第2話 小砦ジフト
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
鉄板で武装した馬車を、鎧を着込んだ馬が引く。硬い蹄鉄が軽快に石を叩く。街道の石畳は魔物に踏み荒らされて、あちこちにヒビが走る。
「今回の道中は、魔物に襲われずに済みましたな」
「はい、本当に運が良かったですね。最近この辺りは危険だと、噂に聞いていましたから」
乗合馬車に、行商人たちの安堵の声が漏れる。街道の先に、灰色の高い壁に囲まれた町が見えてくる。半分はレンガ造りの建物が並び、半分は田畑の広がる、よくある小都市の一つである。
壁の大門から、町へと入った。大型の幌馬車でも余裕で通れる、見あげるほどに大きな門だ。
町をグルリと囲む高い壁も、大門も、レンガや岩や鉄板で分厚く頑丈に造られている。今の国は魔物が溢れ、蔓延り、厚い守りなしでは人間が生きられないのである。
こういう壁で守られた小都市は、一般的に小砦と呼ばれる。ここは、帝国の南部に位置する小砦、ジフトである。
「道中の見張り、ご苦労さん。高ランクのハンターさんがいてくれて、助かったぜ」
御者のおっさんに声をかけられた。背は低いがゴツく、使い込まれた皮鎧を着込み、短い黒髪が砂塗れのゴワゴワで、口髭の立派なおっさんだ。
「こいつは護衛の謝礼だ。少ないが受け取ってくれ」
おっさんのゴツい掌に小さな革袋を載せて、差し出される。
「謝礼なんていいよ、ちょうど同乗しただけだから。魔物との戦闘もなかったし」
アタシは、愛想笑いで断った。
アタシはユウカ。まだ十六歳の可憐な少女の身でありながら、魔物の討伐を生業とする。ハンターギルドに所属し、ギルドの依頼で強い魔物を狩り、高く評価されてもいる。
武器は、両刃の大斧を愛用する。防具は、急所と関節を金属鎧で守る、白銀のハーフプレートである。
女にしては背が高く、女にしては筋肉質だと自負がある。胸はない。パワーとリーチで戦う、パワータイプの近接戦士である。
ピンク色の長髪に白銀の鎧で大斧を振りまわす戦い方から、『ピンクハリケーン』の二つ名で呼ばれる。この辺りなら、吟遊詩人が歌う有名ハンターの一人でもある。
この小砦ジフトにも、ギルドの依頼で来た。依頼内容はもちろん、魔物の討伐だ。
「そう言わずに受け取ってくれ。ピンクハリケーンに同乗してもらえて、本当に助かったんだ。こんな少額しか出せなくて、申し訳ないぐらいさ」
「まあ、くれるってなら無理に断る理由もないけど」
おっさんが押しつけてくる革袋を、愛想笑いで受け取る。中身は、小粒の宝石や金銀銅の小板である。
この国では一般的に、宝石や金銀銅が通貨代わりに使われる。帝国の鉄製通貨が一応は流通しているが、国家としての秩序が崩壊した現状で、権威の届かない地方で、そんなものに価値はない。
「ありがと、御者のおじさん」
こんな命の危険と隣り合わせの世界だから、助けたり守ったりで、礼を言われるのには慣れている。でも、金品を直接渡されるのは、ちょっと心苦しい。
「おうよ。また機会があったら頼むぜ」
ゴツい笑顔のおっさんに手を振り、馬車駅を後にした。木造の厩舎と事務所を併設した、よくある感じの馬車駅だった。
◇
街並みも、普通の小砦だ。
石畳の大通りの左右には、レンガ造りの二階建ての建物が並ぶ。大門の近くというのもあって、旅人目当ての宿屋、食堂、酒場、雑多な商店などで賑わう。人通りも多い。
「まずは、宿かなぁ」
砂塗れの髪を触って、独り言を呟く。とりあえず、湯浴みしたい。
「あ、でも、ハンターギルドで宿を紹介してくれるかも知れないから、先に行こうか」
この町には、ハンターギルドの依頼で来た。ハンターとしては最高のSランクだから、厚遇が期待できるはずだ。経費で全部出してくれる可能性だって否定できない。
「先にギルドかー。到着早々に依頼内容の確認だなんて、我ながら仕事熱心よねー」
山盛りの食事と、広いお風呂と、ふかふかのベッドを妄想した。思わず、頬が緩んだ。
自然と、空腹にお腹が鳴る。近くの食堂から、いい匂いが漂ってくる。
「……いやいや、やっぱり、腹ごしらえが先よね」
アタシは、いい匂いの漂う食堂に、スイングドアを腰で押し開いて入った。
薄暗い、食堂兼酒場といった雰囲気の店だ。広い店内は混雑して、騒がしい。真昼間から酒を飲む酔っぱらいも多い。
戦闘を生業とする身としては、このくらい騒々しい方が落ち着く。むしろ、静かで上品な店は苦手である。
「店主さん、席空いてる?」
カウンターの奥で皿を洗う中年男に声をかけた。小綺麗な服を着ているし、たぶん店主だろう。
「いらっしゃい。相席で良ければ、好きに座ってもらっていいよ」
中年男が笑顔で答えた。
いい感じの店だ。
店員が気取っていたり畏まったりする店は苦手である。店員や他の客に上品に笑われそうで、怖くて入れないまである。
こちとら魔物と命のやり取りをする魔物ハンターだ。テーブルマナーなんてお上品なものを勉強するくらいなら、一回でも多く武器を振って鍛錬を積んだ方がいいのだ。べっ、別にっ、自分のガサツさが恥ずかしいわけじゃないんだからねっ!
自問自答に思わず頬を赤くして、空席を探す。
カウンター席は埋まっている。残りは、四人掛けの木製の丸テーブルが並ぶ。どこかに空席はないかと、薄暗い店内を見まわす。
「お客さん、やめてくださいっ」
女の声が聞こえた。
声のした方を見る。料理を運ぶ女が、酔っぱらいに絡まれている。
この店で働くウェイトレスだろう。年の頃は、アタシと同じ十六歳くらいだ。かわいくて、茶色の長い髪を綺麗に纏めて、ミニスカートのメイド服みたいな服を着て、胸が大きい。
「いいじゃねぇか、嬢ちゃん。儂らは客だぞぉ」
酔った口調のチョビ髭のおっさんが、女の腕を掴む。嫌がる女を引き寄せ、大きな胸に触ろうとする。
「やめな、酔っぱらい! いい年して、みっともないと思わないのかい?」
アタシは思わず、酔っぱらいの手首を掴んで、止めに入った。
「なんだこらぁ! 儂らが、帝国の官憲だと分かってるんだろうなぁ!?」
酔っぱらいのおっさんが凄んだ。
言われてみれば、酔っぱらいの方の確認を忘れていた。
その丸テーブルに着く四人とも、帝国役人の制服を着た男だ。剣盾の紋章の入った堅っ苦しい黒服の、おっさんから若い男まで、真昼間から酒を飲んだ酔っぱらいだ。
帝国の官憲だからと恐れる必要はない。領土には魔物が溢れ、こんな地方の小都市にまで帝国の権力は及ばない。
町が魔物に襲われたって帝国軍が討伐に来るわけではないし、暴動が起きても鎮圧に来るわけでもないし、そもそも帝国軍が来ることがない。帝国の権威が通用するのは精々、帝都と将軍直轄の大砦くらいのものだ。
じゃあそういう場合にどうするかというと、町の自警団とか、魔物ハンターの有志とかが、依頼されてだったり自発的にだったりで、ことに当たる。自分たちの生活圏を、自分たちの命を懸けて、自分たちで守るのである。
「ははんっ! 官憲がどうしたってぇ?!」
アタシは鼻で笑って、おっさんの手首を捻りあげる。
「痛っ! いてててっ!」
おっさんが、プライドばかり高そうなチョビ髭面を顰めて痛がる。
当然、残りの官憲三人が、表情に怒りを出して立ちあがる。
「貴様っ! 女だからと容赦はせんぞ!」
「こっちだって、やるなら容赦はしないわよ!」
掴んだ手首を放して、おっさん官憲を別の官憲に押しつけた。よろけたおっさん官憲に抱きつかれて、受けとめた官憲ともども床に倒れた。
「よくもやったな! 女にしてはデカいようだが、男四人に勝てると思うなよ!」
「背はデカいが、胸はないな」
「なによっ?! 誰がロング俎板よっ!」
アタシは怒りに任せて、胸に言及した官憲の顔面に、右の拳を叩き込む。カポン、と頭の軽そうな音がする。
「ひょっ、ひょっとまへ。ほこまではいってないひゃろ」
官憲が、鼻血を流しながら抗議した。よく聞き取れなかった。
「この尼ぁ! 三人に勝てると思うなよ!」
「やってやるわよ! かかってきなさい!」
このあと、まだ元気な官憲三人と乱闘した。もちろん、圧勝した。
ウェイトレスには、お礼を言われた。備品を色々と壊してしまったので、店主に怒られたのは言うまでもない。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第2話 小砦ジフト/END
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