第1話 魔物ハンター ユウカ
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
灰色の高い壁を見あげる。
この壁は、レンガや岩や鉄板で分厚く頑丈に造られ、町をグルリと囲む。今の国は魔物が溢れ、蔓延り、厚い守りなしでは人間が生きられないのである。
こういう壁で守られた小都市は、一般的に小砦と呼ばれる。壁で囲まれた中が町で、外は魔物の徘徊する危険地帯である。
ここは小砦ケルンで、ちなみに、アタシが今いるのは、町の外の危険地帯の方だ。
アタシはユウカ。まだ十六歳の可憐な少女の身でありながら、魔物の討伐を生業とする。ハンターギルドに所属し、ギルドの依頼で強い魔物を狩り、高く評価されてもいる。
武器は、両刃の大斧を愛用する。防具は、急所と関節を金属鎧で守る、白銀のハーフプレートである。
女にしては背が高く、女にしては筋肉質だと自負がある。胸はない。パワーとリーチで戦う、パワータイプの近接戦士である。
ピンク色の長髪に白銀の鎧で大斧を振りまわす戦い方から、『ピンクハリケーン』の二つ名で呼ばれる。この辺りなら、吟遊詩人が歌う有名ハンターの一人でもある。
「えっと、あの川よね」
向こうに川が見える。大きくもなく小川でもない、普通の川である。町の生活用水で、町の中まで流れる。
依頼内容は、川の水が汚れ始めた原因の調査および原因の排除だ。
原因はだいたい分かっている。沼トカゲと呼ばれる魔物が住みつくと、川の水が汚れる。この辺りでは、よくある魔物被害である。
「周囲は開けた平原で、魔物の姿は、なし。川岸は、背の高い草に覆われてるわね」
周囲を念入りに観察する。魔物を警戒する。
沼トカゲ自体は、魔物ハンターになりたてのランクCのパーティでも討伐できる、ザコだ。本来ならば、最高評価のランクSのアタシが出るまでもない相手だ。
しかし、討伐対象が沼トカゲとは限らないこと、壁の外側は不測の危険が伴うこと、適任のハンターが町にいなかったことから、アタシに依頼が来た。
今の時代、壁の外は本当に危険だ。魔物は言及するまでもなく危険だ。簡単なはずの魔物討伐に向かった新人パーティが不測の事態で全滅なんて、悲しいが、よくある話だ。
ハンターギルドの受付のお兄さんが好みの華奢なハンサムエルフだったことも、依頼を快諾した理由として大きい。エルフというのは、自然主義で森の中に住み、耳が長く尖った、華奢で美男美女だらけの亜人種である。
「肥沃な南部の春だけあって、一面草だらけの緑一色だわ。背の低い魔物が隠れてたら、動くまで見つけられないかも」
アタシは、独り言を呟く。単独で活動する魔物ハンターだから、一人で魔物討伐に向かうことが多い。そういうときに喋ると全てが独り言になるだけであって、友だちがいなくて独り言ばかりの寂しい人間なわけではない。断じて、ないんだからね!
「うっ……」
自問自答に恥ずかしくなって、赤面する。
口を噤んで、川に向かう。川は壁の下を町へと流れ込む。魔物は町に入れないように、壁の下の水中に鉄格子が嵌まっている。
川岸の草は、腰くらいの高さがある。沼トカゲが身を潜めるには十分である。
沼トカゲの見た目は、多少の個体差はあるが、だいたい人間大のトカゲだ。体長が、人間の身長前後だ。四つ足で地面にピッタリ腹這った体高は、人間の膝くらいの高さだ。
沼トカゲのサイズと生態を考えると、この辺りなら水中や草の中に隠れ放題となる。
◇
「……ふぅっ」
息をはき、警戒する。川の流れに水の音が跳ねないかと、風の中に風以外の草音がしないかと、集中する。背負う大斧を背中の革ベルトから外して、両手で柄を握り、胸の前に構える。
静かだ。
風に草が靡く。川を水が流れる。
水が濁り気味でなければ、自然豊かで平和な風景だ。沼トカゲ特有の泥臭さが漂っていなければ、思いっきり深呼吸するところだ。
「この臭いは、沼トカゲで間違いないわね……」
また独り言が口から出た。
最大限に警戒しながら、川岸の高い草の中を、摺り足で数歩進む。
ザザッ、と草が騒いだ。ザパッ、と川の水が跳ねた。
出た! 大人よりは小さいサイズの沼トカゲが二体だ!
「はあああっ!」
大斧を左腹側へと振る。両刃の重量を右へと引き戻しつつ、両腕に力を込め、地面を踏みしめ、横薙ぎに、背後にまで思いっきり振り抜く。
「たあっっっ!」
大斧に当たった二体の沼トカゲが消えて、小さな宝石に変わった。一個は草の中に、一個は川に落ちた。
魔物が絶命すると、宝石に変わる。宝石は種類も大きさも様々である。一応、強い魔物ほど大きくて希少な宝石に変わる、と言われる。
この宝石は、高位の魔法を使う際の触媒となる。魔法なんて難解なもの分からんちんなので、詳しくは知らない。
それ自体に価値あるものとして、貨幣の代わりに使われてもいる。アタシとしては、こっちの方が分かりやすい。魔物討伐で、ギルドの報酬以外の収入となる。
ザザッ、と草が騒いだ。今度は、草音が二箇所だ。
「ふあああっ!」
振り抜きで背後にある大斧を、力いっぱい振り戻す。
沼トカゲの一体が、頭上まで跳ねて飛びかかってくる。もう一体が、正面から草の中を走ってくる。
「とあああっ!」
大斧で頭上のやつを縦薙ぎする。そのまま振りおろし、正面のやつを両断する。
大斧に当たった二体の沼トカゲが消えて、小さな宝石に変わった。
まだだ。沼トカゲなら、五から十体ほどの群れでいるはずだ。
ザザッ、と背後で草が騒いだ。近い。重い大斧では、振り戻しが間に合わない。
「でも甘いっ!」
アタシは、地面に刺さった大斧を、掴んだまま跳び越える。着地して、大きく分厚い鋼の大斧を盾にする。
大斧に沼トカゲが衝突して、ガインッ、と鉄の音がした。アタシは大斧を沼トカゲの方に倒して、重量と腕力で押しつけた。
押し潰されて、沼トカゲの感触が消える。勢い余って、大斧が地面に倒れる。
ザザッ、と草が騒いだ。前方だ。これまでよりも、音が大きい。
高く跳んだ沼トカゲが、飛びかかってくる。他より一回り大きい。群れのボスに違いない。
アタシは、四つん這いの体勢で見あげる。体勢が崩れて、地面に倒れた大斧を両手で掴んで、さらに大斧を自分の両膝で押さえている。大斧での対応は、どう足掻いても間に合わない。
ここまでの攻撃がアタシの体勢を崩すためだったのなら、恐ろしく頭のいいトカゲだ。もしかしたら、アタシよりも頭がいい。相当の策士だ。
「でもまだ甘いっ!」
アタシは大斧を放す。踏ん張り、一気に立ちあがる。右の拳を強く握り、振りかぶり、襲いかかる沼トカゲの下顎へと、強烈な右フックを叩き込む。
ガツンッ、と硬くぶつかる音が鳴った。砕く手応えがあった。沼トカゲが横に飛んで、草むらに落ちて、跳ねて、転がって、消えた。
「……ふぅっ」
息をつく。痛む右手を振りながら、周囲を見まわす。
終わったようだ。沼トカゲの泥臭さがなくなった。川の水の濁りが薄れ始めた。
「楽勝楽勝。さあってと、宝石を拾って、帰ろうかな」
アタシは独り言を口にして、大きく伸びをした。快晴の空は青く、一面の緑に心地好い草の風音が鳴っていた。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第1話 魔物ハンター ユウカ/END
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