第30話 ホトクの森脱出作戦
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
フェトが、見張り櫓の籠の床に、地図を広げる。深く息を吸い、ゆっくりとはく。
「ことここに至りましては、迷いは時間の無駄でしかございませんわ」
銀縁の丸眼鏡の奥の円らな瞳に、覚悟の強い光が煌めく。アタシたちにではなく、自身を戒めるための言葉と聞こえる。
数秒の間を置いて、再び小さな口を開く。一瞬、声が出ない。小さな口がパクパクと数回動いて、ようやく声が出る。
「……っ、森に入り込みました魔物たちの、移動経路、習性、力関係、その他のデータを総合しまして、分布と配置と動きを予想しましたの。その予想をもとに、魔物との遭遇を完全に回避できるかも知れませんわ。わたくしたちの目指しますゴールは、馬が残っている可能性に期待しまして、森の南側の建設現場でしてよ」
それなりの日数をフェトと一緒に過ごしたから、見て分かる。責任感の強さゆえに、言葉の責任の重さに言葉を詰まる。
無理もない。自分以外の命を背負うプレッシャーは、半端なものではない。ロリ巨乳の身で、ロリ巨乳の身で、そんな重圧に耐えるフェトに敬意を禁じ得ない。
「魔物に見つからずに建設現場まで行くなんて、本当にできるの? 下の森は、魔物だらけなんだけど」
アタシは、考える風を装いながら聞いた。考えるのは苦手だ。
「無責任な言い方になってしまいますけれど、やってみないと分かりませんわ。ですが、わたくしたちは幸運にも、絶望的な状況ではない、と言えましてよ」
フェトが立ちあがる。爪先立ちで背伸びして、見張り櫓の籠と三角屋根の間の空間から、下方の森を覗く。
アタシも、フェトの隣から下を覗く。空から降る無数の雪が、森へと吸い込まれて消える。
肌寒い。帝国の北部というほど北ではないし、寒いと感じる季節でもない。なのに、肌寒い。
「現状確認できています魔物で、最も強いと目されますのが、千足氷虫ですわ」
千足氷虫は、細長い雪の塊みたいな巨大な魔物だ。巨体ながら胴が平べったく、森の中にいるだけで木々に隠れてしまうのだ。今は行方不明だ。
胴の側面から生えた無数の針脚で、地面を引っ掻いて進む。存在するだけで天候を雪に変える。くらいしか分からない、帝都周辺にすら棲息できる強い魔物である。
「その次に強いと目されますのが、マッドオッドですわ」
マッドオッドは、分厚い皮と皮下脂肪に覆われ、胸鰭状の前脚と尾鰭のある、水陸両棲の獣型魔物である。ヴォウッヴォウッという歪んだ金管楽器みたいな鳴き声と、胸鰭を叩き合わせるバァンッバァンッという威嚇音の騒がしさで知られる。こいつはデカくてウルサくて、どこにいても目立つ。
「いるわね、マッドオッド。丸々と太ったヤツが」
「……」
「あああああ、あんなに、あんなに、大きな魔物が」
アタシの横から、オッサン用心棒とジョッテンも下を覗いた。
「マッドオッドは、獲物を求めて縄張りを巡回、と習性が単純明快ですわ。好戦的なマッドオッドに、弱い魔物は近づきませんの。多少のイレギュラーも、あの騒がしさでしたら、認識と対処が容易でしてよ」
フェトが、下を覗くのをやめて、床に座る。広げた地図に、人差し指の先を載せる。指先の震えを、もう片手で手首を握って、静める。
アタシたち三人も床にしゃがみ、地図を覗き込む。
「マッドオッドに気づかれず、マッドオッドに他の魔物が近づかない範囲に、わたくしたちは潜伏しますの。マッドオッドの巡回コースはこうなっていましたから、ある程度の迂回はありましても、建設現場の近辺まで行けるはずですわ」
細く小さな指先が、地図をなぞる。北の壁の見張り櫓から、森の中をグルっと回って、南の壁の端に至る。
「なるほど。マッドオッドの威を借りて、森を抜けようって作戦ね」
魔物は倒すもの、としか頭にない魔物ハンターにはできない発想だ。
「魔物ハンターの知見から異論がございましたら、おっしゃってくださいませ。わたくしのこれは、魔物研究者の机上の空論でしかありませんの。現実に通用します保証はありませんの」
「いろん? ああ、異論ね……」
アタシは、軽く握った右手を口元に当てて、考えるフリをした。考えるのは苦手だ。
だーかーらぁ、アタシは、なんなら魔物ハンターのほとんどは、魔物、倒す、の民である。魔物の習性を利用して魔物の巣窟を抜け出す、なんて難解な話が分かるわけがない。異論とか意見とか求められても困る。
「……まぁ、いいんじゃない?」
続けて口から出そうになる、よく分からないけど、の言葉は口に出さずに呑み込んだ。
「……俺も、いいと思う」
オッサン用心棒も賛成した。きっとアタシと同じ考えだ。
「ありがとうございます。でしたら、次にマッドオッドが近くを通過しましたタイミングで、決行いたしましょう。皆さんも、いつでも出発できますように、準備をしてくださいませ」
フェトが、地図を丸めて、鞄に詰めた。小さな手が震えていた。ああやっぱり、三人の命を背負う重圧は、ロリ巨乳には重すぎるのだ。
◇
「ヴォウッヴォウッ! ヴォウッヴォウッ!」
マッドオッドの騒音みたいな鳴き声が、下方に近づきつつある。バァンッバァンッ、と胸鰭を叩き合わせる爆音も、ときどき聞こえる。
「隠密なら、鎖鎧はここに捨てるべきか?」
オッサン用心棒が、誰にともなく聞いた。
オッサン用心棒は、武器が大きなハルバード、防具が全身鎖鎧の、オッサン顔の大男である。
「こんだけウルサければ、装備の金属音なんて気にしなくてよくない?」
アタシは適当に答えた。こっちは白銀のハーフプレートだが、ここに脱ぎ捨てる気はない。
「ヴォウッヴォウッ! ヴォウッヴォウッ!」
マッドオッドの騒音みたいな鳴き声が、下方を通過する。ウルサい。ドシンドシンと、丸々と太った胴体を引き摺る音までウルサい。
「それもそうだな」
オッサン用心棒が、鎧の鎖をガチャガチャと鳴らしながら、革袋を肩に担いだ。
全員の準備が整った。
「それでは、皆さん。出発いたしますわよ」
フェトが、緊張した口調で告げた。
「了解、フェトリーダー!」
アタシは、フェトの背後から、脇の下、巨乳の下へと左腕を回して、フェトを抱えた。フェトくらいなら、猫を抱えるのと大差ない感覚だ。
「今回ばかりは、頼りにしてるわよ」
ランクS魔物ハンターのアタシが、魔物絡みで護衛対象のフェトを頼りにするときが来るなんて意外で、何故だか嬉しい気分だった。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第30話 ホトクの森脱出作戦/END
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