第34話 地下水路
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
暗い地下水路を、ランタンの灯りが照らす。
地下水路には、アタシとソイユニの二人だけが入った。
深く広い水流の左右にあるレンガの道を、奥へと進む。水流は穏やかで、アタシの靴音だけが高く響く。レンガの天井は高く、アタシが大斧を振りまわせるくらいはある。
ランタンの灯りよりも奥には、何も見えない闇が、果ても分からず溜まっている。
地下を流れる川であり、下水道ではない。悪臭もない。水の匂いと、少しカビ臭い。
ところどころ、苔らしきものが生える。踏むと滑りそう。いやいや、そんな間抜けではない。
「ここって、町の下を流れてるのよね?」
前を歩くソイユニに聞いた。灯りの中から闇の向こうへと、声が反響した。
「そうだ。川があって、道と壁と天井がレンガ、レンガの上が土で、土の上はマキエタの町、みたいなイメージだな。土の部分がかなりの厚みだから、そんなもんがあるって気はしないだろ」
ソイユニが、少年のガラガラ声で答えた。灯りの中から闇の向こうへと、声が反響した。
「町の人たちも、足の下にこんな広い空間と地下水路があるなんて、思いもしないわよね。しかも、グランゲーターがいるなんて、夢にも思わないわ」
グランゲーターは、簡単に説明すると、大型のワニだ。牛でも馬でも一呑みにしてしまうそうだ。水辺に棲むから、棲息範囲は狭い。
外見でワニと違うのは、尖った歯が多列、脚が四本より多い、目が二個より多い、と聞く。知識としてしか知らないから、実物を見てのお楽しみである。
「ねぇ、ソイユニ。そのグランゲーターって、倒せそうなら倒してもいいのよね?」
アタシは、ワクワクドキドキを隠せない、弾む口調で聞いた。初めて見る魔物と戦えるのが、嬉しかった。大砦周辺レベルの強さともなれば、尚更だ。
「魔力付与もしてねぇ鋼の武器で斬れる皮じゃないぜ。刃を立てた装甲の硬さにビックリした瞬間に咬み千切られる、のが落ちだ」
ソイユニが、抑揚少なく、ガラガラ声で答えた。
アタシと比べて、冷静だ。最強の魔物ハンターの一人のパーティメンバーともなれば、その程度の相手は日常茶飯事なのだろう。
「口の中は? 目とかは?」
「口の中は、皮よりは柔いだろうけど、高密度の筋肉だしなあ。大きく尖った歯もビッシリ、多列で並んでるぜ。目は、瞼が皮なんじゃないか?」
前を歩くソイユニが、丁寧に答えながら、ランタンで前方を照らす。隅々まで探るように、ゆっくりとランタンを揺らす。
ランタンの灯りでは、近くしか明るくならない。さらに奥には、何も見えない闇が、果ても分からず溜まっている。
「う~ん、ダメかぁ。作戦通りに、出口まで誘導に徹した方が無難みたいね」
アタシは納得した。無難な行動をする、とは言ってない。
ランタンの灯りの横に、二人で地下水路の地図を確認する。
「この先、地図だとこの辺りだな、大きいヤツがいる気配がするな。こっちの支流を使って回り込んで、追い立てるぜ。通れなかったら、こっちの支流、そこもダメなら回り込みは諦めて、本流から誘き寄せる」
「オッケー」
さすがは最強の一人の仲間だ、と感心した。
清楚なる白百合は、たぶんアタシと同等か、それ以上の脳筋だ。その脳筋を、ソイユニは戦闘以外の全てで支えているのだ。作戦立案、事前の準備、索敵、状況判断まで、単独でこなすのだ。
「あの支流だな。オイラが先行する」
ソイユニが、本流の途中から左へと分かれた支流に潜り込む。入り口からして狭い。四つん這いで進めるか、ぎりぎりに見える。
続いて、アタシも支流に潜り込む。四つん這いで、手足が水に浸かって濡れる。
「……あっ」
ガチン、と何かがレンガに引っかかった。
「胸が引っかかるわ」
アタシは、見栄を張って、虚偽の申告をした。
「嘘つけ。背負ってる大斧だろ」
秒でバレた。
アタシは渋々と、大斧をおろし、肩と大斧の柄をロープで繋ぐ。支流に潜り、引き摺る大斧が少し後ろからついてくるようにする。
「大丈夫。通れそう」
大斧が通れる幅があって良かった。武器なしでグランゲーターと初戦闘は嫌だ。
狭いレンガの水路を四つん這いで進む。手足に当たって水が跳ねる。
葉っぱや藻が流れていく。たまに、小魚も泳いで通る。水遊び気分で楽しい。
「ここを右だ。つっかえたら早めに言ってくれ」
途中の分岐を右に入る。直角ではなくて、湾曲している。大斧がレンガの継ぎ目に引っかからないように、気をつけて進む。
「痛っ! 頭打った!」
「後ろばかり見てるからだ。前も見ろ」
しばらく進んで、再び、広い本流へと出た。水流の左右は、硬く湿ったレンガの道だ。
「やった! 出た! 広い!」
思いっきり伸びをする。肩をほぐす。
ソイユニは、アタシの真横で、ランタンをゆっくりと揺らして周囲を探る。相変わらず、真面目で抜け目のないホビットである。気苦労が多そうである。
「よし、気配を通り越せたな。本流を戻って、グランゲーターを追い立てる。戦闘準備してくれ」
「オーケー。グランゲーターって、初めてだから、楽しみだわ」
アタシは、大斧をロープから外して、両手で持った。地下水路の右の道を、本流沿いに歩き始めた。
硬く湿ったレンガに、アタシの靴音が高く響く。
「追い立てが無理なら、そのまま擦れ違うか、さっきの支流まで戻って、誘き寄せに変更するぜ。追い立てよりも成功率が落ちちまうが、死んじまうよりはいいからな」
「了解。無理そうなら無理って申告するわ。でも、ちょっとくらいは接近戦を試させてよね」
アタシの後方に、ソイユニが続く。ランタンの灯りの半分くらいの距離である。
「おう、好きにしな。オイラは、後方から投げナイフで牽制する。戦闘は得意じゃないんだ、悪いな」
申し訳なさそうな口調ではない。反響するガラガラ声が、この手のやり取りはいつものこと、とばかりに平坦だ。
「いいわよ。そんな気はしてたし。こっちは、一対一でも望むところよ」
アタシは自信の拳で、自身の平らな胸を、白銀の胸鎧を叩いた。
「……っ?! おい! 前!」
ソイユニが、初めて慌てた。
アタシは、首を傾げながら前を見た。
半分ほどになってしまった灯りの先、だいぶ近くなってしまった闇の溜まりに、何かが動いた。闇溜まりからノソリと出てきたそれは、本流を塞ぎそうに大きな、ゴツゴツと突起の多い硬い皮の、白く尖った歯の幾重にも並ぶ、一軒家の壁が倒れてきたみたいな、横に裂けた口だった。
「……っ!」
アタシは、眼前に突然現れた魔物らしきものを見あげ、驚いていた。喜んでいた。可憐な美少女の顔はきっと、引き攣りながら笑っていた。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第34話 地下水路/END
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