第29話 絶体絶命の籠
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
見張り櫓から、おりられなくなった。
アタシはユウカ。まだ十六歳の可憐な少女で、両刃の大斧と白銀のハーフプレートメイルを愛用する魔物ハンターだ。ピンク色の長髪で、女にしては背が高く筋肉質で胸がなく、『ピンクハリケーン』の二つ名で呼ばれる。
壁で囲む工事中のホトクの森に、多数の魔物が入り込んだ。千足氷虫と呼ばれる、天候を雪に変えるレベルの魔物も、見失ったけれどまだどこかにいるはずだ。
見張り櫓は、ホトクの森を囲むために建設中の壁の、上端にある。籠型で、四隅の柱で高めに三角屋根がつけられている。ここには、アタシと、フェトと、ジョッテンと、オッサン顔の用心棒の四人がいる。
フェトは、ロリ巨乳の魔物研究者である。見た目は女の子で、小柄で華奢で普段着の上に白衣を着て、長い金髪を上品に編み込んで、細い銀縁の丸眼鏡をかけ、薄化粧で小綺麗にして、胸が大きい。
「あちらは、北部では中堅どころの魔物ですわね。あちらは……」
フェトが爪先立ちで背伸びして、見張り櫓の籠と三角屋根の間の空間から、下方の森を覗く。空から降る無数の雪が、森へと吸い込まれて消える。しばらくすると、床に座り、冷えた小さな手を擦り合わせ、この辺りの地図に何やら書き込む。
ジョッテンは、痩せて腰の低い、建設現場の職員である。短い黒髪を七三に分け、黒縁の眼鏡をかけ、旅の道中のような厚めの布服を着る。休暇にハイキングに来た役所の職員っぽくもある。
「神様、どうか、どうか、命ばかりは……」
デスクワーク専門の職員に、この絶体絶命の状況はキツい。跪き、手を合わせて、ずっと神に祈っている。
オッサン顔の用心棒は、ゴツいオッサン顔で、不愛想で、鎖鎧にハルバードで武装した大男である。ハルバードが普通のハルバードよりも一回り大きいので、高ランクの魔物ハンターに違いない。
「……」
オッサン顔の用心棒は、床に胡坐をかいて、無言を通す。
「あー、やっぱり、申し訳ないけど。あの中を、フェトとジョッテンさんを連れて、生きて突破できる気がしないわ。アタシ独りなら、まだしも」
アタシは、黙っていられなくて、頭の中に渦巻く迷いを口に出した。
「かと言って、ここに隠れてても三日と経たずに魔物に見つかるわよね。近くの小砦から救助隊が来るまでなんて、耐えられるわけがないのよ」
アタシの中に、自暴自棄に近い思考が巡る。
フェトを守りきれない。フェトだけでも逃がす手段すらない。護衛に雇われたのに、情けない。
昨日の駆け出しハンターの少年は無事だろうか。今朝の食堂で、会って話した。
昨日はたくさん報酬を貰えた、と喜んでいた。今日も魔物狩りに行く、と張りきっていた。たくさん稼いで故郷の村に凱旋する、と息巻いていた。
それが、こんな状況になってしまって、無事でいるか心配だ。
……いや、駆け出しハンターの少年が、こんな状況を生きて逃げきれるわけがない。結末は、考えるまでもなく明らかだ。
じゃあ、建設現場の方は、どうだ。押し寄せる魔物に気づいて、警笛は鳴っていた。避難は間に合っただろうか。
「あぁもうっ。どうしろってのよ」
アタシは頭を抱えて蹲った。考えるのは苦手だ。難しいのは苦手だ。
◇
「あああっ……。もう、もう、駄目だぁ……。神様、神様……」
ジョッテンが、ブツブツブツブツと、神に祈りを繰り返す。いよいよ額を床に擦りつける。
「ジョッテンさん。わたくし、少し珍しい品を持っておりますの。ご覧になってみませんかしら?」
フェトが床に座って、微笑んで、小さな手でジョッテンの震える手を握った。フェトの声も少し震えていた。
ジョッテンが僅かに顔をあげる。視線の先に、フェトが小さな掌を差し出す。
掌には、小指の先ほどの大きさの白い宝石が嵌められた、金の鎖のペンダントが載る。
「これは、音を記録できます、魔法の品ですのよ。わたくしの卒業祝いに、母がプレゼントしてくださいましたの」
白い宝石から、音が流れる。
『エングレイス シュムル レリシモ♪ エフィミア シュターク レリシア♪』
数年前の流行り歌だ。アタシでも知っていた。
「……ああ、ああ。申し訳ありません、取り乱してしまって、申し訳ありません。大の男が、お恥ずかしい限りです」
ジョッテンが、震える両手で、フェトの小さな手を握った。泣いていた。
フェトは、もしかしたら、この四人の中で一番落ち着いている。取り乱すジョッテンを気遣う余裕まで残す。アタシにもオッサン用心棒にも、そんなものはない。
アタシは、頭を抱えたまま、横目にフェトの方を見た。フェトと目が合った。ジッとこっちを見ていた。
「宿泊施設に避難しますのも無理ですわね。大門の前も、魔物だらけでしてよ。とてもではありませんが、近づけませんでしょう」
「あー、あっちも魔物にバレちゃったか。となると、宿泊施設の方に逃げるのも、なしね。もし魔物の囲みを突破できても、大門を開けてもらえないだろうし」
今のアタシの口からは、絶望しか出てこない。魔物ハンターだからこそ、今が絶望的だと分かってしまう。
不甲斐ない。こんなロリ巨乳の、友だちのような妹のような、見た目は子供すら守れない。ランクSの魔物ハンターと持て囃されても、いざというときに役に立てない。
「あぁっ、もうっ! こうなったら、下におりて、魔物を一体でも多く倒してやるわ! 近くに魔物がいなくなったら、アンタらは一か八か、ここからおりて逃げて!」
アタシは自棄になった。立ちあがり、背負う大斧と纏う白銀の鎧を軽く点検した。
「ユウカさんでも、それは無謀が過ぎますわ」
フェトが、広げた地図を見つめて、冷静に意見した。
「無謀は百も承知よ!」
「俺も共に行こう、ピンクハリケーン。ランクAハンターとして、依頼を果たすために、最後まで力を尽くしたい」
オッサン用心棒も立ちあがった。鎖鎧がガチャリと、覚悟を決めた重い音で鳴った。
それでこそ、高ランクハンターだ。最後の最後まで絶対に諦めない。無茶が必要なら無茶を押し通し、奇跡しかなければ奇跡すら起こす、そんな気概を胸に戦うのだ。
「ありがと。心強いわ」
アタシは無理に微笑して、頷く。屈み、昇降口の床板に手をかける。
「お待ちになってくださいませ」
フェトが、強い口調で、再びアタシを制止した。
細い銀縁の丸眼鏡の奥の円らな瞳が、アタシを見あげて、迷っていた。地図を押さえる小さな手が、小刻みに震えていた。小さな口が、覚悟を決めたように、ゆっくりと開いた。
「わたくしに、一つだけ、案がございます。皆さんの命を、不肖この小娘に、委ねてはいただけませんでしょうか?」
円らな瞳に、決意が満ちる。真っ直ぐに、アタシを見つめる。これ以上の言葉は要らないと、小さな唇を強く結ぶ。
そんなことを聞かれても、こっちは最初から万策尽きている。委ねるも何も、命を放り投げる直前である。
「まあ、フェトがそう言うなら、いいわよ?」
「案を出してもらえると、助かる。戦うのは得意だが、頭を使うのは不得手だ」
「お願いします! 何もしなければ、どうせ死にますから! お願いします!」
「えっ? あ、あの、皆さん。命が懸かっていますのに、決断が軽すぎませんことかしら?」
フェトが、困惑気味に口元を引き攣らせた。小さな手は、もう震えていなかった。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第29話 絶体絶命の籠/END
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