51. 恵麻の決意
本日はこの後もう一話投稿します。
(なに、やってるんだろう、私)
顔を覆って俯いてしまったエストを見て、恵麻の心はひどく、焼けるように痛んだ。
エストを苦しめたくないとか負担になりたくないとか、殊勝な理由を並べ立てて、結局恵麻は逃げようとしていた。逃げて、元の世界でエストに思いを馳せて、きっと悲劇のヒロインにでもなっていただろう。
結果、エストにこんな顔をさせて、あんなことを言わせて…誰よりもエストを苦しめていたのは、恵麻だ。
これからは好きに生きようとか、さもこの経験から学んだような顔をして、恵麻は全然、何も、学んでなかった。
それに気付かせてくれたのは、やっぱりエストだ。
エストがこんなに自分をさらけ出してくれたのに、恵麻だけお綺麗に装って逃げるのは、違うだろう。
「エスト」
恵麻はエストの手をとると、そっと握った。彼の目は赤く染まっていて、唇は震えている。
「エスト、私ね、薬草育てるの、向いてるんだって。シェドも言ってたし、庭師の人にも言われた」
「エマ…?」
「それにね、根性はある方だと思うから、頑張って仕事探して、文字も常識も覚えて、ちゃんと独り立ちしてみせるよ。あ、それにね、シンシア様からマナーも教えてもらってるの。いつ何があるかわからないからって。いくら養子になったからって、公爵令嬢として生きるのはちょっと無理があるけどね…」
「エマ」
「戸籍、ありがとう。すごい後ろ盾だけど、頂いたものは遠慮なく使わせてもらって、私、たくましく生きるよ。…それでもね」
恵麻はエストの手をぎゅっと握った。もしかしたらエストはちょっと、痛いかもしれないってくらいに。
「エスト、私はね、やっぱりエストの人生を邪魔しちゃうと思うよ。戸籍ができてもどう見ても異国の娘だし、生粋のお嬢様には敵わないこともたくさんあるだろうし」
「エマ、それは」
「でもね、エストが言ってくれたから、私も我が儘言うよ」
恵麻はエストの言葉を遮ると、自分の気持ちを、欲望のまま告げた。
「エストがほしい。全部欲しい。元の世界を捨てるから、エストをちょうだい。何も役に立つもの持ってないけど、頑張って足掻いて邪魔ならない程度には自分で生きていけるようにするし、死ぬまで側にいるから、ずっと一緒にいるって、約束して」
恵麻は一気に告げると、エストにぎゅっと抱きついた。
エストは恵麻より背が高いから、抱きつくと彼の心臓あたりに顔をうずめることになる。ドクドクと脈打つエストの心臓の音が、心地よく感じた。
エストは何も言わない。さすがにこの流れでやっぱりやめた…と言われることはないと思いたいが、沈黙が長引くと少々不安になる。
「あの、エス」
「ラナ」
顔を上げて声を掛けたちょうどその瞬間、エストがものすごい勢いで恵麻を抱きしめた。体重を掛けられた恵麻は耐えきれず、よろよろと後ずさると後ろに倒れ込む。が、エストが精霊術を使ったのか、恵麻は背中を打ち付けることはなく、ふわりと床に着地した。
押し倒される形になったが、今のエストからは先程のような壮絶な色気は感じず、むしろ大きな弟のようだった。
「ラナ、じゃない、エマ、本当に?本当に、良いの?」
「呼び方、どっちでも良いよ。本当だよ。もう、離れてって言われても離れないから、覚悟してね」
「そんなこと、言うわけない…!ああ、エマ…エマ、愛してる、本当に」
「うん。エスト。私も…ずっと苦しめて、ごめんね」
「苦しめられてなんて、ないよ。…さっきは、脅してごめん」
「ふふ、あれは驚いた。でも、脅されたからじゃないよ。私が自分で決めたの」
恵麻は軽く、エストの頬にキスをした。やってみてわかったが、顔面国宝に自分から手を出すのはかなり勇気のいることだった。何だか罪悪感を感じる。
エストは恵麻にキスされると、少し照れ臭そうに頬を赤らめて笑った。さっきは自分からとんでもないキスをしてくれたくせに。
エストは恵麻の額にキスすると、ゴロリと恵麻の横に転がった。二人して床に転がって、お行儀悪いことこの上ない。
「シンシア様が見たら卒倒しちゃいそう」
「見られてないから良いんだよ」
エストはそう言うと、もう一度、そっと恵麻に口付ける。先程までの情熱的なものとは違い、優しいそれは実にエストらしかった。
エストは嬉しそうに恵麻の髪を撫で、頬に触れ、唇をなぞる。エストの幸せそうな表情を見ているだけで、恵麻は泣きそうになるほどの幸福を覚えた。
恵麻はこの世界では何の才能もないだだの女だけれど、これだけは誓える。
この、平静な顔をして内実ひどく寂しがりやなエストを、誰よりも大切に想える、と。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
本編完結まであと数話になりそうです。




