜装備だ。
強度と速度を兼ね備えた危険地帯用カスタマイズ、完全手製の自信作、カッコイイ、と自信満々に説明された。危険な魔物がウヨウヨしている大砦周辺では、足をとめて戦うよりも一目散に逃げた方が賢明、と体験談を交えて力説もされた。
アタシはユウカ。まだ十六歳の可憐な少女で、両刃の大斧と白銀のハーフプレートメイルを愛用する魔物ハンターだ。ピンク色の長髪で、女にしては背が高く筋肉質で胸がなく、『ピンクハリケーン』の二つ名で呼ばれる。
「いよいよですわね、ユウカさん」
フェトが、興奮気味に双眼鏡を握る。魔力付与された双眼鏡で、普通のものより遥か遠くが見える。
フェトは、ロリ巨乳の魔物研究者である。見た目は女の子で、小柄で華奢で普段着の上に白衣を着て、長い金髪を上品に編み込んで、細い銀縁の丸眼鏡をかけ、薄化粧で小綺麗にして、胸が大きい。
「そうね。大砦の周りって、どんな強烈な魔物がいるのか、アタシもドキドキしてるわ」
アタシも、興奮気味に相槌を打った。
最強の魔物ハンターの一人と評される『清楚なる白百合』の伝手で、北の大砦の近くまで運んでくれる馬車に乗った。本来なら、ランクS魔物ハンターですら滅多に近づかない、危険地帯だ。
「おい。着いたぞ」
御者のドワーフの、ぶっきらぼうな呼びかけが聞こえた。
馬車が停まる。箱馬車の扉が開くのが待ちきれないと、アタシもフェトも、扉を肩で押し開けながら馬車を降りる。
「ありがと!」
「ありがとうございます!」
御者のドワーフに、早口で頭をさげた。
ドワーフは、人間よりは小柄で、全身筋肉質なガッシリした体格の亜人種である。体も顔も彫りが深くて、男も女も年齢よりも老けてみえる。金属の扱いに秀でて、採掘や鍛冶が得意だとされている。
「日が半分傾いたら、帰るぞ。忘れるなよ」
御者のドワーフが、ゴツい手でボウボウの髭を絞り、空を指さした。
ドワーフの例に漏れず、小柄で筋肉質でガッシリしてオッサン顔だ。愛想皆無のぶっきらぼうだ。
「はーい」
「心得ていましてよ」
朝に小砦マキエタを出発して、今は真昼で太陽がほぼ真上にある。日が落ちる前にマキエタに帰り着きたいから、午後の半ばくらいには帰路に就く、と事前に聞いている。
周囲を見まわす。鬱蒼とした森の端である。
馬車は森の中に隠す。緑色の布で、森の端に即席の天幕を張る。天幕の中に、三人一緒に隠れる。
ここなら、危険地帯でも、そう簡単に魔物に見つかることはないだろう。
「よっこらせっと」
ドワーフが、折り畳み式の机を据えて、飲みものを準備する。尻目に、アタシとフェトは天幕の隙間から外を覗く。
「いよいよでしてよ。研究の最先端、研究者としての快挙ですわ」
フェトが、いそいそと、双眼鏡を構えた。天幕の外の、北の大砦があるであろう方角へと向けた。
「どう? 何か凄いの、見える?」
アタシは我慢できずに、向けた早々に聞いた。
そんなに早く見つけられるはずがない。そんなにすぐに答えてくれるはずもない。
フェトは、アタシの数万倍、この瞬間を待ち侘びていた。楽しみにしていた。満足するまで黙って待つのが、同行者として最低限の礼儀というものだ。
◇
「飲むか?」
「ありがと」
ドワーフが差し出した鉄のカップを受け取る。黒い液体で満たされている。口をつけると、少し苦い。
「苦っ! 砂糖ないの?」
アタシは苦い顔で、カップを突き返して、要求した。
「分かっとらんのう。ちょっとくらい苦い方が、カッコイイじゃろ?」
ドワーフが、鉄のカップを口に運び、口髭を濡らしながら、得意げにニヤリと笑った。
「いや、ちょっと、言ってる意味が分かんない」
昨日に馬車を頼んだときも、こんな感じだった。独特なノリのドワーフだ。
魔物ハンターをやってるアタシも、ドワーフを熟知しているわけではない。これが亜人種ドワーフの普通の可能性もある。
ドワーフは、鍛冶屋や装飾細工を生業にして、人の町に住む事例が多い。他の亜人種に比べれば、ではある。
だから、アタシは、ドワーフであれば数人、顔見知りがいる。全員、大斧の修理や手入れを頼む鍛冶屋である。その中に、こんな「カッコイイじゃろ」が口癖のドワーフはいないと思う。
いや、まあ、「いい武器じゃ」「その細腕で扱えるのか?」「胸筋はあるな」は、いた。ドワーフの鍛冶屋は、だいたいそんな感じだ。
「フェトも飲む? 苦いの大丈夫? 甘いのがいいわよね?」
ドワーフに左手を差し伸べて、フェトの分のカップを催促する。
「注文の多い客じゃのう。ハードボイルドを解さぬとは、これだからガキどもは」
ドワーフが、低く渋くブツブツと文句を呟きながら、鈍色の金属の水筒から別のカップへと、黒い液体を注ぐ。
受け取って、アタシはフェトに近づく。熱心に双眼鏡を覗くロリ巨乳の横顔を、微笑して、横から覗き込む。
「ほら、フェトの分よ。地図の横に置いとくから、零さないようにね」
アタシは、地図の広げられた簡易の机の隅に、鉄のカップを置いた。
王国時代の、数年前の地図だ。北の大砦は、正確な位置すら情報がないから、地図上に記載されていない。
北の大砦は、情報管制が異常に厳しい。
ハンターギルドがあって魔物ハンターもいるはずだが、他の大砦小砦とは交流がない。人の往来はなく、魔物の討伐依頼が外に出ることもない。ハンターギルド間の魔法通信すらなくて、現状がどうなっているのか、ギルドが存続しているのかも不明らしい。
北の大砦全体が魔法による通信を妨害する魔法で覆われている、なんて噂まである。
強ち、ただの噂とも思えない。支配者の命令ってだけで、全ての人の往来や通信を遮断できる、とは考えづらいからだ。こっそり大砦を脱出したり、目を盗んで魔法通信しようとする人間が必ずいるはずだ。
でも、北の大砦に関しては、何も情報がない。ハンターギルドの職員も、馬車駅の職員も、行商人も、魔物ハンターも、皆が、情報がない、と答える。
「……」
フェトが無言で、双眼鏡をおろした。ロリ巨乳の顔面蒼白だった。
「あら、意外と早かったわね。何か、もの凄い魔物でも見つけた?」
ちょっと嬉しくなって、声が弾んだ。デミリザードキング、千足氷虫、マッドオッド、グランゲーターと直視してきたフェトが蒼褪めるなら、相当な魔物だろう。
フェトは何も答えず、小さな両手で持つ双眼鏡をアタシの前に翳す。アタシは期待にワクワクしつつ、双眼鏡を覗く。
「……? ……え? 何?」
魔物の姿はなかった。双眼鏡のレンズに、大砦の高い高い壁が見えた。まだかなり遠いのに鮮明に見えて、さすが魔力付与品だ。
双眼鏡が震える。双眼鏡を持つフェトの手が震える。フェトの可愛らしい声が、震える。
「壁のあちこちが、壊れて、穴が開いていますわ。大門が、半ば、崩れていますわ。あれでは、中は、きっと、魔物だらけに」
恐ろしい結論に、途中で口を噤んだ。
「……何よ、それ」
アタシも、動揺して、言葉を続けられなかった。震える双眼鏡を掴んで、レンズを凝視した。
北の大砦の壁に、穴が見えた。大小の穴が、幾つも、幾つも開いていた。危険地帯のド真ん中で、穴だらけになった大砦の中なんて、町がどうなってるか、人がどうなってるか、想像するのさえ怖かった。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第41話 EP8-1 北の大砦/END
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