47. 事件の終わり
その後、事態は慌ただしく進んでいった。
あの時霊力を抜かれてしまった騎士や精霊士は、半数がほとんどの霊力を失い、精霊術を使えない体となってしまった。残る半数もどうやら元通りというわけにはいかず、何かしらの障がいが残ってしまったと聞く。
彼らのほとんどは大士に賛同していたわけだけれど、一部は脅されていたり、何か理由があって仕方なく従っていた人もいたようだ。やるせない。
脅されていたと言えば、アイーダもだ。彼女の弟は精霊士らしく、弟を「燃料」、つまりあの時大士が霊術具を起動するために犠牲とした精霊士のようにされたくなくば、大士に協力するよう言われていたらしい。大士が絶妙なタイミングで恵麻たちを追いかけてきたのも、彼女の手引きだった。
アイーダの弟は無事のようだが、アイーダは大士の無理な精霊術にかけられたことで、騎士としての再起は難しい身体になってしまったそうだ。
今回のことで、国は重要な精霊士や騎士を多数失うこととなった。大士がしでかしたことの影響は大きい。
ダスティンが説得に努めていた国王は、始めはダスティンの話を信じなかったようだ。しかしなんとシェドが直接国王の前に現れたものだから、すべてを受け入れざるを得なくなった。
シェドからしたら封印なんて迷惑なことをされたわけだから、直接文句を言いたくなるのも理解はできる。だがわざわざシェドが直接出向いたのには、恵麻も驚いた。
シェドは大士ドラゴンに森を焼かれたことを、相当怒っているようだった。
肝心の代替わりは、シェドが森を修復したあと、日を改めて行われた。
やってしまえば呆気ないもので、恵麻自身は何も変化を感じていない。ただ、霊力がからっぽになったので、精霊術の類は使えなくなった。
エストは恵麻の代替わりが完了したことを見届けると、さすがに国のことを放置するわけにも行かず、ダスティンと共に王宮に通い詰めている。もちろん彼の冤罪は最初に晴れているので、そこら辺の心配はない。むしろ今後の精霊塔の立て直しに尽力してほしいと、色んな人から強く言われているようだ。
ダスティンはと言うと、あの時シェドが「王ならお前のほうがマシ」と言ってしまったこと、さらに彼が本当に王家の傍系だということもあって、彼を王に据えた方が良いのではという動きが出て困っているようだ。
ダスティン自身は王になる気は更々無いらしい。せめて王の補佐とかその辺に落ち着くようにすると、エストと一緒に言っていた。
そんなこんなで、すでに一月近くが経っている。恵麻はというと、まだこの世界にいた。
代替わりが終わった後、シェドが言うには、力を新しい身体に定着させるのに少し時間がいるとのことだった。恵麻を元の世界に戻すのは、そのあとになると。
また大精霊時間で言われては堪らないのできちんと確認したところ、「エマが猫だったときよりは短い」と言われた。
恵麻が猫の姿で過ごしたのは、2、3ヶ月ほどだったと思う。なので、この世界で過ごすのも、あとひと月くらいということだ。
「…ふう」
恵麻は屋敷の3階部分にある自室のベランダから、外を眺めて息をついた。
すぐ下には屋敷の庭がある。まだ庭として完成していないらしいが、数人の庭師がせっせと手入れをしている姿が見えた。
少し離れたところには王都の街並みが見える。この国らしくカラフルな建物の屋根が景色を彩り、目に楽しい。
恵麻は現在、王都にあるエストのお屋敷に居候している。罪が晴れ、今回の事件の功労者だと認められ、しかもどうやら大精霊とも交流があるらしいぞということで、王家から丁重に扱われることになったエストは、王都の一等地にお屋敷をもらったのだ。どうやら冤罪のお詫びでもあるらしい。
ちなみにダスティンもアリヤナクアの屋敷ではなく、王都にある彼の屋敷に滞在している。二人共今は王宮に通い詰めなので、仕方ないのだ。
王宮には恵麻も何度か顔を出した。
さすがに王には事情を話す必要があり、恵麻が器であること、異世界から来たことなどをエストと共に説明した。
最初の印象と違って、王は何というか、話の分かる人だった。多分本来は決して愚王などではないのだろう。国を想うあまり、大士の甘言に乗せられた…それもどうかと思うが、そうなのだと思う。エストもそう言っていた。
大士の企みで、気づけば王の周囲には大士側の者ばかりが揃っていたらしい。これからはきちんとした側近が王を支えていくようにすると、ダスティンは言っていた。俺は絶対王にはならん、面倒だ、とも言っていた。
大士の失脚により、精霊士も貴族もバタバタのようだ。エストはなるべく屋敷で過ごしてくれているが、最近ちょっと痩せたと思う。心配だ。
そして恵麻はそんなエストを、見ていることしか出来ない。
「…私って、無力」
出会ったときが特殊だったため、恵麻とエストは長いこと二人三脚で頑張ってきた。でも本来エストはとびきり優秀な上級精霊士で、伯爵位まで持ち、何でもバリバリこなしてしまう人だ。ダスティンだって王家の血が流れる公爵様なのだ。
もはや代替わりを終えた恵麻など、ただの出涸らしのようなものだった。
けれど、それでいいのだ。
その方が元の世界に帰るのに、未練がなくて済む。
「ラナ様、どうされました?もう日が落ち始めていますし、そんな格好では冷えますよ」
「キーラ、ありがとう。大丈夫よ、私身体は頑丈だし」
「ダメですよ。旦那様が心配されますので」
キーラはエストが屋敷を持ち、恵麻もしばらく住むということが決まった際、ダスティンのお屋敷から転職してきてくれた。
恵麻が滞在するなら気心知れた者がいたほうが良いだろうと、ダスティンも快諾してくれたのだ。
でも恵麻は帰る予定なのにキーラに転職させてしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
キーラが温かいお茶を用意してくれるというので有り難く待っていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「ラナ、私だよ。今大丈夫?」
キーラにお願いして通してもらうと、エストはそそくさと部屋に入り、恵麻の隣に腰掛けた。
やっぱり、痩せた気がするな。
「おかえりなさい、エスト。…ご飯食べてる?」
「食べてるよ。いきなりどうしたの?」
「痩せたなって」
「そう?気の所為だよ」
エストはそう言って笑っているが、無理をしているに違いない。
「エスト、私に手伝えることなんて、ないよね…?」
「どうしたの?ラナ。私はラナがここにいてくれるだけで助かってるよ」
「うーん…」
エストは相変わらず恵麻に甘い。
それはとても嬉しいけれど。でも、完全に恵麻の我が儘だけど、少しでも何かの役に立ちたいのだ。
いつ元の世界に帰るかわからない身としては、余計に。
「じゃあ、エスト、今何か欲しい物とかある?」
「欲しい物?」
「うん。実はね、私、へそくりがあるの!」
「へそくり…?」
「あ、ええと、お金をね、稼いだんだ」
へそくりは通じなかったので、言い換える。
恵麻は今、本当に小規模だが庭の一部を借りて、薬草を育てている。
代替わりのため森に滞在していた時、シェドから、森の奥深くにしか生えていない貴重な薬草を教えてもらい、それを採取して持ち帰ったのだ。もちろんシェドと、それにエストの許可も得ている。
シェドいわく、霊力が全くない恵麻の体質は薬草栽培に向いているのだそうだ。ちょっとした霊力にも反応してしまう繊細な薬草でも、恵麻なら簡単に手入れができる。結果、育てている薬草達は順調に数を増やしていた。
その一部を試しに売ってみたところ、想像以上のお金になった。とはいえ、さすがに生活を賄えるだけの収入にはならないが。
現状、生活費はエストに負担してもらっている状態なため、ずっと申し訳なく思っている。恩返しにもならないとは思うが、初めて得たこの収入で、何かエストにプレゼントをしたい。
「というわけなの。記念すべき初収入は、エストのために使わせてほしい」
「そうか、あれが売れたんだね。…うん、ありがとう」
でも、欲しい物か…とエストは思案顔だ。
罪が晴れ、エストの私財も全て返ってきているし、こんな大きなお屋敷もある。元々エストは無欲だし、欲しい物と言われても、ぱっと思いつかないのかもしれない。
「ああ、それなら」
「なにかある?」
「デートしたいな」
「で、…デート?」
「うん。まだラナが猫だった時、人間に戻れたら一緒に街を歩きたいって、言ったよね。騒動続きで出来ていなかったし、一緒に出かけて、食事でもしたいな」
「そうだったね。懐かしい。…うん、エストが良いなら、もちろんいいよ。食事は私にご馳走させて!」
「ありがとう。実はラナがシンシア様と出かけてるのを見て、ずっと羨ましかったんだよね」
シンシアは未だに恵麻を気にかけてくれていて、時々街へ連れて行ってくれている。その度に何やら色々なものを買ってくれて申し訳ないのだが、明るく朗らかな彼女との交友はとても楽しい。
「その服も、シンシア様にもらったものでしょう?私も何か贈りたい」
「いや、それだと私がエストにプレゼントするって話が本末転倒になっちゃうから」
「私がラナにプレゼントさせてもらうことがプレゼントだよ」
「ややこしいよ…」
「ふふ。ちょうどね、明日は休みになりそうだったんだ。だから明日早速出かけよう。ラナはそれでいい?」
「もちろん!」
エストと二人で一日過ごすのは、かなり久しぶりだ。
何を着ていこうかな、とか、ちょっと浮かれてしまうのも、仕方ないと思う。
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