第26話 森の魔物
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
森の中を進み、壁に挟まれた範囲を抜けた。周囲は、相変わらずの森の中だ。
「全員、気を抜くなよ。ザコ相手でも、不意討ちされると危険だぞ」
ホトクの森の壁建設現場で、森の魔物退治をすることになった。メンバーは、アタシを含めて五人だ。精悍な二十歳くらいの男、四十歳すぎた背の低い手斧弓矢毛皮服の男、全身鎧に金属棍棒と円盾の男、駆け出しハンターの少年だ。
先頭に立つ全身鎧の男が、メイスと円盾を構える。精悍な男が、背負う長鉈の柄を握り、抜く。兼業猟師の四十男が、弓を左手に持つ。
少年も、駆け出しハンターなりに安装備を構える。ショートソードと焦げ茶色の革のバックラーである。
「緊張しすぎると疲れるわよ。疲れると集中力が落ちるから、ペース配分が大事よ」
アタシは、両刃の大斧を背負ったままで、前を歩く少年の頭を撫でる。
「ちょっ、ちょっと、ピンクハリケーンさん。ビックリするから、やめてくださいっ」
少年が、恥ずかしさに赤い顔で、動揺に慌てて、頭に載ったアタシの手を払いのけた。いかにも思春期で生意気盛りの少年っぽい反応だ。
「あははっ。ごめんごめん」
アタシは、楽しくて笑う。
最後尾にいるから、ときどき後方を警戒する。一人で活動することも多いし、魔物の警戒なんて慣れっこである。
「まだまだ魔物の多い森だぜ。全員、日に数回は遭遇するつもりでいてくれよ」
精悍な男が、軽口の口調で忠告した。軽薄そうな軽い声だった。
◇
「ねぇ、どんな魔物が出るの? 帝都からの距離的には、ほぼザコで、たまに中堅どころ?」
アタシは、森の巡回の退屈凌ぎに聞いた。昼になろうというのに、まだ魔物の一体すら見かけていなかった。
「そうだな。だいたいは、ボールボアやスロウキーといった森に出るザコだ。中堅どころは、たまに、グレイバックベアの退治報告がある」
全身鎧の男が、前方の草を殴り払いながら答えた。融通の利かなそうな、硬い口調だった。
「たいした魔物は出なさそうね。あっ、開けた草っ原があるわ。お腹空いたし、ちょっと休憩しましょ」
「悪くない提案だ。空腹と疲労の緩和は、安全性を向上させる」
全身鎧の男が、メイスと円盾を構えて、慎重に空き地に踏み込む。視界が開けるからと、油断しない。むしろ、どうせ待ち伏せしてるんだろ、とばかりの警戒である。
生真面目で慎重なハンターだ。パーティを組むと息苦しいけれど、依頼の遂行中は頼りになるタイプだ。申し訳なくも、自由奔放で天真爛漫で可憐で美少女なアタシ的には苦手だ。
最後尾のアタシも空き地に踏み込む。水場はなく、土の地面に疎らに草が生える。上から日が射し、木々に囲まれる。
全身鎧の男は、まだ周囲を警戒している。他の三人は武器をなおし、荷物をおろす。
「水場がないから、携帯食を齧るだけだな。料理の腕を披露できなくて残念だぜ」
精悍な男が、茶化す口調で笑った。
アタシは、少年の肩を掴んで、強引に引っ張った。
直後に、地面に三本の引っ掻き傷が抉れた。裂かれた草が舞い散った。地を蹴り跳ねる音と、枝葉が揺れるバサバサッという音が鳴った。
◇
「うわっ!?」
少年が驚いた。
何も見えなかった。気配を感じたから少年を引っ張った。
「少年をお願い! 背中を預けあって、武器を振りまわして!」
少年を全身鎧の男の方に投げる。少年が地面を転がって、アタシ以外の四人が一箇所に集まる。
「魔物はどこにいる!? どんな奴だ!?」
「たぶん、保護色の、人間より大きいネコ型。素早くて、跳んだり跳ねたりの得意なヤツ。アタシも見えなかったから、勘だけど」
背負う両刃の大斧を握る。平らな胸の前に両手で構える。振りあげ、頭上を一回転、大きく振りまわす。
ゴウと荒い風切り音が鳴る。風が吹き、葉が舞い散る。
「見えないのに、武器を振る意味があるのかよ? 消耗するだけじゃないのか?」
精悍な男が、怯えた情けない顔で周囲を見まわして、弱音をはいた。
「牽制と時間稼ぎにはなるわ。アタシがヤツらを追っ払うから、悪いけど、それまで死なないように頑張ってね」
「分かった! 頼むぜ、ランクS! こっちは役に立てる気がし無ぇ!」
アタシは、四人を視界から外す。周囲の木々に意識を集中する。何かが動く気配を感じる。
木の幹を蹴る音が聞こえた。バサバサッ、と枝葉が揺れた。
後方へと跳躍する。直前までアタシがいた地面に、三本の引っ掻き傷が抉れる。
着地した足を軸にして、横薙ぎに大斧を振りまわす。バランスが崩れて、片膝をつきそうになる。咄嗟に、ブレた体の軸をもう片足で支え、大斧でさらに横薙ぎする。
大斧を避けるように土を蹴る音が聞こえた。音が木々の方向へと飛んだ。
「そこっ!」
アタシは、音の方に無理矢理に踏み込む。振りまわす大斧の遠心力は、全身の筋力で捻じ伏せる。重い刃を頭上に振りあげ、勢いのままに振りおろし、地面を割り裂く。
何かに当たった。地面に宝石が落ちた。倒した魔物が宝石に変わったのだ。
何かが木の幹を蹴る。草を踏み、土を抉る。
「まだ、いる! 何体もいる! 気を抜かないで!」
叫んで、地面に刺さった大斧を引き抜いた。頭上から背後へと振りかぶった。
「たぁっっっ!」
一気に跳躍して、木々の一本へと、斜めに振りおろした。幹が荒く折れ砕けて、バキバキバキッ、と騒がしく倒れた。幹とも枝葉とも違う何かが、土に落ちる音がした。
「とぉっっっ!」
木を斬り倒して前のめりになった重心を、背筋で思いっきり引き戻す。腹筋で強く腰を捩り、片手で握る大斧を横振りする。刃に何かが当たって、地面に宝石が落ちる。
「まだまだぁっ!」
横振りした大斧を、勢い任せに地面に食い込ませる。地面が抉れて、土が高く噴きあがる。
まだ止めない。地に食い込んだ大斧を腕力で引きあげ、体ごと回転する。降り注ぐ土を、舞う木の葉を、風圧で踊らせる。
「がぁぁぁっっっ!!!」
雄叫びをあげ、回転の勢いで、背面に、全身全霊の腕力を込めて、大斧を振りおろした。地面に刃を突き立てた。何かが、ギャンッ、と大きく鳴いて、地面に宝石が落ちた。
アタシは、一度、動きをとめる。気迫で威圧したまま、ゆっくりと仁王立ちし、両刃の大斧を肩に担ぐ。荒く乱れた呼吸が、体の内側から鼓膜を震わせる。
目で捉えきれない魔物を、何体か倒した。でも、まだ何体も残っているはずだ。
ランクSハンターだピンクハリケーンだと持て囃されても、魔物ハンター一人の戦闘能力なんて高が知れている。低ランクのハンターたちを守りながら、こんな厄介な魔物の群れを全滅させられるわけがない。
「うがぁぁぁっっっ!!!」
アタシは、もう一度、雄叫びをあげた。敵意と威嚇の有りっ丈を込めて、周囲の全てを満たさんと声の限りに、空気が震えるほどに咆えた。
全滅させられないなら、恐れさせ、逃亡させればいい。この地を去らせ、近づく気を失わせればいい。
魔物は人を恐れない。それは、魔物が人間を知らないから、とされている。
だったら、今ここで、人間を教えてやればいい。人間は恐ろしい生き物だと、心の底から思い知らせて、感情に深く深く刻み込んでやればいい。
タタタッ、と土を蹴る軽やかな足音が聞こえる。ガササッ、と草を押し分ける音が、いくつも離れていく。
周囲から、魔物の気配が消えた。逃げて、いなくなったようだ。
「……何とか、なった? ……みんな、無事?」
少年たちの方を恐る恐る視界の端に入れる。
いい可能性として、魔物がアタシに恐れをなして逃げた、がある。悪い可能性として、アタシ以外を屠った魔物が満足して立ち去った、もある。
結果を確認するのは怖い。怖くても、確認しないと結果が分からない。
「どうにかこうにか、無事だ」
全身鎧の男が、傷だらけの円盾を掲げて振った。四人とも、怪我はあっても生きているようだった。
「……はあぁ~~~。何とかなって良かった~~~」
アタシは、安堵に気が抜けて、その場に両膝をついた。大斧を杖代わりに、倒れるのだけは我慢したのだった。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第26話 森の魔物/END
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