57. エストの帰る場所
本日はあと一話投稿します。そちらで完結予定です。
家に帰ると、エマがいる。
ただいまと言うと、おかえり、と笑ってくれる。
こんな幸福が自分に訪れるなんて、以前の自分だったら想像もできなかったに違いない。
半ば強引に、エマをこちらの世界に引き止めた自覚はある。あの時エマは私に怯えていたと思うし、私もなりふり構ってはいられなかった。
だから、私の想いに応えてくれた彼女のことは、私の中で最優先事項だ。誰よりも、何よりも大切にしたいし、彼女を害する存在があれば恐らく私はどんな手を使ってでも排除するだろう。
半ば狂っている自覚はある。
彼女と出会う前の自分が今の自分を見たら、恐らく卒倒するだろう。
罪人扱いされて追われるまで、何度か女性に交際を申し込まれたことはある。
公の場でのエスコートやパートナーとしての参加を求められたことも、多々ある。
それなりに自分の容姿が女性受けするということは、成長するにつれ自覚したし、肩書も夫候補として魅力的に見えていたのだろう。
だからこそ、全く彼女たちに興味がわかなかった。結婚は私にとって、メリットがほとんどない。
爵位は一代限りで、跡取りは必要ない。元々、孤児だ。孫の顔を楽しみにしている両親もいない。精霊士の中には生粋の貴族で身の回りのことが全く出来ない者もいるにはいるが、私の場合は全て自分でこなせる。修行のため、森で暮らしたこともあるくらいなので、生きる力は十分にある。
目の前にはやるべきことがたくさんあったし、特にメリットのない結婚をする必要性を感じなかった。
女性が嫌いなわけではないし、美しい人だなどと思うこともあるが、それだけだ。綺麗な風景を見ているのと、近い感覚かもしれない。
自分のことは、そういう事柄に関して淡白な人間なのだろうと思っていた。
今エマに狂っている身からすると、私は淡白でも何でも無く、単純に、エマに出会っていなかっただけだった。
エマの人としての姿を知らず、猫だったときから半ば執着していたのだから、もう狂人の域だろう。
今こうして、私の想いに応えてくれる彼女が、愛しくて堪らない。
異国風の顔立ちも、小柄で女性らしい身体も、大精霊や国王に会っても怯まない度胸があるのに字が下手だと気にするところも、私の腕の中で隠れていてほしいのに、すぐに世界に飛び出していこうとする闊達さも、全てがどうしようもなく私を引き付ける。
私と共に国を回る準備のため、エマは精霊塔に顔を出すようになった。
仕方のないことだが、精霊塔はどちらかというと男所帯だ。エマの外見は目立つし、彼女は美しい。動けば可愛いし、話せば愛しい。
だから、仕事上の話しかしていないとはいえ、相手の男がエマをじっくり見ているのは、エマのせいではない。
それでも、そういう日の夜は、執拗に彼女を求めてしまうのは許してほしい。
私は女性はエマしか知らないが、夜の彼女は恐らくこの世界で最も色香があると思う。
だからせっせと、私を刻みたくなる。
彼女がどこにも行かないように、誰にも見つからないように。私しか、見なくなるように。
やはり、狂っているな。
でも、こうして幸福に狂ったまま生きていけるなら、周囲に飽きられようが、私は妻狂いのままでいい。
早朝、隣で彼女はすうすうと寝息を立てている。
昨晩も結構、無理をさせた自覚がある。
恐らく朝目覚めた彼女は、拗ねているに違いない。
私は彼女の機嫌を取るべく、彼女が好きな朝食を用意するため、そっとベッドを抜け出した。




