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41.大士との対決①





消えてもらう、そんな物騒な言葉とともに、大士が両手を指揮者のように振るう。すると地面は揺れ、風は嵐のように吹き荒び、風に混じって飛び交う葉は刃のように恵麻たちを襲った。



「ラナ!」



エストが瞬時に結界を張り、ナイフのような葉から守ってくれる。次いで反撃をしようとするが、大士は嫌らしく恵麻ばかりを狙って攻撃を展開した。するとエストも恵麻を護る方に力を割かなくてはならない。



(だめだ、私が邪魔だ!)



どうにかして自分で身を守らなければ。でも、恵麻にはまだ精霊術がうまく使えない。付け焼き刃的なものは出せるが、大士からの攻撃を完全に防ぐようなものは難しいだろう。



恵麻は思考を巡らせ、咄嗟にシェドに駆け寄った。



「シェド!お願い!守って!死んじゃうから!」

「言われずともそのつもりだ。ああ、厄介な」



シェドは恵麻を左腕に抱えるとそのまま浮上し、右手をぱちんと鳴らした。

途端に吹き荒れていた風も感じなくなる。シェドが張った結界は完璧だった。



「さすが大精霊…」

「あの男、殺していいだろう。代替わりを邪魔し、我を封印しようとした」

「もしかして、最初のあのジェルみたいな…?」

「ジェルが何かは知らんが、先程押し寄せたあれ。不快だ。あれがお前たちの言っていた、霊術具というやつだろう」

「あれが…」



恵麻が核を持ち出したから、しばらく霊術具は起動できないはずだったのに。それに、大士はどうやってこんな森奥深くまで、タイミング良く追いかけてきたのか。

周りを囲む精霊士に騎士。裏切ったアイーダ。

改めて厄介な敵を相手にしているのだと感じ、恵麻の背中を冷たいものが流れた。



「目障りだ。すべて消す」

「あ、ま、待って」



代替わりは終わっていない。でも、シェドならこの状態でもきっとすべての敵を殲滅できるであろう。



けれど恵麻はこの期に及んで、殺戮に同意ができなかった。恵麻は平和な日本で育ったのだ。人が殺される場面など、創作でしか見たことがない。それに、辺りを囲む騎士も精霊士も、アイーダだって、まだ若い。大士に脅されているのかもしれない。全員をただ殺してしまうのは、怖かった。



(どうにか殺さずに済む方法は…)



そんな甘えたなことを考えている自分に嫌気がさす。

ふと、浮上した恵麻たちの足元にいるエストが、こちらを振り向いた。



「ラナ!シェドバーン様!」


エストは風に負けじと声を張り上げている。


「少しでいい!時間を下さい!ここは私が収めます!」

「…は、若造が何か言っているぞ?エマ、あの男も一緒に消していいか」

「だ、駄目!!絶対に駄目!!!」



シェドは昏い目をして辺りを睥睨している。まずい。このままではここは血の海になる。



「お願いシェド、少しでいいからエストに時間をあげて!それで駄目なら、好きにしていいから!」

「…」



恵麻がシェドの胸ぐらにつかみかからんばかりの勢いで懇願すると、シェドはつまらなそうに息を吐いた。



「…まあいい。少しだ。我は我とお前が無事ならそれでいいからな」

「ありがとう!!」



恵麻はエストを振り返る。

エストは一つ頷くと、大士の元へと歩みを進めた。

それを見た大士は面白そうに口元を歪める。風が少し止んだ。



「ほう、エスト。私を相手に戦うか?」

「一つ聞かせて下さい、大士。…なぜ、こんなことを?」

「なぜ、だと?…相変わらずお前は、甘いな」


大士は小馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、エストへと近寄った。

二人の距離はもう、数歩分ほどしかない。



「お前はなぜ疑問に思わないのだ?この国の舵取りを、ずっと精霊に任せていることに。ここは我々の領土だ。我々の国だ。精霊のいない国では、国は人間のものだ。彼らは自由に生きている」

「ですが、精霊の加護があるからこそ、我々は精霊術という力を」

「バカバカしい。そんなもの、無くとも新しい技術を開発すれば良いのだ。海を渡った他国には、そうした力を手に入れつつある国もある。…ここはもう、ただの埃被ったカビ臭い国になりつつあるんだよ」


大士がふと、顔を歪ませる。


「私もお前くらいの年の頃にはな。夢を見て、理想を語ったものだ。だが思い知ったよ。何をしても、何を目指しても、精霊が邪魔をする。精霊の機嫌を伺っている限り、この国は進歩しない。だから私が覇権を握る。私が精霊の力も、王の力も、すべてを手に入れて、国の、いや、大陸の覇者となるのだ!」



何となく、だが、大士の考えていることが少しだけ、理解できてしまう気がした。

精霊という決して相容れない存在。理解し合えない存在。恵麻の世界で言うならば、神のような存在。それに頼ってきたこの国は、確かに人のものではなく精霊の国だ。精霊が否やと言えば人の意見など採用されない。人はあくまで、精霊のもとに生かされている。


もし大士がずっとこの国を良くしようと足掻き、しかし精霊と相容れず辛酸を舐めてきたのだとしたら、今回の暴挙に至ったわけも理解できる気がした。




「…貴方の考えは、理解しました」


エストが呟く。


「精霊塔にいた頃の私は、愚か者でした。精霊がこの国の礎となっていることになんの疑問も抱かず、己の力を他者のため使っていればいくらでもこの世はよくなる。そんな頭に花が咲いたようなことを考えて、日々を過ごしていた。…でも、貴方に追われ、ラナに出会って、わかりました」

「ラナ。…器か」

「ラナは異世界から来た存在。彼女の国に精霊はいません。人は人の力で技術を発展させ、この国よりもずっと高い文化水準を誇っているそうです」



恵麻は以前エストに、飛行機や電車、夜も明るい街、テレビにスマホなんかの話もしたことを思い出した。



「貴方の言うように、このままではこの国はただの遺跡となり、他国はどんどん発展していくかもしれません」

「エストにしては、物分りが良いな。そうだ、だからこそ私は、国の発展のため、精霊を封印するという大義を果たそうとしているのだ!エスト、お前も理解したのならいい。私のもとに来い。また使ってやろう」

「違います。だからこそ我々精霊士が、精霊と共に生きていける国を、作らなくてはならないのです!!」



エストが声を張り上げる。



「大士。貴方のやろうとしていることは、矛盾している。先程貴方は国の発展などと耳障りの良いことを言いましたが、精霊の力を貴方個人のものにして、それを利用しようとしている時点でただの詭弁にしかならない。精霊に頼るべきでないと主張するのなら、なぜその力を得ようとするのですか。この国を思うなら、精霊との共存を目指すべきであって、私有化するべきではない。貴方のやろうとしていることはただの、精霊への復讐だ!!」



恵麻はここまで声を張り上げるエストを初めて見た。彼の叫びはまるで血が滲んでいるようで、恵麻はなぜか胸が締め付けられるような気がした。



「…拾ってやった道端の石ころのようなお前が、図体ばかり大きくなったと思っていたが、いつのまに私に偉そうな口を叩くようになった?」



エストの言葉を聞いた大士が静かにエストを睨む。

その目は据わっていて、恐らく彼を説得で止めるのは無理だろうと、恵麻は感じた。



「…息子というものは、親を超えるものです」

「お前を息子と思ったことなど、ただの一度もない!!!」


大士はそう叫ぶと両手を勢いよく合わせた。

するとエストの下の地面が盛り上がり、大きな音を立てて割れる。



エストは身体強化なのか風術なのか分からないが、ふわりと跳躍し地割れを回避した。



「消えろ、エスト!目障りだ!!」

「…あなたこそ」



大士が火柱のようなものを起こし、エストへ向かって放った。その火は青に近く、かなりの高温だということがわかる。

エストはそれを水術で退ける。火と水がぶつかり、水蒸気で辺りが真っ白になった。


二人の姿は見えなくなってしまったが、白い蒸気の中から光や火、強風が起こる。大きな音がする。エストと大士が激しくやり合っているのがわかった。



「エスト…」



エストは精霊士である。彼の仕事は精霊術を使って戦うことではない。

エストはかなりの精霊術の使い手のはずだが、戦い慣れてはいないはずだ。そのエストがあの大士を相手に戦えるのだろうか。



心配でなんとか状況を把握しようと、彼の気配を探る。まもなく蒸気が収まり、エストの気配がする方に人影も見えた。



「…!!エスト…っ!!」



組み合う人影。よく見るとエストが大士の上に馬乗りになっている。手には氷のようなもので出来た剣。それが大士の首筋を捉えていた。



「…大士、精霊術はお見事です。ですが運動不足ですね」

「…はっ、お前も人のことは言えないだろうが」

「昔の私とは違います。誰かさんのおかげで、森の中を徒歩で歩き回る生活をしましたので」

「…く、ははははは…!」



大士は大の字になって笑う。

ひとしきり笑うと、エストの突きつける剣を握った。大士の手から血が流れる。


エストがそれを見て、息を呑んだのがわかった。



「エスト」



大士がいつになく優しい声音でエストの名前を呼ぶ。



「お前に俺は殺せないよ」



まるで父親が息子に語りかけるように。


「できないだろう?お前に俺は殺せない。

俺がそう育てたからな」


エストの手元がピクリと動く。しかしエストはそれ以上、動かない。


「お前は昔から甘かった。出自の割にひねくれず、正義感とやらに溢れ、誰にでも優しい。でもまあ、それは利用しやすいということでもある。

だからな、お前が俺の雛鳥になるように。俺は育てたんだよ、お前を」



離れていてもわかるほど、エストの顔色が青褪めていく。口元はきつく結ばれ、震えている。



「殺せないだろう?俺はお前にとって、唯一の親だ」 



エストの目から、涙が流れたように見えた。彼の剣を握る手が、少し緩んだのか、剣が大士の首筋からわずかに離れる。




その瞬間、大士の手から氷のつららが飛び出し、エストの脇腹を切り裂いた。





いつも閲覧、イイネ、ブクマ等ありがとうございます!

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