46. 王宮にて
「ですから、陛下。あの大士はこの国を乗っ取ろうと企んでいるのです。王である貴方のことでさえ、この言い様だ。エストは罪を着せられているだけです。大士を罷免しなくては」
「しかしな、公爵。彼は国でも最高峰の精霊士であり、長年国のために尽力をしてくれたのだ。その彼がこんなことを企んだなどと、容易には信じがたい」
「動かぬ証拠があるというのに、ですか?」
「この霊術具とて、信憑性は国の精霊士と共に検証の必要がある」
このアホ王め、とダスティンは内心舌打ちをした。
エストたちがケームノックの森へ出発すると時を同じくして、ダスティンはようやく許可を得て国王との謁見に臨んでいた。
しかし動かぬ証拠を提示したというのに、王は大士を裁くことを渋っている。
精霊士には大士の手のものが多数いるのだ。検証などされたら、この証拠をなかったことにされてしまう。
ダスティンなりに調べ上げたその他の説得材料も、国王はなかなか認めようとしない。
ここまで愚王だったか、とダスティンが嘆息していると、突然、がっしゃーーーーん!!とものすごい音を立てて部屋の窓の一つが割れ、そこから数人の人物が飛び込んできた。
突然の出来事にダスティンも王も呆気にとられたが、すかさず護衛の騎士が駆けつけた。
が、それは無意味だと、数分後には部屋の全員が悟ることになる。
「下がれ。我は王とやらに話をしにきた。どれが王だ?あれか?」
「…あそこに座っておられる方です」
「あれか。おい、お前。これを返すぞ」
「…エストに、ラナ?それに、お前たちまで…!?」
部屋の窓を割って飛び込んできたのは、今ケームノックの森で代替わりを行っているはずのエストにラナ、それに護衛にと同行させた公爵家付きの騎士であるエドワードとカミルだった。それに謎の老人も連れている。
それだけでも驚愕だと言うのに、彼らと共にいる見たことのない男は、王をお前と呼びズカズカと近寄ってきた。
護衛の騎士も瞠目して男を見つめるが、男からは謎の威圧感があり、何というか、部屋にいる全員が圧倒されていた。
「おい、お前たち、どけ。邪魔だ」
「な、何者だ…」
護衛の騎士はそれでも必死に剣に手をかけながら足を踏ん張っている。
その様子を見た男は不機嫌そうに眉を顰めた。
「ならば良い」
男がそう言い指を鳴らすと、護衛の騎士はあっという間に壁際まで吹っ飛んだ。
一応言っておくが、彼らは国の中でも精鋭の騎士だ。
「皆様、従って下さい。この方は大精霊シェドバーン様です」
「な…っ!?」
王を始めとする部屋の全員が絶句する。
ダスティンも開いた口が塞がらなかった。
これが、大精霊。
確かにただならぬ気配を感じるし、先程の騎士の扱いも、大精霊と言うならば頷ける。
「で、お前が王だな?」
「は…はい」
「ふん。ただの男ではないか。エスト、これが王なのか?」
「はい、そうです」
「では、この男が我を封印して精霊の力を手中に収めようなどと愚かなことを考えた愚王なのだな」
愚王と呼ばれた王はさっと顔色を悪くする。
どうやら大精霊シェドバーンはすべてを知った上でここへ来たようだ。大精霊の前では、王も赤子も同じ人間なのだろう。彼は王を睥睨すると、カミルが連れていた老人をふわりと浮かし、そのまま王に投げてよこした。
「お前の友人とやらを返すぞ」
「な、こ、これは…?」
「わからんのか?大士と呼ばれていた男だ」
「なっ…!?」
これにはダスティンも驚いた。
大士は確か現在40代後半だ。この、100は生きましたと言われてもおかしくないしわくちゃの老人が、大士だというのか?
「大士は封印の霊術具を使い、失敗し、反動で獣となった上、代償で老人化しました。シェドバーン様はこの通り健在であられます。…陛下、目を覚ましていただく時かと」
エストが補足するように説明する。
それでもよく分からないが、どうやら大士は計画に失敗して老人となったようだ。
王は信じてきた友人の変わり果てた姿と、目の前に不機嫌そうに立つ大精霊の姿を交互に見て、視線を泳がせている。額からは大量の汗が流れ出ており、顔色は蒼白だ。
「…おい、この男、本当に王なのか?ただの小物にしか見えん」
「…確かに、今代の王であられます」
「気に入らないな。ならば横に立つこの若い男の方が、よほど気配がしっかりしている。お前が王になった方がマシではないか?」
大精霊が突然ダスティンに話を振る。
ダスティンは胃に穴が開くのではないかと感じた。
「まあ良い。お前たちの国ことはどうでも良い。我がここに来たのは、忠告のためだ」
大精霊シェドバーンがそう言うと、辺りの空気がずしりと重くなった。
先程までこの大精霊が手加減をしてくれていたということが、よくわかる。
先程壁まで吹き飛ばされた騎士は蓄積されたものがあったのか、この気配に負け、気を失った。
「我はこの地の森を司る大精霊、シェドバーン。お前たち人間がこの地に住み、何を考えどう生きようと、我は関与しない。しかしそれは我と我のものに手を出さないという条件の元でだ」
大精霊シェドバーンの瞳が、怪しく光る。
その目は感情めいたものを感じない、冷たいものだった。
「お前たちが精霊術と呼ぶものは、お前たちの生活を豊かにするためにあるのではない。自然の循環の中でお前たちを通過している、ただそれだけのもの。それはお前達のものではない。この地のものである」
「お前たちが我に、この地に牙を剥くというのであれば、我はお前たちに一切の慈悲を持たない。その時我はお前たちを、この地の敵と見做す」
そしてそれは我だけではない、他の大精霊もであろう。
大精霊シェドバーンはそう言うと、ふわりと浮いた。部屋の温度は冬の夜のように冷え切っており、誰一人言葉を発せない。
「…シェド、もう、森に帰ろう?言いたいことは言えたよね?」
「ん?そうだな。エマ。帰るぞ」
「うん。…あの、では、失礼しました」
その場の時を動かしたのは、ラナだった。
場に似合わない、涼やかな声で大精霊をシェド、と呼ぶと、まるで大精霊の身内かのような気軽さで声を掛け、出ていこうとしている。
「待ってラナ。私も一度戻るよ」
そしてあろうことかエストも出ていこうとしている。
いや、お前は是非この場に残ってくれ。色々報告すべきことがあるだろう。
しかしこのラナファーストな男は結局大精霊と共に消えてしまい、ダスティンはことの顛末をエドワードとカミルから聞くことになるのだった。
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