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4.飼い猫希望です



あれから3日が経った。ちゃんと夜が3回来たのを確認したので、今回は確実だ。



恵麻は男を川から少し歩いたところにある小屋のようなところへ案内した。

古く所々朽ちているが、意外と中はキレイだ。

川周辺を探索していたときに見つけた場所で、人が来るかもしれないと、恵麻もしばらく過ごしていたことがある。結論は、ただの廃墟か、または木こり的な人が利用する小屋かという感じだ。


追われる身とのことなので洞穴とかの方がいいかと悩んだが、男はとりあえずこの場所に満足してくれたようだった。




恵麻はさらに、彼を川から離れた雑木林に案内した。

人がしばらく過ごすなら、火を使いたくなるだろうと思ったからだ。川の近くは飲み水には困らないが、木や葉っぱが湿りがちで、薪に向かない。


それに木の実や果実が豊富な場所へも案内をしてやった。

我ながら至れり尽くせりな待遇だ。



男は恵麻の意図を驚くほど的確に理解し、果実を採取して、枯れ木を集めた。




驚くべきはさらにある。

どうやって火を起こすのだろうと見ていたら、男は指をパチンっと弾いた。するとなんと、小さな火が指先に現れたのだ。


まるで魔法だ。恵麻がみゃー!っと叫ぶと、男は恵麻が火を怖がったのかと思ったのか、「いきなりすみません。次は火を起こす前に言いますね」と律儀に謝った。




男は名をエスト、と名乗った。

恵麻が普通の猫ではないことを理解したのか、それとも元からちょっと天然なのかは不明だが、猫の恵麻に対して簡単な身の上話まで披露してくれた。


「私は精霊士でして、一応、次期大士と言われていました。大士は王に次ぐ、いや、王と同等の権力を持つと言われているほどの立場ですので…これまで脇目も振らず、必死に精霊士としての修行を行ってきました」


恵麻にはところどころ単語の意味がわからない。せいれいし?


「ですが、当代の大士の企みに気付いてしまいまして…。おまけにそれが大士本人にばれて、国を追われる羽目に。情けない話です」

「うみゃ…?」


恵麻が首を傾げてみると、エストは恵麻を膝に乗せ、幼子に言うように説明をしてくれた。


「人の文化に興味はありませんよね。我々人間は、この森にもたくさんいる精霊…そして自然の理を司る大精霊様を敬い、崇めて生きているのです。彼らの力の恩恵にあやかって生きていますからね。そしてその精霊と対話し、彼らの力を一部借りて精霊術…先程の私の火術のようなものですね。それを行う者が我々、精霊士です。大士は精霊士たちの長ですね」

「にゃー」


なるほど、よくわかった。森にいる、恵麻が妖精だと思っていた生き物。あれは精霊なんだろう。

人々は精霊を信仰して生きていて、エストのような不思議な術を使える人たちが精霊士。

そういえばエストが倒れていた時、精霊が彼の周りをうろついていた。あれは彼が精霊士だから、精霊が心配で見に来ていたとか、そういうことなのかもしれない。


今の大士が何やら悪いことを考えていて、エストはそれを知ってしまったために追われる身となった。そういうことらしい。



「まぁ、もう私には、関係ないことかもしれないです。…少々、見たくないものを見すぎて、疲れました」


エストは苦笑している。

その表情はひどく寂しそうで、何の事情も知らない恵麻でさえ、胸が締め付けられる気がした。


「…それにしても、やはり貴方は普通の猫とは思えません。こんな精霊の住まう森に普通の猫は生息していないはずですし…。見た目も野生と言う割には美しい」

「うにゃにゃっ!」

(そうなの、私普通の猫じゃないのよ!元は人間なの!)


気を取り直したように恵麻を抱きかかえ、不思議そうに呟いたエストの言葉に、恵麻は反応する。

もしかして、精霊術とやらがあるくらいだし、人が猫になっちゃうとかそういう不思議な術があって、恵麻もそうなのだと見破ったりしてくれないだろうか。

恵麻はそう期待して、鳴いて訴えた。


「…でも、精霊や人が動物に変身する術は確認されていませんし…、貴方は精霊の愛し子という可能性の方が、高そうですね」

「にゃあ…」


だめだ。次期大士と言う何だかすごそうな肩書を持つ彼でさえ、人が猫になった例は知らないらしい。だとしたら一体、恵麻の身に何が起きたというのだろう。


エストは度々恵麻を「愛し子」というが、それが何なのかは説明されていない。けれど恵麻は元々人間なので、愛し子云々は残念ながら彼の勘違いだ。


(…それにしても)


恵麻はエストに抱かれながら、深い溜め息をつく。

彼から聞いた話は全て、日本、いや地球上ではおとぎ話レベルだろう。

精霊も精霊術もないはずだし、いたとしても認識されていない。精霊士なんて、存在しない。


(…ここは、どこなの…)


恵麻はやはり、どこか自分の知る世界とは別の世界に迷い込んだようだ。




薄々感づいてはいた。これは夢じゃない。お腹も空くし、動けば疲れるし、転べば痛い。ここで寝ても、目を覚ませばまたこの森にいる。これはきっと、夢じゃない。


(…異世界、とか…?)


ゲームや小説で、よくある展開。

それに恵麻は聞いたことがある。山や森などの自然には、そういった別世界への扉があると。


都市伝説やおとぎ話だとしか思っていなかった出来事が、今、自分の身に起きている。


(…これから、どうしよ)


ここへ来てだいぶ時が経つ。もはや正確には分からないが、多分二桁くらいの日数は過ごしているはずだ。

今更混乱したり取り乱したりはしないが、絶望はしている。

だって、恵麻は猫なのだ。人でさえない。生きていくだけはできるかもしれないし、猫として生きるのは気楽だ。でも、このままずっと、いつ終わるかわからない猫の寿命を、人としての意識を保ちながら過ごすと思うと、正直気が狂いそうだった。


(今はエストがいるけれど)


エストといれば、時々彼が話しかけてくれる。猫に対して、だから、対話は無理だけれど、彼が話しているのを聞いているだけで、恵麻は救われる思いだった。

そして同時に、これまで必死になっていて忘れかけていた、人と過ごすことの温もりを思い出してしまっている。彼がこの森を去ったら、恵麻は再び訪れた孤独に、恐らく耐えられない。



恵麻はエストの手に顔を擦り付け甘えながら、考えた。

そして唯一にして最適な選択肢を、思いついたのである。


(飼ってもらおう)


それしかない。

ここで彼と過ごす間、一生懸命彼の役に立って、猫としての可愛さもアピールして、手放したくない存在になるのだ。

そして彼の飼い猫になる。そうすれば、恵麻は安全な寝床と食料を得られるし、孤独にもならない。


(…エストが追われる立場ってのは、ちょっと不安だけど)


話を聞く限り国家レベルの陰謀に巻き込まれている気がするが、恵麻は猫だし、まあ、大丈夫だろう。



「どうかしましたか?」

「うみゃあ」


恵麻がエストをじっと見上げていたからか、エストが心配そうに声をかけてくれる。

うん、やはり、もうこの温もりは手放せない。



「…そういえば、貴方の名前を知らないですね。名前はないのかな」

「いみゃ」


恵麻、と発音してみようとしたが、やはり無理だった。

でも、呼び名はほしい。恵麻じゃなくても、名前は欲しかった。


「もしよければ、私が付けてもいいですか?」

「にゃにゃ!」

「ふふ、はい、ありがとうございます。うーん…そうだな、にゃーこ、にゃんにゃん、にゃんぴー…」

「にゃあ!?」


(名付けのセンス、絶望的じゃない!?)


麗しい彼の口から飛び出すとんでもない名前に、恵麻は震えた。

なんとか首を振り、鳴き声を上げ、不服を伝える。


「駄目ですか?うーん、そうだな…」


エストがじっと恵麻を見つめる。そしてしばらくすると、そうだ、と顔を輝かせた。


「ラナ、はどうですか?」

「らにゃ?」


お、なんかいい感じに発音できたぞ。


「はい。ラナ。海を司る大精霊様、ラナエリヤ様から取りました。貴方の瞳はとても美しい青ですので」


恵麻はそこで初めて、自分の瞳が青のままなのだということを知った。

人だった頃、父がドイツ人だったこともあって、恵麻の瞳は青だった。水面に映る自分の姿では、そこまでの詳細な色合いは把握できなかったのだ。



ラナ。先程までのにゃんぴーからは想像できないような、素敵な名前だ。

恵麻、改めラナは、可愛らしい声を上げて賛同を示した。


「気に入ってもらえましたか?良かった。では、ラナ。これからしばらく、よろしくお願いしますね」

「にゃんっ!」



こうして恵麻は、エストの飼い猫希望のラナとして、彼のお供をすることとなったのである。




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