第40話 アタシも昔は子供だった
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
アタシは、昔の夢を見た。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
でも、夢の中では、まだ王国の、平和なときが流れていた。
◇
アタシはユウカ。まだ八歳の可憐な女の子だ。女の子だから、か弱くて華奢だけど、同年代の女の子と比べると、剣が使えて、強くて、背が高い。
「いいか、ユウカ。無理はしなくていい。今はまだ、オレのやることを見てるんだ」
親父が、アタシのピンク髪の頭を乱暴に撫でる。大きくて、力が強くて、ちょっと痛い。
暗い森の中で、焚火が赤く燃える。疎らな木々の枝葉の間から、月を見あげる。闇の向こうから、獣や鳥の鳴き声が聞こえる。
「親父、ウザい! アタシも、もう一人前の魔物ハンターだもん! 一人で戦えるもん!」
アタシは、親父の手を払い除けた。
「ガッハッハッ! そうかそうか。そいつは頼もしいな」
親父が、ボサボサ黒髪の髭面で豪快に笑った。
親父は、魔物ハンターをしている。筋肉モリモリのマッチョで、黒い革鎧を着て、急所は鋼色の板金鎧で補強する。メイン武器は、両手持ちの大剣である。
そもそも魔物とは、人里離れた森や山にときどき現れる、獣よりも強く凶暴な怪物だ。親父曰く、各地に点在する大昔の封印から稀に漏れ出す謎の怪物、とか何とからしい。
アタシは、魔物ハンター見習いとして、親父と行動を共にしている。王国の各地を放浪して、魔物狩りを手伝っている。
いやまあ、魔物ハンターと自称してはいても、生業とできるほど魔物が出るわけではない。噂を頼りに魔物を探して、いれば退治して近隣の町村から謝礼を貰う。いなければ、獣を狩ったり、畑仕事を手伝ったりして、旅費を稼ぐ生き方である。
「まーたバカにして! すぐに親父より強くなって、負かしてやるんだから!」
腰のショートソードの鞘を叩いてみせた。革の胸当てを叩いてみせた。
「そいつは違うぞ、ユウカ。強さってのは、相手を負かすためにあるんじゃあない」
親父が、笑顔で語る。
「オレたちは、魔物から人々を守るために戦うんだ。守るために強くなるんだ。力ってのは、誰かを助けるためにあるんだ」
「でもさ、でもさ、絶対に助けられるとは限らないじゃん。守ろうとしても、魔物が強くて守れないかも知れないじゃん」
アタシのイチャモンに、親父が苦笑いする。アタシのピンク髪の頭を乱暴に撫でる。
「そりゃまあ、魔物が強けりゃ、救えたり救えなかったり、助けられたり助けられなかったりするもんさ。助けられれば嬉しいが、助けられなければ後悔に苦しむこともある。それでも、いつか魔物ハンターとしての終わりの日が来るまで、続けていくしかないな」
アタシは腕組みして、首を傾げる。考えてみる。
「……う~ん。分かんない!」
数秒で、考えるのを諦めた。考えるのは苦手だ。難しいのも苦手だ。
「ガッハッハッ! そうかそうか。まあ、もっと大きくなれば、そのうち分かるさ」
親父が、ボサボサ黒髪の髭面で豪快に笑った。
◇
親父が、日の射す森の中を歩く。アタシは、親父の背中を追う。
「遅れるなよ、ユウカ。あっちで、魔物の鳴き声が聞こえた。間違いない」
昼の森に、獣や鳥の鳴き声が飛び交う。風の音も、枝葉の揺れる音も、夜より騒がしい。
「親父! 速い!」
並ぶ木の幹の間を、半身で擦り抜ける。下草を掻き分け、藪を斬り払う。
アタシには、魔物の鳴き声と、獣の鳴き声と、鳥の鳴き声の聞き分けはつかない。遠くで何かが鳴いている、としか聞こえない。
「見失うと厄介だ。魔物ハンター見習いなら、しっかりついてこい」
親父が楽しげに笑った。声が嬉しそうだった。
この森を数日探索して、どうやら魔物を見つけられたらしい。魔物を倒せば、この辺りの魔物被害を減らせる。周辺の町村から謝礼を貰えるかも知れないし、倒した魔物は宝石になるから直接的な収入にもなる。
そうなれば、今日くらいは町の食堂で豪勢な夕食を食べられる。魚や草で空腹を凌ぐ生活を、しばし忘れられる。
「分かった! お肉! 焼き肉の盛り合わせ食べたい!」
アタシは、本能のままに、欲求を叫んだ。
「オレは酒だ! 久しぶりに酒が飲みたい!」
親父も、欲求を叫んだ。心なしか、森を進む足が加速した。
「ちょっ?! 親父! 速すぎ!」
アタシが声をかけたときには、親父の姿は木々の向こうに消えていた。
◇
「親父ー! どこー!? はぐれたー!」
親父を見失った。はぐれた。広い森の中で、迷子になった。
歩けど歩けど、森が続く。木々が並び、下草は高く、藪が歩みを鈍らせる。獣や鳥が鳴き、風や葉が鳴り、声を掻き消す。
アタシは、足をとめた。周囲を見まわした。囲む木々の幹の隙間に、人影はなかった。
でも、気配がある。ある気がする。何か、危険な何かを感じる。
「おやじー……?」
声音を抑える。ショートソードを鞘から抜く。構えて、気配の方向へと草を掻き分ける。
「ガァッ!」
何かが飛びかかってきた。不意討ちだった。
「っ!?」
アタシは仰け反って、鋭い何かを間一髪で避けた。避けて、前屈みで、前へと駆け抜けた。
状況が分からない。木々の幹の一本の根元に、女の子がへたり込んでいる。近くの村人らしき服装で、蒼褪めて、震える手をこちらに伸ばす。
「た、たすけ……」
声も震えている。怯えた目が、アタシの後方を見つめる。
アタシは女の子の前へと走り、振り向き、ショートソードを構えなおした。女の子を背後に庇い、正面の下草から姿を現した何かと対峙した。
「グルルッ」
薄緑色の毛の山犬、いや、違う、山犬みたいな見た目の魔物だ。獣とは気配が違う。感じる雰囲気が違う。
魔物が、こちらの様子を窺い、アタシを値踏みしながら、右へ左へと歩く。跳躍二つの距離を保ち、呻り、睨み、牙や爪を見せつけ、アタシを威嚇する。
怖い。親父なら容易に倒してしまうだろう魔物も、見習いのアタシには、勝てるかどうか分からない強敵だ。
負ければ、死ぬ。八歳の可憐な女の子でも、山犬みたいな魔物の餌食になる。背後にいる女の子も、アタシの次に餌食になる。
「こっ、怖くなんかっ、ないんだからっ!」
虚勢を張った。怖かった。ショートソードを持つ手が、土を踏む足が、震えた。
逃げたい。逃げ出したい。
このままだと、アタシも、背後の女の子も、死ぬ。魔物に食われて死ぬ。
逃げ出せば、アタシは死なずに済むかも知れない。魔物が先に、へたり込んだ女の子の方を襲えば、その隙にアタシだけ逃げられるかも知れない。
腰を抜かしているみたいだから、連れて逃げるのは無理だ。一緒に走れても、魔物の方が足が速いだろうから、やっぱり連れて逃げるのは無理だ。
選択肢は、二つしかない。この子を囮にアタシだけ逃げるか、この子を守ろうとして一緒に死ぬか。
前者なら、アタシだけ助かる可能性が、僅かながら残る。後者なら、アタシは確実に死ぬ。
背後の子は、どっちでも、どう足掻いても死ぬだろうから、合理的に考えるなら、守る意味はない。
怖い。痛いのは、怖い。死ぬのが、怖い。
「う、うぁぁ……」
恐怖に声が漏れる。手が、足が、全身が、震える。
逃げたい。今すぐに、全てに背を向けて、逃げ出したい。
考えれば考えるほど、逃げるべきだ。逃げない理由がない。逃げて、自分だけでも助かるべきだ。
怖い! 怖い! 怖い!
「……くっ、来るなら、来いっ! やっつけてやるっ!」
アタシは、考えるのをやめた。ショートソードを振りまわした。考えるのも、難しいのも、誰かを見捨てるのも、苦手だ。
「ガウッ!」
魔物が跳躍した。アタシに向けて、跳躍二つの距離から、一つ跳躍した。着地して、跳躍一つの距離で、屈み、さらなる跳躍のために、脚のバネを溜めた。
ダメだ。次の跳躍で飛びかかって、アタシの喉笛を咬み千切る気だ。
絶望した瞬間に、木の幹の陰から人影が飛び出した。その人影は、高く振りあげた大剣を振りおろして、魔物を一刀両断してしまった。
「無事か、ユウカ?! 怪我はないか!?」
親父だ。飛び出してきた人影は、親父だった。
アタシを心配して駆け寄る親父に、アタシは抱きつく。首に抱きつき、厚い胸板に顔を埋める。限界の恐怖から解放されて、涙が溢れ、声が溢れる。
「うっ、うっ、うぁぁぁん」
「よし、よく頑張ったな、ユウカ。その恐怖は、オマエが誰かを守った証だ。誇って、忘れないように胸に刻め」
親父が、アタシのピンク髪の頭を乱暴に撫でた。
この日のことを、アタシは一生、忘れないだろう。
◇
アタシは、目を覚ました。清楚なる白百合に紹介してもらった、いい宿屋のふかふかのベッドの上だ。
「あら、ごめんあそばせ。起こしてしまいましたわね、ユウカさん。今日が楽しみで、早く目が覚めてしまいましたの」
すっかり準備を整えたフェトが、満面の笑顔でベッドの横に立つ。
「ああ、あっふぅっ、違う違う。ちょっと昔のことを夢に見て、目が覚めちゃっただけよぅ」
アタシは寝ぼけ眼で、まだフワフワとした思考で、体を起こす。すぐ横にいるフェトの細い首に抱きつき、ロリ巨乳な大きな胸に顔を埋める。
「どうしましたの、ユウカさん?」
フェトが、不思議そうに首を傾げた。
「ん~ん。どうもしないわよぅ。ちょっと、忘れてたなぁって、思っただけ、ふわぁ~」
アタシは、夢の内容を、昔の、子供の頃のあの体験を思い出して、頭の中に反芻した。心に刻みなおした。あのとき、逃げなくて良かったと、きっとずっと、胸を張って生きていくだろう。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第40話 アタシも昔は子供だった/END
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