第31話 千足氷虫
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第31話 千足氷虫
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
アタシはユウカ。まだ十六歳の可憐な少女で、両刃の大斧と白銀のハーフプレートメイルを愛用する魔物ハンターだ。ピンク色の長髪で、女にしては背が高く筋肉質で胸がなく、『ピンクハリケーン』の二つ名で呼ばれる。
「ブホー!」
アタシは、左腕で抱えたフェトの口を右手で押さえて、太い木の幹に隠れた。
「ヴォウッヴォウッ! ヴォウッヴォウッ!」
マッドオッドの騒音みたいな鳴き声が、森に響く。
「ブホー!」
マッドオッドを避けたゾンホが、木の数本分しか離れていないアタシたちの隣を擦れ違う。ゾンホは、腹が地に着くほど脚の短いゾウみたいな、鼻の長いモグラが巨大化したみたいな、奇怪な外見の魔物である。
アタシは、背負う大斧を木に押しつけるようにして、隠れる。左腕はフェトの背後から脇の下、巨乳の下と回してフェトを抱える。右手は、フェトが悲鳴をあげないように、フェトの小さな口を押さえる。
フェトは、ロリ巨乳の魔物研究者である。見た目は女の子で、小柄で華奢で普段着の上に白衣を着て、長い金髪を上品に編み込んで、細い銀縁の丸眼鏡をかけ、薄化粧で小綺麗にして、胸が大きい。
オッサン顔の用心棒も、ジョッテンの口を押さえて木に隠れる。
オッサン顔の用心棒は、ゴツいオッサン顔で、不愛想で、鎖鎧にハルバードで武装した大男である。ランクAの魔物ハンターで、ハルバードが普通のハルバードよりも一回り大きい。
ジョッテンは、愛想が良く痩せて腰の低い、建設現場の職員である。短い黒髪を七三に分け、黒縁の眼鏡をかけ、旅の道中のような厚めの布服を着る。休暇にハイキングに来た役所の職員っぽくもある。
フェトとジョッテンの二人を守らなければならない状況で、オッサン用心棒の同行は心強い。一人で同時に二人を守る、なんて難しい挑戦をせずに済む。
「……ふぅっ。行ったみたいね」
安堵の息をはいた。魔物だらけの森にいて、もう何度も魔物と擦れ違った。
経緯を簡単に説明するなら、壁で囲む工事中のホトクの森に来たら、唐突に魔物が押し寄せて魔物だらけの森になった。見張り櫓にいたから逃げ遅れた。フェトの案で、マッドオッドという強い魔物を尾行して森を抜け出すことにした。
もう何度も、魔物と擦れ違った。魔物だらけになった森なのに、擦れ違いしかしていない。
魔物に発見されて一鳴きでもされようものなら、周囲の魔物どもも集まって、寄ってたかって食い千切られて終わりだ。まだそうなっていないのは、単純に運が良いからだけではない。
「あちらから、グレートアントイーターの群れが来ますわ」
フェトが不満げに、不本意ながら仕方ない、と顔に出して、森の中を指さす。森の中にいるので、周囲全て森の中である。
フェトが不満げにしているのは、アタシがフェトを抱えたまま移動しているからだ。フェトもアタシも自力で歩いて移動するより、アタシがフェトを抱えたまま移動した方が速いし都合がいい、との結論が、足手纏い扱いされてるようで不服だからだ。まあ、仕方ない。
「フシュー。フシュー」
アタシは、太い木の幹に隠れた。左腕はフェトの背後から脇の下、巨乳の下と回してフェトを抱えたまま、右手でフェトの小さな口を押さえた。
グレートアントイーター五体の群れが、木の数本分しか離れていないアタシたちの隣を擦れ違う。見た目は、アリクイをゾウより一回り大きくした感じである。
大きいのに、臆病で大人しい。大きいのに、丸い瞳やカワイイ威嚇ポーズが愛らしい。魔物なのに、一部の界隈に人気がある。
「もう大丈夫でしてよ。しばらくは、他の魔物が近くを通ることはないはずですわ」
フェトが不満げに、自信満々に断言した。
フェトは凄い。ネコみたいなポーズで抱えられてるのに、観察と知識で魔物たちの動きを予想する。絶望的な状況に諦めず、自分の能力をフル活用して立ち向かう。
「ヴォウッヴォウッ! ヴォウッヴォウッ!」
マッドオッドの騒音みたいな鳴き声を追って、森の中を進む。バァンッバァンッ、と胸鰭を叩き合わせる爆音が聞こえたら、足をとめて様子を見る。
◇
しばらく歩き続けて、フェトが森の中を指さした。言葉はすぐには聞こえなかった。声を躊躇っていると、フェトを抱えるアタシには分かった。
「……あちらの方向、すぐに森を抜けて、南の建設現場に出られますわ」
歓喜を抑え、最後まで慎重にあろうとする、重く冷静な声だった。
「あー。そう上手くはいかないか」
アタシは呟いた。数本奥の木の、太い枝の上を睨みつけた。
何かいる。保護色で、枝葉に紛れている。動かないものを凝視しているのに、輪郭が朧げで、形がハッキリしない。
「……」
オッサン用心棒も気づいた。同じ場所を見て、動揺に動けずにいるようだ。
昨日の魔物に違いない。そういえば、この森にはアイツがいた。保護色で、フェトも存在を認識できなかったようだ。
あの見づらい魔物が一鳴きすれば、周囲の魔物が集まってきて、アタシたちは終わる。鳴く前に倒せる距離でもない。あの一匹だけのわけもない。
見づらい魔物の気配は、アタシの方を見ている。襲ってくる様子はない。逃げる様子もない。
そうだ。鳴かせず、怯えさせ、逃げさせればいい。昨日と同様に、叫ぶのは危ないから、気迫で威嚇すればいい。
左腕で抱えるフェトの、編み込み金髪の後頭部を視界の端に入れる。ロリ巨乳の後頭部は、何が起きたか理解できず、アタシとオッサン用心棒の雰囲気の変化に戸惑う。
見づらい魔物を威嚇するなら、フェトをおろして、背負う大斧を構えるべきか。アタシは大きな武器を持ってるんだぞ、強いんだぞ、とアピールすべきか。
いや、違う。アタシは、大きな武器を持っているから強いんじゃない。守りたい誰かが一緒にいるから、強くなれる。
昨日は、駆け出し魔物ハンターの少年がいた。今は、腕の中に、フェトがいるのだ。
「ここは任せて」
アタシは、オッサン用心棒に聞こえる小声で、呟いた。
左腕は、フェトの背後から脇の下、巨乳の下と回してフェトを抱える。右腕は腕組みするようにして、仁王立ちする。鋭い睨みで、見づらい魔物の気配を威嚇する。
風が吹くのか、木の葉が揺れる。ザワザワと森が騒ぐ。
構わず、アタシは睨みに力を入れる。敵意と威圧を膨らませる。自身から、黒い感情が立ち昇る。
なぜか、フェトがアタシの腕から逃れようと、腕脚をジタバタ動かす。オッサン用心棒とジョッテンが、アタシを青い顔で見る。
構わず、アタシは睨みに更なる力を、溢れんばかりの敵意を、押し潰さんばかりの圧力を込める。木の枝にいる見づらい魔物に、恐怖の塊とも呼べる思念を叩きつける。
ガサリ、と枝葉が鳴った。タタタッ、と土を蹴る軽やかな足音が聞こえた。ガササッ、と草を押し分ける音が離れていった。
見づらい魔物の気配が、付近から消えた。
「よし! やった! 今のうちに、さっさと森を抜けるわよ!」
アタシは、三人に笑顔を向けた。三人とも、なぜか、怯えていた。余程、あの魔物が怖かったのだろう。
◇
建設現場に馬は残っていなかった。已む無く通過して、壁の外側に出た。森の方からは見えない壁の外側を、壁伝いに、なるべく遠くまで走って逃げることにした。
肌寒い。雪が降る。
「壁に沿って走りませば、森の中の魔物に発見されます心配はございませんわ! 壁の切れ目からなるべく離れましたら、近くの小砦を目指しましょう!」
アタシに抱えられたまま、フェトが声を張った。息が白かった。
北側の見張り櫓から、森の中を抜けて、南側の壁の外側まで来られた。魔物だらけの森にいて、奇跡と呼んで差し支えない。ほぼ全て、フェトのお陰だ。
肌寒い。雪がさらに激しく降る。視界が白い。
「前方から、何か来るぞ!」
オッサン用心棒が叫んだ。
白い、塊だ。大きくて、平べったくて、胴の側面から生えた無数の針脚を不規則に動かし、地面を引っ掻くように進む。正面からこちらへと、迫る。
「千足氷虫っ?!」
ついてない。とことん、ついてない。
「フェトをお願い!」
アタシは急ブレーキで地面を滑って、とまる。抱えたフェトをおろし、オッサン用心棒たちの方に走らせる。
「アイツは、何としても!」
背負う大斧を両手で握り、頭上に振り被る。両腕の筋肉に全身全霊を込め、右足を力強く踏み込み、地面に残る雪を舞いあがらせる。間髪入れず、目の前まで迫る千足氷虫に、渾身の一撃を振りおろす。
「だぁりゃぁぁぁーーーっっっ!!!」
千足氷虫が縦に真っ二つになって、左右に分かれた。アタシたちの両隣を白く平べったく長いものが通過した。左右に分かれた白い塊が、フェトたちをも通りすぎた後方で、くっついて一つになった。
大斧の刃は、千足氷虫に届いてすらいなかった。刃が触れる前に白い巨体が分かれて、通過して、また元通りにくっついたのだ。
「……だからっ、何なのよっ、あれはっ!?」
アタシは呆然として、彼方へと元気いっぱいに遠ざかる千足氷虫を見送った。雪は、もう、やみかけていた。ああ、あれが、帝都周辺にもいるような魔物というやつなのか、と妙に納得していた。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第31話 千足氷虫/END
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