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9.大精霊様の器でした



「エマ、そう怒るな。ちゃんと説明してやろう」


シェドはエマをぶら下げていた状態から地面に下ろすと、足を組んでふわふわと浮遊した。


「お前は私の器だ。こちらの世界に呼んだ際酷い怪我をしていたから、今お前の本来の体は修復中。そこでお前に仮の姿として猫の姿を与えたのだ。なかなかに愛らしいだろう?」


どうだ、気が利くだろうと言わんばかりのシェドの態度に、エマは怒りを通り越して呆れてしまう。


(全然、説明になっていません。器とはなんですか?こちらの世界に呼んだとは?体は修復中って、どこにあるの?)


恵麻がシェドをじっとりと睨んで心の中で文句を言うと、シェドはそれを聞いたのか、「面倒だ」と言い放つ。



「おい、そこのお前」

「は、私でしょうか…」

「お前、エマに説明してやれ。俺は面倒は嫌いだ」


(この男、エストに丸投げした…!)


あまりの態度に恵麻は驚愕したが、エストは特に文句も言わず、恵麻に説明を始めた。


「ラナ、私もまだ色々と状況が飲み込めてはいないのだけど…」


エストは恵麻の前に膝立ちになって目線を合わせると、言葉を選びながら話を進める。


「その、この国には、自然界を治める大精霊様がいらっしゃって、我々は彼らの恩恵を得て生活をしているんだ。例えば森の大精霊様は風と植物全般を治めていらっしゃる。ラナの名前の由来であるラナエリヤ様は、水と海、といったように。

…そしてはるか古代、我々の祖先は大精霊様から力の一部を分けていただく契約を交わした。対価として、我々は生命力を与えることになって…そのせいで人間に寿命ができたとか言われているんだけど、それは恐らく迷信だと思う」

「そうだな、当時からお前達人間には寿命があったぞ。まあ、今よりは長かったかもしれないがな。生命力を献上されているのは、確かだ」


ところどころシェドの合いの手が入る。口を出すなら説明してくれればいいのにと視線を向けると、ふいっと目をそらされた。何なんだ。


「…とにかく、大精霊様と我々人間は、ずっと共存してきたんだ。特に現代の人間は、精霊術をあらゆる生活の糧としているから、もはや精霊の力なくして世の中は回らないところまできている」

「にゃん」


恵麻は理解したと示すために頷いた。



この世界で文明の利器に触れたことがまだないので想像の範囲内だが、わかりやすく考えるならば、精霊術とか精霊の力は、恵麻の世界で言う電気のようなものなのだろう。電気がなくなったら、恵麻の世界は終わりだ。この世界の人にとって精霊の力とは、それくらい重要なものなのだろう。


そう考えていると、またシェドが「そうだ、お前の考えは凡そ合っているぞ」などと言ってくる。


恵麻がまたジトリと睨むと、シェドはニヤニヤしながら浮遊した。



「ここまでが、現在の我々の状況だけど…、理解できたかな。

そしてね、大精霊様は数百年に一度、代替わりをすると言われているんだよ」

「うにゃう?」


代替わり。それは以前もエストが呟いていた言葉だ。

一体何のことか分からず、恵麻はまた首を傾げた。


「森にたくさんいる小精霊たちと違って、大精霊様には実体があるんだ。人間や動物とは違うけれど、生き物としての体を持っている。そしてその体は、ある時点で入れ替える必要があって、それが、代替わりだよ。簡単に言うと中身はそのままで、体だけ入れ替えるということかな」

「にゃあ…」


そこまで聞いて、恵麻はなんだか嫌な予感がしてきた。

シェドは恵麻のことを器、と言った。それはつまり、このあとシェドは恵麻の体を乗っ取るのだろうか…!?



恵麻が冷や汗を流していると、シェドが呆れたように呟いた。


「馬鹿者。お前のような脆弱な体を欲するわけがなかろう。お前は仮の器だ」

「んにゃ?」


シェドと恵麻の様子を見ながら、エストが空気を読んで補足説明をしてくれた。


「新しい体は大精霊様自らが造られるんだ。でもその間、大精霊様の力をどこか仮の場所へ保管しておく必要があって、それが、仮の器。大精霊様は、それがラナだと言っているんだ。力をしばらくラナに預け、新しい体ができたらそちらに移す。…代替わり自体が数百年に一度しかないから、我々にも詳しいことは分かっていないけど、古文書には器はこの世のものではない、と書かれていた。この記述については色々と議論がなされていたんだけれど…」


そこまで話すと、エストがちらりとシェドを見た。

シェドはまるで明日の天気でも話すようなテンションで、「そうだな、異なる世界から呼ぶんだ」と言った。


「異なる世界…!?」

「この世の者では、どうしても力が交じる。完全に空の器を用意するには、この世の理から外れているものを呼ぶしかない」

「つまり、ラナは別の世界から来たと、そうおっしゃるのですか?」

「そうだ。その際、エマは事故にあって大怪我をした。だから仕方なく、猫の姿を与えたのだ」


色々と情報過多過ぎて、恵麻の思考回路はショート寸前だ。

何から聞いたら良いのかわからない。でも、とりあえず、今は。



(私、人間に戻れるの?)

「ああ、戻れる。体は我自らが修復してやっているのだ。修復が終わればもとに戻る」

(それは、あとどれくらい?)

「どうだろうな、我は人間と同じ時を共有していない。故にわからん。だがまあ、季節が変わる前にはできるだろう」

「…次の季節が来るのは、あとひと月前後だよ、ラナ」


気の利くエストがまたもや補足してくれた。

つまり、恵麻は早ければあと一ヶ月ほどで、人間に戻れるのだ。



「ふにゃ…!!」

(ああ、良かった…!!)



本当に、良かった。とにかく人に戻れる。色々とわからないことだらけだが、それだけでもかなりのいいニュースではないか。

恵麻は心底ほっとして、その場にへなへなと倒れ込んだ。


「ラナ、大丈夫かい…!?」

「なんだ、そんなことを心配していたのか。ならば早く我のもとに姿を現せばよかったものを」


猫になってからというもの、どうも人間だった頃より感情を抑えるのが難しい気がする。

周りに知り合いが誰もいないからだろうか?

とにかく、いけしゃあしゃあとそんなことを言うシェドに、恵麻の堪忍袋の緒が切れた。



大精霊様だとか、もう関係ない。

だって私はこの世の者ではありませんからね!!


恵麻はスックと立ち上がると、シェドを睨んで思いつく限り叫んだ。


(我のもとに来ればよかった、ですって!?何も知らない状態で突然知らない場所に放り込まれて、しかも猫になってたら誰だってパニックになるでしょうが!!むしろ生き残れたのが奇跡よ!なんでそっちから迎えに来なかったわけ!?シェドにとって私は重要な存在なんでしょ?!それなのにこの扱い、あり得ないから!!)


実際はうにゃうにゃ鳴いていただけだったが、シェドには伝わっているはず。あまりの勢いに、エストは引き気味だ。


「そう吠えるな。そんなに長いこと放置はしていないだろう。すぐに迎えに行くつもりだったが、我の体も代替わり前で思うようにはいかんのだ」

(知らんわ!!かなり長いこと放置されたわよ!エストに会ってなかったら、私、孤独でとっくに死んでたわ!!)

「…人はそんなにか弱かったか?」

(普通の人間は、いきなり森の中に放り込まれたら数日生きられればラッキーよ!)

「そうだったか」

(そうよ!大事な器が死ななかったのは、奇跡!!)


シェドにとって器は大切な存在のはずだ。ものすごく偉い大精霊様なんだろうけど、恵麻はそこに胡座をかいて文句を言いまくった。


するとシェドは、信じられないことに、ちょっと困った顔をしたのだ。信じられないことに。



「…それは、すまなかったな」

「にゃ!?」

「我は普段人とは交わらん。最後にこうして会話をしたのは、いつだったか。それこそ数百年前だ。だからどうも、お前たちのことはよく知らんのだ。すぐに死ぬことなど、忘れていた」

「にゃ、にゃあ…」


まさかこのお偉い大精霊様が謝ってくるとは思っていなかったので、恵麻の勢いは急速にしぼんでいった。


「まあ、お前には苦労をかけたからな。今しばらくお前は猫だが、生き延びるために何が必要だ?融通を利かせてやろう」

(えっ!?)

「我も代替わり前で自在な訳では無いから、何でもというわけにはいかんがな」



なにかお願いを聞いてもらえるということだろうか。

それなら願いは一つだ。ずっとずっと、願っていたこと。


(エストと話したいの。この状態でも、彼に私の言葉が通じるようにしてほしい)

「なんだ、そんなことでいいのか?不自由のないよう、精霊をお前の世話係につけても良いんだぞ」

(いいの。エストと過ごすから)


シェドはまたふん、と鼻を鳴らすと、エストの方をちらりと見た。


「なんとまあ、お前も果報者だな。我の器にこうまで言わせるとは、どんな恩をエマに売ったのだ?」

(そんなんじゃないから。エストに絡まないで)


もはや大精霊様への態度とは思えないが、シェド本人に咎められないので、恵麻は強気なままでいくことにした。



なんというか、最初は怒りに任せていたけれど、これは本能でもあった。人知を超えた存在に、道理や共感を求めるのは無意味だ。それに怯む態度を見せたら、あっという間に喰われてしまう気もする。だから恵麻は自分の価値を信じて、シェドに挑むことにした。


「まあいい。エマが望むならそうしよう」


シェドはそう言うと、恵麻の額に手を当てる。一瞬熱くなったかと思うと、熱はすぐに引いた。



(…?)

「なんだ、話さんのか?」


シェドが不満そうに言うので、もうすでに願いは叶えられたのだと、恵麻は気付いた。


エストの方に向き直ると、恐る恐る言葉を口にする。


「あの、エスト。私の言葉が、わかる…?」

「……っ!?」


エストが驚愕の表情で恵麻を見つめる。

今まで猫として側にいたのにいきなり人間と認識されることがなんだか恥ずかしくなって、恵麻はうつむいた。


「わか、ります。ラナ…。本当に、貴方は、人だったんだね」

「うん。あの、ようやく話せて、嬉しい」

「ラナ…っ!」



エストがこちらに一歩踏み出したところで、シェドがあくびを噛み殺したような声を上げた。


「…よし、エマ。お前の望みは叶ったな?もう少し生き延びられるな」

「え、う、うん!ありがとう、シェド!」

「…ふん、お前ごときの小さな願い、礼には及ばん」


シェドはそう言って一つあくびをすると、眠そうに目を閉じた。


「また日が満ちる頃に来い。我は疲れた。もう寝る」


言うが早いか、シェドの体がふうっと透き通っていく。


「あ、シェド!もう一つ、聞きたいことが…!」

(代替わりとやらが済んだら元の世界に戻れるのか、聞かないと…!)



恵麻が声をかけようとするが、間に合わず。

シェドは答えること無く、消えていった。




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