第36話 清楚なる白百合
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
アタシは、暗い地下水路を、口に咥えた光源の灯りを頼りに、全力で逃げている。
アタシはユウカ。まだ十六歳の可憐な少女で、両刃の大斧と白銀のハーフプレートメイルを愛用する魔物ハンターだ。ピンク色の長髪で、女にしては背が高く筋肉質で胸がなく、『ピンクハリケーン』の二つ名で呼ばれる。
この地下水路は地下を流れる川であり、下水道ではない。悪臭もない。水の匂いと、少しカビ臭い。
レンガの天井は高く、アタシが大斧を振りまわせるくらいはある。レンガの道には、ところどころ、苔らしきものが生える。
グランゲーターに追われ、大斧を肩に担ぎ、広い水流の右横に沿う道を、全力で駆ける。前方の闇溜まりにも臆せず、迷わず進む。硬く湿った靴音が、薄暗い地下水路に反響する。
グランゲーターは、簡単に説明すると、水辺に棲息する大型のワニだ。牛でも馬でも一呑みにしてしまうそうだ。外見でワニと違うのは、尖った歯が多列、脚が四本より多い、目が二個より多い、と聞いた。
ちなみに、今まさに後ろから追ってくる巨大なヤツは、ちょっと見た感じ、片側だけで目が三個、脚が四本あった。反対側は見れてないから、実際に何個と何本あるか分からない。実物を見た自分でも、ちょっと意味が分からなかった。
「ふぁっ?!」
苔を踏んで滑った。転ばないように、必死に踏みとどまった。カカカッ、と小刻みに駆けて、体勢を立て直した。
走る速度を緩めたら、同じ速度で追ってくるグランゲーターに追いつかれる。背後から、食われるか潰される。
それは嫌だ。可憐な美少女の最期に相応しくない。最期くらいは、華奢なイケメンエルフの腕の中で果てたい。
「おい! こっちだ!」
少年のガラガラ声が聞こえた。前方に、小さな光が見えた。
「遅くなって済まん。近い道がなかった」
ソイユニだ。支流を使って先回りしたソイユニと、合流できたのだ。
ソイユニが命惜しさに逃げてしまっても、文句はなかった。むしろ、これほどの危険を顧みないとは、感心するほど律儀だ。気苦労が多そうだ。
「助かる! 実は道覚えてなくって!」
「咥えたまま喋るな。何言ってるか分からんぜ」
呆れた口調で返された。
ソイユニは、人間の子供に近い容姿の、少し耳の尖った亜人種、ホビットである。掠れた茶髪で、分厚い布の服に分厚い布のマントで体を覆う。
毛むくじゃらの手には、ランタンを持つ。ランタンの灯りで前方を照らして、本流の左横の道を走る。
後方からは、レンガの割れる音、水の逆巻く音が、同じ速度で追ってくる。グランゲーターの恐ろしい巨体が闇の中を追ってくる、なんて見たくないから、音だけで距離を測る。
「もうすぐだ! 全力を絞り出せ!」
ソイユニが、少年のガラガラ声で叫んだ。
前方に、大きな光が見えた。地下水路の出口だ! 外だ!
「やったっ!」
アタシとソイユニ、二人並んで水路を出た。命からがら逃げきった。昼の眩しい陽光の下には、信じ難い光景があった。
◇
「まぁっ。とても美味しい紅茶ですわね。こんなに美味しい紅茶は、初めてですわ」
白い優雅なイスに座るフェトが、小さな手に持つ白磁のティーカップを小さな口に運んで、驚いた。
フェトは、ロリ巨乳の魔物研究者である。見た目は女の子で、小柄で華奢で普段着の上に白衣を着て、長い金髪を上品に編み込んで、細い銀縁の丸眼鏡をかけ、薄化粧で小綺麗にして、胸が大きい。
「そうでしょう、ロリ巨乳ちゃん。二人っきりで楽しもうと、買ってきましたの。私のお気に入りです」
清楚なる白百合も白い優雅なイスに座って、手に持つ白磁のティーカップを口に運んだ。
清楚なる白百合は、ピンポイントでロリ巨乳をこよなく愛する変態である。
……違った。違わないけど、ここでの紹介としては違った。
清楚なる白百合は、最強の魔物ハンターの一人である。二十歳くらいの華奢な美女で、聖職者を思わせる純白の清楚なドレスローブを纏い、銀色の柔らかく膨らむ長い髪で、白いハンドベルを腰にさげる。ハンドベルは金属製で、百合の花を模して花弁が重なるような特殊な構造で、人の頭よりも大きな鈍器である。
二人の間には、優雅な一本足の白い丸テーブルがある。そこに、ティーポットや、お菓子の載ったティースタンドが並ぶ。
「このお菓子も、お気に入りのお店で買ってきましたの。とても甘くて柔らかくて、ええ、でも、ほら、ロリ巨乳ちゃんの巨乳の柔らかさには負け、痛っっっ!?」
ソイユニが投げた石が、清楚の頭に当たった。清楚がキンキンと高く響く声で痛がった。
「清楚ぉぉぉぉぉっ! 遊んでんな! すぐ来るぞ、構えろ!」
怒鳴る気持ちは分かる。こっちが命懸けでグランゲーターを誘き出してるのに、仲間が仲良くティータイムを楽しんでいたら、アタシでも腹立つ。
「ゴガァァァァァ!!!!!」
昼の陽光の下に、重厚な咆哮が轟いた。川原をズシンズシンと揺らして、グランゲーターが姿を現した。巨体が川の流れを逆巻き、太い尻尾が水面を激しく打ちつけた。
アタシは清楚の横を駆け抜けて、フェトを左腕で抱えて、近くの木の陰へと滑り込む。横並びに走るソイユニも、清楚の横を駆け抜け、別の木の陰へと滑り込む。
周囲の自警団員は全員、顔面蒼白である。武器を握る手が、見て分かるほど震えている。何人かは、手にした武器を落としてしまう。
当たり前だ。
グランゲーターが、デカすぎる。明るい場所で見て、ゴツゴツと突起の多い硬い皮が、黒光りに近い暗青色だと知る。両側併せて目が七個、太い脚が七本ある。
七眼七脚の巨大なワニなんて、見た目が異常すぎる。爬虫類特有の縦長の瞳孔が七個、互い違いの方向にギョロギョロと動く。
アタシでも、怖い。大斧を握る手が震える。
自警団員なんて、今すぐ逃げ出しても不思議じゃない。それでも一人も逃げないのは、一直線に突進してくるグランゲーターと皆の間に、清楚なる白百合が立ち塞がっているからに他ならない。
「ロリ巨乳ちゃんと! ロリ巨乳ちゃんと、もう少しで、さりげなく、スキンシップができましたのに! 邪魔した報いは、受けてもらいます!」
清楚なる白百合が、キンキンと高く響く声で叫んだ。凄まじい迫力で迫るグランゲーターに、全身全霊の苦情を叩きつけた。
最強の一人なのに、ソイユニ以外の誰にも固定パーティを組んでもらえない理由が、アタシにも分かった気がした。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第36話 清楚なる白百合/END
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