第35話 グランゲーター
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
地下水路の奥でグランゲーターに遭遇した。暗いし、ランタンの灯りしかないし、相手が大きすぎて口の中しか見えないけど、たぶんグランゲーターだ。
「ワニっ! いたっ!」
アタシは、引き攣った笑顔で叫んだ。我ながら、嬉しそうな声だった。
白く尖った歯の幾重にも並ぶ、一軒家の壁が倒れてきたみたいな、横に裂けた口が、上顎が落ちてくる。ゴツゴツと突起の多い硬い皮の下顎が、水流から飛び出して迫る。
大斧を頭上に掲げて、盾とする。落ちてくるワニ歯を大斧で受けつつ、下顎の衝突よりも早く後方へと跳躍する。
「うげっ?!」
上顎の激突の威力に、跳躍よりも強く弾き飛ばされた。倒れて背中を、レンガの道の角にぶつけた。水流に落ちないように、右手をレンガの継ぎ目に引っかけた。
左手で握る大斧は水中にある。構わず、足を振りあげて、後転して、立ちあがる。大斧を思いっきり引きあげ、勢いのままに、さらに後方へと跳躍する。
直後に、目の前にグランゲーターの口が閉じた。ガドンッ、と重い鉄板同士を打ち合わせたような音が轟いた。
水に落ちたら、逃げきれずに食われるだろう。レンガの道にいても、一瞬でも気を抜けば潰されるだろう。コイツは、デカくて、恐ろしく強い。
「危ないと思ったら迷わず逃げろ! オイラは自力でどうにかするから気にすんな!」
ソイユニの持つランタンが、グランゲーターを照らす。灯りに浮かぶ形状は、大きなワニの頭部である。
片面だけで二個ある目玉が、ギョロギョロと違う方向に向く。爬虫類特有の縦長の瞳孔が、こっちに向いて、とまる。
巨体の、頭部の片側しか照らせない。灯りの反対側は、巨体が邪魔で陰になる。闇に沈んで、どこを見てるのか、どう脚を動かすのかも、見えやしない。
アタシは、深呼吸して思考を落ち着ける。大斧を両手で握り、平らな胸の前に構える。グランゲーターの鼻先を見据え、摺り足で間合いを計る。
グワッと、大きな上顎が天井近くまであがった。ゴトゴトと、地下水路が揺れた。尖った歯の幾重にも並ぶ口が、一軒家の壁が倒れるみたいに落ちてきた。
「たぁっ!」
レンガの道を蹴って右上に跳ぶ。右の壁を蹴って、さらに高く、天井擦れ擦れまで跳ぶ。
グランゲーターの口が道に咬みつく。アタシは落下しながら、大斧を振りあげ、振りおろす。
「りゃぁっ!」
腰を浮かせて加速して、大斧の刃をワニ鼻の先の、ゴツゴツと突起の多い皮に打ちつけた。ガチンッ、と金属同士を打ち合う音がした。皮に傷をつけるどころか、大斧の刃が欠けた。
大斧を腕力と背筋で引き戻す。鼻先を蹴って後ろに跳ぶ。アタシの着地と同時に、グランゲーターの口が開く。
間髪入れず、道を蹴って踏み込む。尖った歯の幾重にも並ぶ下顎に振りおろす。
ガチャチャッ、と硬い石を打つような音がした。刃が歯に当たって、肉まで届かなかった。
「くっ……」
慌てて大斧を引き戻す。口が閉じて、ガドンッ、と重い鉄板同士を打ち合わせたような音が轟く。
危ない。判断が早かったから、今もまだ両手がついていて、大斧を握っていられる。
アタシは後ろへと、レンガの道を小刻みに跳ねて、グランゲーターとの距離を開ける。
「無理! 絶対に無理! 勝てるわけない!」
「だろうな」
アタシの迫真の訴えに、ソイユニが抑揚少なく答えた。
臨時パーティ初日なのに、単純脳筋の言動なんてお見通し感が、釈然としない。感受性豊かで多感なお年頃の心中を、そう簡単に予想できるわけがない。
「アタシは、あのワニの横を突っ切って、そのまま本流沿いに逃げるわ」
「オイラは、支流を使って追い駆ける。合流するまで、コイツを使え」
投げ寄越された棒を受け取る。片手で握れるくらいの金属の棒で、ランタンと同程度の光を放つ。比較的一般的な、光源になる魔法品である。
「ありがと。また後でね」
アタシは、光源の棒を口に咥えた。大斧を両手で握り、平らな胸の前に構えた。
◇
グランゲーターと壁の間、レンガの道に人一人通れるほどの隙間がある。どこがと言及は避けるが、厚みのないアタシなら余裕で通れる。
瞬発力の勝負だ。呼吸をとめ、隙間へと踏み込んだ。
巨大な頭部が横振りされた。
道を蹴り、壁を蹴って、頭部の上方を奥へと跳ぶ。着地の前には、大斧を大きな目玉の一つへと振りおろす。
ガチンッ、と金属同士を打ち合う音がした。刃が触れる前に、ぶ厚い瞼が閉じた。瞼の皮にすら、鋼では歯が立たなかった。
まあ、傷を負わせることが目的ではない。
奥の目玉はブーツで踏む。靴底が目玉に触れる前に、同じく瞼が閉じて目玉を守る。
これで、アタシを見る目が二個とも閉じた。グランゲーターが、ほんの数秒でも、アタシの移動と動きを追えなくなった。
これほどの巨体となると、無策に横を通過しようとしても、体当たりなり脚なり尻尾の一撃を貰って、潰されるだけだ。横を無事に通過したければ、何かしらの策が必要だ。
だから、ダメージを与えられないと分かっていて、目玉を狙って攻撃した。目玉を守って瞼が閉じれば、再び瞼を開くまでの数秒間、グランゲーターの視界から消えることができるのだ。グランゲーターの虚をつく動きで、グランゲーターの巨体の猛威に対抗できるのだ。
「ふぇっ?! ダメふぁっ……」
予想外の状況に、自身の甘さを恨む。
閉じた二個の目のさらに奥に、三個目の目玉がある。片面だけで三個ある目の三個目が、爬虫類特有の縦長の瞳孔が、ギョロリと鈍く光ってアタシを睨む。
見られたまま横を通過、は無事に済む見込みが薄い。無傷で通るには、道が狭すぎる。負傷を甘受して目指すには、ゴールの出口までが遠い。
キンッ、と高い金属音がした。グランゲーターの三個目の瞼が閉じた。弾かれて、投げナイフがクルクルと舞った。
「行け! ピンクハリケーン!」
ソイユニが、少年のガラガラ声で叫んだ。
さすがは最強の魔物ハンターの一人『清楚なる白百合』の仲間だ。ビックリするくらいに頼もしい。
アタシはグランゲーターの瞼を踏み台に、天井近くまで跳躍する。大斧を天井のレンガに食い込ませ、空中で体を振り、前へと飛ぶ。アタシを見失ったグランゲーターの脚を、ゴツゴツと突起の並ぶ尻尾を足場に、巨体の後方へと駆け抜ける。
「よしっ!」
突破した。無傷で通過できた。
広い水流の横に沿うレンガの道を、全力で駆ける。前方の闇溜まりにも臆せず、迷わず進む。硬く湿った靴音が、薄暗い地下水路に反響する。
「ゴガァァァァァ!!!!!」
後方で、グランゲーターが咆えた。硬い皮がレンガを打ち、砕き、崩した。太い脚が道を踏み割り、尻尾が水流を強く叩いた。
音だけだ。振り向く余裕はないから、耳だけの情報だ。あの巨体が闇の中を追ってくるなんて、直視するのは遠慮したい。
アタシは、咥えた棒の光を頼りに、薄暗く照らされた道を走った。大斧を肩に担いで、全力で駆けた。
レンガの割れる音、水の逆巻く音が、同じ速度で追ってきた。
勝ち目がないと断言できる魔物に追われる恐怖は、久しぶりだった。ちょっとの判断ミスが死に直結すると、緊張していた。
「あはっ! あははははっ!」
こんなピンチに、でも、やっぱり、楽しくて笑ってしまった。相手が強ければ強いほど代え難い経験になると、全身の筋肉で実感できた。矛盾していようが何だろうが、アタシの中には間違いなく、恐怖と歓喜が同居していた。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第35話 グランゲーター/END
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