第28話 異変
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
見張り櫓にあがった。ホトクの森を囲むために建設中の壁の、上端に設置されたものだ。宿泊施設からは、北にしばらく歩いた地点だ。
現在建設中の南とは逆方向である。南の方には、木や金属を打つ音が遠く響く。目を凝らせば、木々の間に馬や人が動くのが見える。
フェトが、爪先立ちで背伸びして、見張り櫓の籠と三角屋根の間の空間から、北西方向を双眼鏡で覗く。しばらく右へ左へと双眼鏡を振り、満足するとおろす。床に座り、興奮気味に頬を赤らめ、この辺りとは違う地図を広げて何やら書き込む。
ずっと、その繰り返しである。
双眼鏡は、遥か遠方が見える魔力付与品らしい。立地と合わせて、未だにデータのない範囲を調査できると、楽しげにはしゃぎっ放しである。
何をどうして何がどうなっているのか、は分からない。地図に魔物の位置情報とかを書いているのだけは分かる。
フェトは、編み込み金髪で銀縁眼鏡でロリ巨乳の魔物研究者だ。アタシの今の雇い主だ。
アタシは雇われの護衛なので、終わるのを待つしかない。籠の床に座り込み、壁に背を凭れ、頭の後ろに両手を組んで枕にして、寝るしかない。
案内役のジョッテンは、こんなところでも書類を広げて書類整理している。忙しない人である。
「ねえ、ジョッテンさん。最近の、北の大砦に関する情報って持ってない? ここだと、色んな人が集まるでしょ?」
暇なので、聞いてみた。
小砦間の情報は、ハンターギルドや行商人が仲介となって広まる。魔物の討伐や有名ハンターの活躍なら、吟遊詩人や噂話で広まることが多い。
大砦の情報は、滅多に入らない。近づくだけで命懸けゆえに、往来がほとんどないのもある。
それくらい、世の中の情報は断絶してしまっている。壁の外に蔓延る魔物が、情報の往来までも遮ってしまう。郵便とか魔力通信が普及していた王国時代が懐かしい。
「情報、情報ですか、はい、はい。北の大砦は、四大砦の中でも、最も情報管制が厳しいと言われています。滞在者が北の大砦から来たというお話も、聞いたことがありません、申し訳、申し訳ありません」
ジョッテンが平身低頭で頭をさげた。
「やっぱそうよねー。ちょっと聞いてみただけだから、謝らなくていいわよ」
アタシは笑いながら、手をヒラヒラと前後に振った。
ゴツいオッサン顔の用心棒は、見張りについた。壁の向こう、北東方向を監視中だ。
いよいよ、やることがない。
「……暇だわ。くぁっふぅ」
アタシは、呟いて、欠伸をした。
◇
「……くしゅんっ」
アタシは、クシャミをした。寝てた。起きた。
なんだか、肌寒い。帝国の北部というほど北ではないし、寒いと感じる季節でもない。なのに、肌寒い。
「あらあらまぁまぁ。食いしん坊のユウカさんが、お料理の香りに誘われて、目をお覚ましになりましたわ」
フェトが、嫌味っぽく、くすくすと笑った。
「おお、おお、ナイス、ナイスタイミングです、ピンクハリケーンさん。時間も丁度よいことですし、ご一緒に、昼食にしましょう。四人で囲むバスケットランチは、きっと、きーっと、美味しい、美味し~~~いですよ」
ジョッテンが、バスケットを開け、食事を出して、床に敷いたランチョンマットに並べる。クロワッサンのサンドイッチとか、ピックで纏めたサラダとか、オシャレなランチである。
ジョッテンの満面の笑顔が、楽しそうだ。昼食が楽しい、よりは、昼食の席を設けることが楽しいようだ。もっと正確に表現するなら、皆で一緒にする食事のセッティングが楽しい、だろうか。
「とても美味しそうですわ。このような場所で、そのように素敵な食事を楽しめますなんて、素晴らしい趣向ですわね」
フェトが、持参の毛皮を敷物にして、崩し気味に正座した。
オッサン用心棒も、無言で頷き、胡坐をかいた。
「干し肉もあるわよ」
アタシも、革袋から干し肉を取り出し、胡坐をかいた。
「淑女! 座り方!」
フェトに鋭く膝を叩かれた。
仕方なく、渋々と、フェトを真似て座る。甘く煮た豆を摘まんで、口に放り込む。上品な料理は、あまり口に合わないと再確認する。
「とても美味しいですわ。ジョッテンさんがお作りになりましたの?」
「はい、はい。お恥ずかしながら、料理を趣味にしております。お口に合いましたのなら、ええ、ええ、幸いです」
昼食と雑談を楽しむフェトとジョッテンを眺めながら、干し肉を齧る。こっちの方が筋肉に沁み渡る。満足感がある。
用心棒も、自前の干し肉を齧っている。さすがである。高ランクの魔物ハンターは、かくあるべきと確信する。
アタシも、自前の干し肉を齧る。目の前に、白く小さなものが、ヒラヒラと舞い降りる。なんとなく手を出し、掌で受ける。
溶けて消えた。小さな水の玉になった。
不可解と、首を傾げる。見たことのある、何の変哲もない、水を、不思議なものを見つめる。
……雪だ。肌寒い。
慌てて立ちあがる。見張り櫓の、籠と三角屋根の間の空間から、周囲を見まわす。
降っている。雪が降っている。帝国の北部というほど北ではないし、寒いと感じる季節でもないのに、雪が降る。
小さな白がチラチラと、辺り一面の空間に舞い踊る。
「冗談でしょ? 天候を変えるレベルの魔物?」
籠から顔だけ出して、下方の森を見おろした。建設中の壁の切れ目の辺りに、森を突っ切って走る、細長い雪の塊みたいなものが見えた。
背の高さが木々より低いから、森に隠れてしまって、よくは見えない。長さは、長すぎて分からない。平べったい胴の側面から生えた無数の針脚を不規則に動かして、地面を引っ掻くように進む。
森を突っ切って走っているのに、木が揺れない。たぶん、木を折ったり押しのけたりしながら走っていない。信じ難いことに、雪の塊みたいな魔物の巨体が、木を避けて分かれたり、元通りにくっついたりしている。
「嘘よね? こんなとこに、千足氷虫?」
アタシは、混乱気味に呟いた。
帝国北部でも、かなりの強さの魔物だ。大砦周辺か、帝都の北側にいるようなヤツだ。
だけではない。まだ遠いけれど、千足氷虫に続くように、かなりの数の魔物が迫る。この森に向けて押し寄せる。
「なななななっ?! 何ですか、あれはっ?! あれはっ?!」
隣から顔を出したジョッテンが、取り乱して叫んだ。泡を吹いて倒れて、オッサン用心棒に背中を支えられた。
「アタシが知るわけないでしょ」
アタシも動揺した声で答えた。こんな光景は、これまで一度たりとも見たことがなかった。
アタシの頭の中で、心の中で、色々な思考が、感情が渦巻いて、グチャグチャになっていた。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第28話 異変/END
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