54. その後の話①
「頼む、エマ。一肌脱いでくれ!」
「そう言われても…」
恵麻がこの世界に残ることを決めてから、それなりに時間が経った。
残ることを決めてからは、忙しい日々だった。
まず、国王に報告。彼は大精霊と懇意にしている恵麻を有力な駒と考えているので、恵麻の決断を歓迎してくれた。
それに、こちらでの家族となってくれたオスロレニア公爵家への挨拶。シンシアは本当に娘ができたと喜んでくれたし、ダスティンからはふざけて「姉上」なんて呼ばれた。実はダスティンは恵麻の一つ年下なのだ。
その他これまで関わった人たちにもできる範囲で事情を話し、呼び名はエストに合わせるように『エマ』で統一された。異国から来たという設定なので、ラナはあだ名みたいなものだったのだろうと、何ともあっさり受け入れられている。
エストとは現在、婚約状態だ。
エストはすぐにでも籍を入れようと言ってくれたが、彼は大士に就任したばかりでとても忙しい。こちらの結婚のお作法は分からないが、結婚式のようなものもあるらしく、一応公爵家の娘となった恵麻が式も挙げずに結婚するのは外聞が良くないらしい。という訳で、エストの身辺が落ち着くまで結婚はお預けだ。
シンシアは、結婚するまでは公爵家にいればいいと言ってくれた。だが、エストがそれを断固拒否したため、恵麻は変わらずエストの屋敷に住んでいる。
そして現在。エストの屋敷の恵麻の部屋で、向かい合ったソファに座るダスティンが、恵麻に頭を下げている。ちなみにこちらの世界でも、頭を下げる文化はあるらしい。
「先日の就任式の時の騒動で、どうせもうエマの存在は知れ渡っているんだ。隠れて過ごすより、堂々としていた方が良いだろう?」
「それは、そうなんですけど」
先日、エストの大士就任式が行われた。
それは王宮の広間で行われ、式の後は王宮前の広場に集まった国民へ、新しい大士の顔見せも行われた。
正直就任式がこんなに大々的なものだと思っていなかった恵麻はとても驚いたが、堂々とこなしているエストは格好良くて誇らしかった。
「エマ、エストと上手くいってるのは良いが、惚気けないでくれ」
「な、何も言ってないじゃないですか」
「顔に出てるんだよ、顔に」
ダスティンは呆れたように指摘する。
どうやら式の時のエストをうっとりと振り返っていたことがバレたらしい。
恵麻は咳払いをすると、でも、と続ける。
「エストが嫌がるんですよ。私の一存じゃ決められないです」
「あいつは俺が説得する」
「うーーーん…」
ダスティンが恵麻に懇願しているのは、恵麻に『精霊士になってほしい』ということだ。
エストの就任式の際、恵麻はシンシアやダスティンと共に、関係者席で彼の勇姿を見届けた。広場での顔見せが終わった後、エストはそそくさと恵麻のところへ来て一緒に帰ったのだが、その姿を多数の貴族、そして国民に目撃された。
別に、エストが恵麻と結婚することは隠しているわけではないので、それ自体は問題ない。問題は、その時精霊が、恵麻を取り囲んだことだった。
シェドの祝福以来、たくさんの精霊が恵麻の周囲に現れるようになった。きっとシェドが言っていた、彼の眷属の精霊なのだと思う。
彼らは別に何をするわけでもなく、楽しそうに恵麻の周りで過ごしているだけだ。特に決まったメンツがいるわけでもなく、時間もバラバラ、本当に気まぐれだ。だが彼らに囲まれていると何とも穏やかな気持ちになり、恵麻は彼らの存在を嬉しく思っていた。時には猫になって、彼らとお散歩を楽しんだりもしている。
それでも流石に外出時などは、精霊に囲まれていると目立つので、一度隠れるか姿が見えないようにしてくれ、とお願いをしていた。彼らとは会話は出来ないが、何となくの意思疎通は可能なのだ。
でも、式の後エストと合流した時、恵麻の幸せな気持ちに呼応したのか、はたまた人が集まっていて楽しげな雰囲気に誘われたのか、精霊が姿を表してしまったのだ。
そしてそれを、多数の人物に目撃された。
恵麻が器で異世界から来たという事情は、国王とごく一部の側近、ダスティンとシンシアにエドワードとカミル、そしてエストだけが知っている。
だから、この国の人が精霊に囲まれる恵麻を見てまず連想するのは、一つしかない。
それは、「精霊の愛し子」だ。
新しい大士は、精霊の愛し子と結婚するらしい。
そんな噂があっという間に王都を駆け巡った。恐らく国中に行き渡るのも時間の問題だろう。
そしてその状況に、国が目をつけた。
「前大士の不祥事で、精霊塔も今の王家も、正直評判は落ちている。奴がしでかしたことは公にはしていないが、隠しきれてもいないからな。不信感を抱く国民も多いんだ。だから精霊側がこちらに味方をしているという印象は正直、有り難いんだよ」
「でも、私、実際は愛し子じゃないですし。騙すみたいじゃないですか…」
「愛し子だとは発表しない。精霊士も肩書きだけでいい。ただ、エマは精霊の加護があるという事実を表沙汰にするだけだ」
「でも私、精霊術もまだ練習中で、本当に加護があるかむしろ疑われたりしないか心配ですよ」
「それもだよ。例えまだ不慣れでも、エマにはあらゆる精霊術を扱える可能性がある。どうせエストはこれから国中を回るんだし、一緒に行って力を貸してほしいんだ。エマの練習にもなるだろう?これはオスロレニア公爵家の事業でもあるから、費用はうちが持つ」
「え、え?なんですか、それ」
「聞いてないのか?」
恵麻が疑問の声を上げたちょうどその時、部屋の扉がバンっと開いて、それはそれは美しい笑みを浮かべ、かつ、こめかみに青筋が見えそうなエストが入ってきた。
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