40. 代替わり②
翌朝、日が昇るとともに、一行はさらに森の奥へと進んだ。
しばらく歩いた先、突然目の前に広がっていた森が開け、大きな湖が視界に飛び込んできた。
「きれい…」
湖は透き通っていて、空を映して青く染まり、キラキラと輝いている。絵本の中に出てきそうな光景だ。
恵麻の周りを飛んでいた小精霊たちが、嬉しそうに跳ね回っている。
「ふふ。皆もここが好きなの?」
しばらくはしゃぐように飛び回る小精霊たちをほのぼの見つめていたが、ふと、彼らがこの場を動かないことに気付いた。
「あれ、もしかして、ここなの…?」
「ラナ?」
「精霊たちが動かない」
エストと並んで周囲を見回していると、急に湖の方から濃密な気配を感じた。
「これって」
恵麻が口を開いたと同時に、カッと湖が光る。
エストが咄嗟に覆いかぶさってくれたが、それでも目を開けていられないくらいの眩しさだ。
数秒後、ようやく光が収まったようで、恐る恐る目を開ける。
いつの間にか恵麻とエストの周りにはエドワード達が囲むようにいた。さすが騎士、何とかかばうように前に出てくれていたらしい。しかし光に勝てる人間などいない。エストもエドワード達も皆同様に目を瞑っていたようで、うずくまるような体勢からそっと身を起こしているところだった。
「あれは…」
「…シェド?」
目を開けて見つめた先、湖面の上に浮かぶようにいたのは、シェドだった。
湖から上がってきたのだろうか。髪が濡れているが、シェドが指先をふっと振ると風が彼を包み、あっという間に乾いていく。
「エマ。ようやく来たな」
「シェド、もしかしてそれが?」
「そうだ。我の新しい身体だ」
見た目は以前と変わっていないが、最後に会ったシェドは透き通っていたのが、今のシェドはハッキリと存在している。それに何というか、滲むように光っている気がする。夜に会ったら目立ちそうだ。
「エマ、こちらへ」
「あの、シェドが来てくれない?湖に入るの怖くて」
「む、そうか」
エドワード達は恐らく初めて見たであろう大精霊の姿に目を瞠っていたが、恵麻が当然のように普通にやり取りする姿を見てさらに驚愕の表情を浮かべている。
エストは最早見慣れたと言わんばかりだが。
シェドは記憶も性格もそのままのようだし、見かけも変わっていない。言われてみれば何だか若々しい気がしないでもないが、きっと気の所為だろう。
シェドは恵麻の目の前まで来ると、そっと手を恵麻の額にかざす。
するとジワジワと額が熱くなり、次第にその熱は全身へと広がっていった。
「…っ」
「…ラナ、大丈夫…?!」
「へ、へいきよ」
痛みはない。熱さも熱いというより温かいに近く、苦痛なほどではない。
しかし感じたことのない感覚に、恵麻は少したじろいだ。
思わずこちらに駆け寄ってこようとしたエストを、慌てて宥める。
(…これで、代替わりが…)
無事に、終わる。
そう思った次の瞬間、突然ドスンッという地響きがした。恵麻は急な揺れに耐えきれず、地面に尻もちをつく。
何か、ジュルジュル、というような嫌な音がしてはっと顔をあげると、恵麻とシェド達を半透明の、どろどろとした何かが包み込もうと押し寄せてきた。
それは辺りを囲むように迫り、恵麻の頭上にも伸びていく。このままだと、皆この中に閉じ込められてしまう。
「な、なに…っ?」
「これは…!」
「…」
恵麻が動揺し、エストが恵麻を背にかばう。シェドは恵麻の額から手を離すと、眉間に深いシワを刻んでその何かを睨んだ。
「…浅はかな。おい、お前。あの男とやらはお前がどうにかするのではなかったか?」
シェドは吐き捨てるように言うと、片腕を大きく振った。
すると風のような、圧力のようなものがシェドから吹き出し、球体のようになって皆を包もうとしていたどろどろはパンっと弾け飛ぶ。
「…おや、代替わりの前に間に合ったと思っていたのですが。まだ振り切る力がありましたか」
「!!」
森からそんなセリフを吐きながら現れたのは、初めて会った時エストが着ていた長衣を数倍派手にしたような服に身を包んだ、40代くらいの男だった。
耳や首からも宝石のようなものがぶら下がっていて、光を反射してギラギラと輝く。背は高いが横にも大きく、元の世界のセクハラ上司を彷彿とさせる目でこちらをニヤニヤと見ており、どう見ても恵麻たちの仲間だとは思えなかった。
「…大士!」
「あれが…?!」
エストが彼を見て、大士、と叫ぶ。
どうやらあれが噂の腹黒大士のようだ。
「あなたは王宮にいたはずだ…!見張りもつけていたというのに!」
「お前は相変わらず、素直だな。私がお前の企みに気付いていないとでも思ったか?」
こちらには騎士二人に大精霊、そしてエストもいるというのに、大士は全く気にしていないかのように近づいてくる。
(あれ、騎士二人…?アイーダさんは?)
一人足りないことに気づき恵麻が周囲を見回していると、大士はさらに近付いてきた。
「いいか?エスト。お前の目に見えるものだけを信じているようでは駄目だ。そして、人の心は見えないものの最たるものだ。こんなふうに」
「あっ…!」
大士が手招きすると、その後ろに控えるようにそっと立つ女性騎士。
それはどう見ても、アイーダさんだった。
「アイーダ!なぜ!!」
「団長。…言い訳はしません」
「ははは!騎士はいいな!笑ってしまうほど、高潔で…馬鹿だ!」
「この…っ!」
エドワードが剣を手に踏み出すが、大士が同時に手を前に突き出すと、あっという間にエドワードの身体が傷だらけになった。彼の騎士服が、血で汚れていく。
「エドワードさん!!」
「くっ…」
「調子に乗るな、騎士ごときが。私は大士。この国の精霊士の頂点に立つ男よ」
「…そちらこそ調子に乗るなよ。我々は騎士だ。戦いを諦めることはない。カミル!」
「はい!」
エドワードの呼びかけにカミルは即座に応じると、さっと手をかざす。エドワードの身体が膜のようなものに包まれた。結界だ。
「ほう、そちらの男は精霊術をかじっているのか」
「おおっ!」
同じように結界で身を覆ったカミルと共に、エドワードが大士に斬りかかる。しかしそれを、アイーダが止めた。
「アイーダ、お前、裏切っていたのか…!」
「…団長に護るものがあるように、私にも護るべきものがあります!」
「その男をか!?」
アイーダは強かった。エドワードとカミルの二人を相手取り、応戦している。
しかしやはり長くは保たず、段々と防戦気味になっていった。
「ほら、アイーダ。頑張れ」
押され始めたアイーダに向けて、大士がなにやら呟くと共に、彼女の背をぽんと叩く。
「ぐ、あああっ!!」
「アイーダさん…!?」
アイーダは一度大きく咆哮し、ガックリとうなだれる。エドワード達が様子を伺いながらジリジリと寄っていくと、急に顔を上げたアイーダが恐ろしい唸り声を上げながら二人に斬り掛かっていった。彼女の動きは先程よりも格段に早く、目は血走り、噛み締めた歯からは血が滲んでいる。
「大士、何をした!」
「応援しただけだ」
あまりにも異常なアイーダの様子に、エドワードとカミル二人を持ってしても押し返される。騎士の戦いは混戦を極めていた。
「さて、私は私の仕事をしよう」
大士はそう言うと戦うエドワード達を尻目に、恵麻たちの方へと歩いてくる。
彼の言葉に呼応するかのように、がざざ、と周囲の森から人が飛び出してきた。精霊士と騎士、両方が入り混じっている。かなりの数だ。2,30人はいるだろうか。
「大精霊シェドバーン、そしてその器。私の野望のため、消えてもらおうか」
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