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5.サバイバル改めスローライフ



「ラナ、おいで。今から森に行くんだ。一緒に行くかい?」

「にゃあ!」


エストとの共同生活が始まって、どれくらい経っただろうか。

夜を7回越えたあたりから、数えるのが億劫になってしまい、認識が曖昧だ。猫の体でいると、時間の経過を感じるのが難しいのだ。なにせ、日中も寝てしまうので、活動時間と睡眠時間が安定しない。



とにかくそれなりの日数が経ったのだと思う。エストがどれくらいここに滞在するつもりなのか分からないが、今のところ出ていく様子はない。


水や食料は森にたくさんあるし、エストは簡単に火を起こせるから暖を取るのにも苦労しない。小屋に最低限の寝具はあったので、それを川で洗濯して使っている。


唯一困るのは、衣服だ。

彼は着の身着のまま行き倒れていたので、服の替えがない。そのため数日過ごすと服を洗うのだが、乾かしている間、彼は適当な布を纏ってウロウロしている。


恵麻が元成人女性の猫だと知らないので仕方ないが、ほぼ全裸でうろつかれるとさすがに困るので、そういう時は恵麻はどこかへ散歩に行くことにしている。細身に見えて意外と筋肉質な彼の体は、目の毒だ。


エスト本人は、「こんな格好で過ごすなんて、誰にも許されなかったから新鮮だなぁ」なんて、笑っていた。




「これは、怪我に効く薬草。止血の効果がある。この草の根は、煎じて患部に当てれば炎症を抑えることができる。…ああ、この花はね、食べられるんだよ。エグみがなくて美味しい。今夜の夕食用に少し、頂こうか」


エストは行動するとき、恵麻を連れて歩きたがった。恵麻としても彼と行動をするのは楽しいので、お昼寝中でなければ付き合うことにしている。


エストは博識だった。

足の怪我用にと薬草を採取し自分で治療してしまったし、それ以外にも色んなことを知っていて、恵麻に色々と教えてくれる。

猫の手では煎じたりするのは無理だが、知識はきっと役に立つ。恵麻はふんふんと頷きながら、彼の説明を真面目に聞いた。



「ラナ、これ、食べてみるかい?」

「にゃ!」


川辺で休憩中、エストが綺麗な青色の果実を持ってきたので、恵麻は二つ返事で齧り付いた。

色はちょっと不思議だが、美味しい。が、恵麻を見るエストは肩を震わせている。


「にゃ?」

「ふふ、ラナ。顔が真っ青」


恵麻が水面に顔を映して見ると、色味はよく分からないが顔中が黒っぽく染まっていた。

口元だけでなく、目元まで。何だこれは!


「にゃー!」

「ごめんごめん、驚いた?この果実はね、美味しいんだけど、少し果汁が付くだけで真っ青になってしまうんだ。子供がよく、何も知らない友達に食べさせる、定番の悪戯」

「むにゃー!」


からかわれた恵麻はご立腹だ。何せ恵麻の毛色は白。青く染まった恵麻の顔はなかなか強烈なゾンビフェイスに違いない。


「ごめんって。大丈夫。水で洗えばすぐに落ちるよ」


エストは川の水で濡らした手ぬぐいで恵麻の顔を優しく拭う。彼の言うとおり、恵麻の毛はすぐに真っ白に戻ったようだった。


「可愛いラナに元通り。面白かった?」

「うにゃう…」


別に怒ってはいないが、やられっぱなしというのも癪だ。恵麻の悪戯心がムズムズとうずく。


「にゃ!」

「わっ!」


恵麻は食べかけの青い果実に手を突っ込むと、果汁がたっぷり付いたその肉球をペタペタと、エストの顔に押し当てた。


「や、やめ、ラナ…っ!くすぐったいよ」

「にゃにゃーににゃっ!」

(仕返しよ!)


あっという間にエストの顔も真っ青、しかも肉球型に真っ青になる。


川で自分の顔を確認したエストはそれを見てケラケラと笑った。

彼は見た目は麗しの美青年だが、中身は案外少年なのだ。もしかしたら年下かもなと恵麻は思っている。


「はー、笑った」

「にゃ」


年甲斐もなくはしゃいでしまった。


ひとしきり騒いだ二人は川辺に腰を下ろした。

少々やり過ぎて顔中洗う羽目になったので、お互いびしょびしょだ。


濡れた髪をかき上げるエストの顔面破壊力は、筆舌に尽くしがたい。本当に加工無しですか?と詰め寄りたいレベルの美男子だ。


「…こんなことするの、久しぶりだな。いや、初めてかも。友達と遊ぶ時間も、殆どなかったし」

「にゃう…」


エストはどうやら、厳しい家庭で育ったようだった。それか、良家のお坊っちゃま。


今でこそ敬語が取れてきたが、最初は猫の姿の恵麻に対しても丁寧な言葉遣いだったし、乱れた服装で過ごすのを新鮮だと言った。所作も美しいし、髪も肌も綺麗だったから、大事に、または厳しく育てられてきたんだろう。尤も今はサバイバル生活で、多少ワイルドな感じにはなっているけれど。


友達と遊ぶ暇もないくらい、勉強とかに忙しかったのだろうか。精霊士の修行に励んできたと言っていたから、それが理由だろうか。でも、子供の頃からそうだったなんて、厳しいというレベルを超えている気がするけれど、この世界の常識を知らない恵麻には判断がつかない。


「全部失ったら好きなことができるなんて、皮肉だなぁ」

「…?」


でも、彼がこんなに寂しげな顔をするのだから、きっと彼にとってこれまでの生き方は、辛いものだったんだろう。

恵麻にも、心当たりがある。エストほどではないかもしれないが、自分を押し殺して生きるのは辛い。


だからこそ、戸惑いつつもこの猫生活を楽しんでいる自分がいるのだ。猫だから制約はあるけれど、誰にも縛られず、好きなように生きている今は、人として生きていたあの時よりも、余程自由だ。



「…にゃ!」

「ラナ?」


恵麻は川に飛び込むと、数分間の格闘の末、一匹の魚を捕まえた。

それを咥えると、意気揚々と彼の元へ戻る。


「…くれるの?私に?」

「にゃん」


この魚は以前エストが釣ってきて、好物なんだと言っていた魚だ。

猫の恵麻にはこれくらいしかできないが、彼には元気をだしてほしい。


「…ありがとう、ラナ。おいで。戻って焼いて食べよう」


焼き魚は嬉しい。恵麻では魚を採ることは出来ても調理ができないので、エストに焼いてもらえた魚はご馳走である。


(…そういえばお坊っちゃまっぽいのに、やたら食べられる野草に詳しかったり、魚が釣れたり、サバイバル能力高いな…?)


ちょっとよくわからないところもあるのだが、これからもっと一緒に過ごして、彼のことを知っていけたら良い。



川で狩りをして疲れた恵麻は、エストの腕の中でウトウトしながら、そう思った。



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