第101話 EP12-4 触手の塊
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
広めのボロい応接室が、狭い。
ボロい木のテーブルを挟んで、フェトと触手の塊が向き合う。お互いに、ボロい木のイスに座る。対話は未だ始まらず、見つめ合う。
アタシはフェトの背後に立って、ロリ巨乳の小さな肩に手を置く。胸以外は小さくて華奢な体の恐怖と緊張が、白衣も白銀の籠手も越して伝わる。
アタシはユウカ。まだ十六歳の可憐な少女で、ピンク色の長髪で、女にしては背が高く筋肉質で胸がない。両刃の大斧と白銀のハーフプレートメイルを愛用し、『ピンクハリケーン』の二つ名で呼ばれるランクSSの魔物ハンターだ。
アタシの後ろ、部屋の両隅にエレノアとコルトルが、それぞれボロい木のイスに座る。脚を組み、腕組みして、鋭い視線を触手の塊へと向ける。
触手の塊側の部屋の隅には、ワータイガー最上級が座り込む。アタシの二倍くらいの大きさがある。天井よりも背が高いし、どうやって扉をくぐったのか、ちょっと分からない。
まあ、部屋が狭い理由の半分はワータイガー、いや、虎美にあるだろう。
「友好ノ証ニ、マズハ握手ヲ交ワソウ」
触手の塊が、抑揚の少ない無機質な声で、触手の一本をテーブルの上に、フェトの前に差し出した。グルグル巻きに拘束する魔物用のゴツい鎖が、ガチャガチャと鳴った。
「触手の塊が! また喋りましたわ! 見た目は邪神ですのに、流暢な人間の言葉でしてよ!」
フェトが円らな瞳を丸くして、ビックリした。
「先入観! 偏見! 先入観ナク話ガデキル有識者ッテ言ッタノニ!」
触手の塊が、抑揚の少ない無機質な声で抗議した。鎖の食い込む触手の塊を捩って、不服を体現するように、鎖をガチャガチャと鳴らした。
小さな手の震えで、フェトが触手の塊に怯えていると分かる。ダンッ、とアタシは籠手の掌でテーブルを突く。
「これでも、マシな方よ。普通なら、逃げ出してるわ。魔物ハンターなら、問答無用で攻撃してるわ」
アタシの睨みを、触手の塊は見据えて返す。数秒の静寂があって、視線をフェトへと戻す。
「済マナカッタ。我ノ短気ヲ詫ビル。今一度、友好ノ証ノ握手ヲ望モウ」
触手の塊が再び、触手の一本をテーブルの上に、フェトの前に差し出した。グルグル巻きに拘束する魔物用のゴツい鎖が、ガチャガチャと鳴った。
見た目は、乳白色の先の丸い棒で、柔らかそうで、ツヤツヤプニプニスベスベしている。薄く粘液っぽい艶もあって、ベタベタしてそうでもある。
フェトが、緊張に息を詰める。恐る恐る、小さな手を伸ばし、触手を握ろうとする。恐怖に顔色は蒼いけれども、知的好奇心に頬が赤らむ。
「絵面が卑猥!」
アタシは、触手を思いっきり叩き落とした。ベチンッ、と痛そうな音がした。
「痛イッ?! 何ヲスルカ、蛮族!」
触手の塊が、抑揚の少ない無機質な声で抗議した。鎖の食い込む触手の塊を捩って、暴力反対を体現するように、鎖をガチャガチャと鳴らした。
「そっちこそ、家のフェトに何させる気よ! そういうのは、アタシが許さないわよ!」
アタシは赤面しながら抗議し返した。平らでも、興味がないこともないお年頃なのだ。
「ねぇ、触手と俎板」
後方で、ガタン、とボロイスが鳴った。ハスキーボイスで、金属を擦り合わせたような冷たい口調だった。
「こっちも暇じゃないのよ。さっさと話を進めなさい、ノロマども」
エレノアの顔に、さっさと話を進めろ、と出ていた。口からも出ていた。背筋の凍る冷酷な目で、こちらを鋭く睨んでいた。
『……はい』
二人と一匹で返事が揃った。エレノアから目を逸らして、肩を落として小さくなって、ボロい木のテーブルを挟んで向き合った。自称『魔物の勇者』と、ロリ巨乳の魔物研究者の対話が始まった。
◇
「もふもふですわ! もふもふですわ!」
フェトが、虎美の腕の毛並みを撫でて、はしゃぐ。
帝都周辺レベルの触手の塊にビビり散らかしていたフェトも、虎美が相手なら大丈夫のようだ。
虎美、というかワータイガー最上級も、大砦周辺レベルの危険な魔物なのだが。笑顔が人懐っこいネコっぽいから、親しみやすいのだろう。
「ワータイガーって、文献にありました通りに、虎の系統を二足歩行にした見た目の魔物ですのね」
フェトが、フェトを見守るアタシを、子供の笑顔で仰ぎ見た。
「そうでもないわよ。虎っぽい模様なら、ワータイガーって呼ばれるから。酷いときは、黄色黒白の斑模様の、とっても大きなウミウシだったし」
「それは可笑し、いいえ、大変でしたわね」
フェトが可愛らしく笑う。つられて、アタシも笑う。
「対話! 待遇ノ改善!」
触手の塊が、鎖の食い込む触手の塊を捩って、拘束放置に抗議した。
「遊んでないで、早くして。お子様の子守りを請け負った覚えはないわよ」
エレノアが、冷酷な目で鋭く睨んだ。
「そっ、そうおっしゃいましても」
エレノアにもビビるフェトが、アタシの背中に隠れる。アタシの脇腹の横から、顔だけを出す。
「お話の整合性には問題ありませんわ。ですけれど、証拠は一つもございませんわ。これ以上の対話を続けましても、状況は変わらないと考えましてよ」
「その証拠を無理にでも引っ張り出すための対話でしょ? デカいネコ相手に現実逃避してないで、醜悪な触手のバケモノと向き合いなさい。手違いで触手の何本かは引っこ抜いていいから」
「言イ方! 魔物権侵害ダ! 公正ナ第三者ノ立チ会イヲ要求スル!」
鎖の食い込む触手の塊を捩って権利を主張する触手の塊を、エレノアが冷酷な目で鋭く睨む。
「触手に人権があると思ったの、触手?」
「……」
触手の塊が、目を逸らして、身を捩るのをやめる。静寂に、金属鎧の足音が近づく。
アタシの白銀の鎧よりは安価な感じの、鉄の音だった。
◇
ガタゴトと建てつけの悪い音で、ボロい木の扉が開く。荒っぽく扱われて軋む。
「エレノアさんが合流して、ここにいるって聞いたんだけど」
アタシと同じくらいの歳の、見るからに魔物ハンターな青年が入ってきた。
茶色の髪で、最近忙しくて伸びっ放し程度に長い。武器は、鞘に納めた長剣を腰にさげ、石の灰色をした古ぼけた鞘の剣を背負う。防具は、鉄板で補強した灰色の革鎧で、赤いマントを纏う。
「聞いたわよ? 女の娘を二人も連れて、どこに行ってたの、リード? 二股はバレないようにしないとダメよ?」
エレノアが、揶揄う笑みで迎えた。
リードと呼ばれた青年の後ろから、やはり同年代くらいの、薄緑色の長い髪のシスターと、少し年上くらいの、しっかり者で気の強そうな女騎士が入ってくる。二人とも、なぜか赤面している。
「二股はダメよ、リード」
エレノアが、何もなかったようにキリッと凛々しく、良識ある大人の真顔を取り繕って言い直した。
さらに後ろから、二十代半ばくらいの男が入ってきた。端正な顔立ちで、貴族的で身なりもいい。ただし、頭に羊みたいな巻き角があり、脚が獣みたいな逆関節で、たぶん人間ではない。
「お初にお目にかかる。某は、かつて魔王と戦いし賢者の末裔である。お見知りおき願おう」
低めに澄んた美声だ。
「ご覧の通り、人間ではなく、諸君らの呼ぶところの魔物である。ただし、人里では『亜人種のゴートさん』で通しているから、よろしく頼む」
この意味不明な男の登場で、ようやく状況が動き始める。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第101話 EP12-4 触手の塊/END
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