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6.恵麻の相棒



その日の夜、恵麻はエストの腕の中にいた。


この森は日中は暖かく過ごしやすい。毛皮のある恵麻には少し暑いくらいだ。

夜は少しだけ冷える。薄っぺらい布を掛け布団にしているエストは寒いようで、眠るとき恵麻を抱いて眠りたがる。



初めは顔面兵器がすぐ隣にあるという状況に、流石の猫恵麻でもドギマギしたが、今は慣れた。

彼の隣で丸まっていると、エストが眠りについていないことに気付く。

おやすみ3秒が通常の彼にしては、珍しい。


「…?」


不思議に思い視線を返すと、エストはなぜだか穏やかに笑う。恵麻も笑い返したが、猫なので多分笑えていないだろう。


「…ラナ、君は本当に不思議だね。君は一体何処から来たの?家族はいるの?今は一人なの?」

「…うにゃう」


説明したい。恵麻がどうしてここにいるのか。でも、こればかりはどうしようもないのだ。


恵麻がしょんぼりしていると、エストが恵麻の頭を撫でた。


「…一人になっちゃったのかな。そうだよね、もし家族がいるなら、私とここで過ごしているはずがないものね。…そうか、ラナも一人なんだね」


エストが静かに呟いたので、恵麻は何だか彼が心配になった。



エストは先程、全てを失ったと言っていた。

その上生死を問わない追われ方をしているのだから、辛いに決まっている。

何不自由なく生活していたところが一転してこんな森の奥で生活することになったのだから、それだけでも大変なのに。

大事な人を失ったりも、したのかもしれない。



彼は良い人だ。恵麻は今、それを確信している。

彼は自然や生き物に優しい。無駄な殺生はしないし、森を踏み荒らすような真似はしない。

顔面国宝の割に子供っぽく笑うこともあるし、悪戯好きだ。


何より恵麻のことをとても大事にしてくれる。見知らぬ不思議な猫なはずなのに、彼は最初から、恵麻を丁寧に扱った。


こんな追いやられ方をするべき人ではないはずだ。




恵麻はエストの大きな手のひらに頭を擦り付け、ちょっとだけ舐めた。

最近はこんな猫らしい動作も堂に入ってきている。もし人間に戻れた時、猫っぽい動きが抜けなかったらどうしようと心配する程度には、恵麻は猫の体に馴染んでいる。


「…ふふ、心配してくれているの?ありがとう。私は大丈夫だよ」


エストが力なく笑うので、恵麻はポスポスと肉球で彼の頭を撫でた。


「うにゃ」

「ありがとう、ラナ。ラナが側にいてくれて、嬉しい」


恵麻だって、エストが側にいてくれて、本当に助かっている。



…彼は良い人。だから、恵麻の元を去ってほしくないけれど。


でも今恵麻は、エストが国に戻れたら良いと、願っている。

これ以上寂しげな彼の顔を見るのは、辛いのだ。

彼の飼い猫になるのだと意気込んでいたが、そうできない事情があるなら、彼は恵麻を置いてでも、人の世界に戻るべきだ。エストと親しくなるにつれて、恵麻はそう思うようになった。


どうせ人のエストがいつまでもここで暮らすことなど、できないのだから。



(でもそしたら、私、また一人になっちゃうや)



恵麻はいつか来るかもしれない別れを想像して、そっとため息をついた。





エストの姿が見えなくなったのは、そんなやり取りをした次の日だった。

彼は朝からどこかへと向かった。何かを思い立ったようだったので、恵麻も特に追うようなことはしなかった。


いつもなら長くてもお昼頃には一度帰ってくるのに、その日は太陽が真上に来てもエストは帰らなかった。

そしてついに、日が落ちようとしている。


(…さすがに、まずいよね)


突然思い立って、森を出たのだろうか。

でもエストのことだから、恵麻に別れも告げずに去るのは不自然に思えた。


となると、考えられるのは、事故にあったか、追手に見つかったか…


そもそもこれまで追手がここに来なかったのもおかしいのだ。森の奥とはいえ、ここは小屋だ。人が潜伏しているか、真っ先に確認すべき場所だろう。



考え始めると、恵麻は居ても立っても居られなくなった。

もしどこかで怪我をして倒れていたら、危険だ。猛獣の類は見かけたことがないけれど、でもここは森なのだ。




恵麻は森中を探し回った。

匂いや風景に違和感がないか、丁寧に探りながら歩く。時々足跡のようなものを見つけては追いかけ、途切れてはまた探し…を繰り返す。



気付けば日は落ちて、周囲は真っ暗だ。

それでも光る木を頼りに、恵麻は歩き続けた。



(足が痛い…)



さすがにもう動けない。それくらいへとへとになった頃、遠くに光の集まる場所を見つけた。


(…あの光、精霊?)


ふわふわと蛍のように光るのは、精霊だ。

恵麻は最後の力を振り絞って、精霊の集まる場所に向かう。


(…嘘…!)


そこは突然地面が割れて崖のようになっている場所だった。その崖の下に、精霊の光が見える。

 


そこにエストはいた。

頭から血を流して、倒れている。



恵麻は慌てて彼のもとに駆け寄った。

猫の足があれば、こんな崖、大したことはない。


でも、人間には危ない場所だ。足を滑らせ、転落したのだろうか?



近付くと彼は息をしていた。体も温かい。とりあえず生きていたことにホッとしたが、大怪我をしていることは確かだ。


(ど、どうしたらいいの)


恵麻に治療のノウハウなどないし、そもそも猫だ。

恵麻は必死に彼の耳元で鳴いたが、反応はない。


「う、うにゃ…」


猫の瞳から悲しみ故の涙は流れないが、心臓がドキドキして、痛い。


恵麻にとってエストは唯一の存在だった。

恵麻の側にいて、孤独を癒やし、頭を撫でてくれる人。


でも、それだけではないのだ。彼と過ごして、彼の人となりに触れて、すでに彼は恵麻の大事な相棒だった。



だから、彼のためになるなら、恵麻を置いて森を出てくれても良いと、そう思うくらい大事に思っていたのに。




失いたくない。

死んでほしくない。




恵麻は彼の目元にまで流れてしまっている血をぺろりと舐めた。

この近くには水場がない。血を洗い流してあげることも、恵麻にはできない。


悲しみに暮れてただただ、血で汚れた彼の顔を舐めていると、なんだかエストの体が光ってきている気がした。


精霊がまた集まってきたのだろうと思い気にしないで続けていると、しだいに目を開けているのも辛くなるほどの光が彼を包み込む。


(え、な、なに…?)


突然のことに恵麻は警戒することも出来ず、ぼんやりとその光を眺めた。



光は一気に膨らみ、周囲を圧倒するほど眩く輝いたかと思うと、弾けた。

そして僅かな発光のみを残して、収まる。



「にゃ…?」



何が起きたのか分からない恵麻は呆気にとられて、ぼんやりと光るエストを見つめた。



「にゃ…!」



エストの瞼が震えた。

そしてゆっくりと開かれる。


「にゃ、にゃあー!にゃん!にゃーん!」

「ラナ…?」


エストはぼんやりと恵麻を見て、血で汚れた額を触った。


「…また、君に助けられたんだね」


エストはそう呟くと、恵麻をぎゅっと抱きしめる。

そのぬくもりに恵麻は心底安心したが、抱擁がちょっと苦しくて、エストの胸を肉球でポスポス叩いた。



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