58. 大士は愛妻家、むしろ過激派
これで本編は完結します。
あと2話ほど、ちょっとしたその後の話を書いていますが、一旦は完結とさせてください。
前作と比べると2倍近くの話数となりました。
長らくお付き合いを頂き、イイネやブクマもいただいて、本当にありがとうございました!
現在も別作品を執筆中ですので、書き上げたらまた投稿します。
良ければその際もお付き合いを頂けると嬉しいです!
ありがとうございました。
私は今の大士様が就任なされてから、精霊士として精霊塔に入った。
現大士様となってから、精霊塔は門戸を広げ、霊力が少なくとも希望者には教育を与えるようになった。私自身、霊力は一般より少々多い程度だが、こうして末端の精霊士として活動できるようになっている。
生家は貧しく家族への仕送りが欲しかったので、こうして私に教育を施し、仕事を与えてくれた現在の精霊塔、そして改革を主導している現大士様には、とても感謝している。
大士様はお忙しい。
現在は国中を回り、地方の精霊士教育と生活改善に尽力されているため、精霊塔でお会いできる機会はなかなかない。しかし人望のある方なので、大士様がいらっしゃる時は、少しでもお目にかかろうとする精霊士が後を絶たない。
まだお若い方なのに、すごいことだ。
そして、大士様に次いで人気のある方がいる。奥様のエマ様だ。
エマ様は異国出身らしく、この国では珍しい容姿をしている。しかしその異国情緒あふれる顔立ちは何とも魅力があるし、中身もざっくばらんで話しやすい方で、大士様がいらっしゃるということはエマ様もだ、と心沸き立つ者は密かに多い。
エマ様には精霊の加護があるようで、彼女の周囲には精霊が飛び回っており、それもまた、とても美しい光景だ。
高度な治癒術を使われるので、彼女のことを聖女だとか、精霊の恵みだとか、実は祖先が精霊だとか、そんなことを言う者もいる。
若く人望あふれる大士夫妻は、前大士の不祥事により起きた精霊士への不信感を拭いつつある。
ただし、エマ様はある種の爆弾でもある。
なにせ大士様がエマ様を溺愛しているので、あまりエマ様と懇意にしたり、熱い視線でも投げようものなら、射殺されるのでは無いかと思うほどの冷たい視線を大士様から向けられる羽目になるのだ。
いや、顔はいつも通りの穏やかな表情なのだが、目が笑っていない。私自身はそのような視線を向けられたことはないが、以前エマ様に少々、いや強めに憧れを抱いてしまった同僚が、青い顔で震えていたことがある。
また、大士様は基本的に理知的な方ではあるが、エマ様が絡むと時々暴走するきらいがある。
以前、エマ様の生まれ故郷での主食であった、確か『コメ』なるものが海を隔てた大陸の国にあるらしいということがわかり、エマ様が何気なく「食べたいなぁ」と呟いたことがあったらしい。ただしその国は国交がなく、距離も船で1週間以上かかる場所にあり、実際に『コメ』を入手するのは不可能に近かった。
しかしそれを聞いた大士様は、本気で、そのためだけに国交を結ぼうと、あのオスロレニア公爵まで巻き込んで動こうとしたらしい。
さすがに驚いたエマ様が全力で大士様をお止めになって、事なきを得たようだが。エマ様はそれ以来、発言には十分注意しているようだ。何だか少々、可哀想な気もする。
このように、少々、妻のこととなると暴走しがちな大士様だが、しかしそれが却って人間らしく、親しみが持てると専らの評判だ。
何せ大士様は、黙っていると本当にきれいな人だし、隙がなく、近寄り難くもあるのだ。だからエマ様が一緒にいると話しかけやすくて有り難いと言う者は多い。
明日は、久しぶりに大士夫妻が地方から王都に戻ってくる。きっと精霊塔にも顔を出してくださるだろう。
お話できるチャンスはあるだろうか。
先着順になってしまうが、エマ様は必ずお土産を買ってきてくださるので、明日は早めに出勤しよう。
私は末端の精霊士だけれど、お二人の活動の力に、少しでもなれたら良い。
最近暮らし向きが豊かになったと書かれた実家からの手紙を大事にしまい込み、私は精霊士向け寮の一室で、眠りについた。




