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36. シェドの来訪





恵麻は与えられた客室の大きなベッドで眠っていた。


ふと、何かの気配を感じて、恵麻はうっすらと目を開けた。客室の天井が目に入る。まだ早朝なのか、周囲は暗く、カーテンの隙間からは滲むような朝日が見えている。



(…まだ早すぎる。寝よう)



改めて二度寝しようと寝返りを打ち横を向いた恵麻は、見知らぬ男と目が合った。男が、当然のように添い寝をしている。男にじっと見つめられ、恵麻の心臓は驚きのあまり数秒止まった。

 


「…おい」

「…っ!!!!」



男が声を掛けてきたことでこれが現実だと理解した恵麻は、本当に久しぶりに、腹の底から大絶叫した。



「きゃーーーーーーーーーーーー!!!!」




その声はどうやら周囲に響いたらしく、近くの客間に泊まっているエストが血相を変えて飛び込んでくるまで、数秒とかからなかった。







「全く、そこまで驚くことか?」

「驚く、驚くわよ…!なんで、なんでこんな、急に、現れて…!」

「お前が人間に戻る頃、来ると言ったろ」



見知らぬ男と思ったのは、なんとシェドだった。何を思ったかシェドはのんびりと恵麻の隣でくつろいでいたのだ。

恵麻に大絶叫されたシェドはうるさそうに耳を抑えながら浮遊し、今は部屋をふわふわと漂っている。



「だからってなんで隣で寝てるの!もう、本当に驚いた…!心臓が止まるかと思った!!死ぬところだった!!」

「人間は驚いたくらいで死ぬのか?本当に、脆いな」

「脆くて結構だから、もうこういうことはしないで!」

「わかったわかった」



久しぶりに見たシェドは相変わらずで、見た目も態度も全く変わっていない。



「…シェドバーン様、お久しぶりです」

「ああ、お前か。うん、誰だったか」

「エストです」

「ああ、エマの世話係だな」

「世話係なんかじゃないって」

「違うのか。まあいい。まだいたのだな、お前」

「はい。彼女と行動を共にさせてもらっています」

「ふん、役に立っているならいい」


シェドは相変わらずの塩対応をエストにすると、ふっと恵麻の前まで飛んでくる。


朝日が昇り、明るくなった部屋でシェドを見ると、何だか少し違和感を感じた。



「…シェド、なんか…以前より、透明じゃない?」

「そうだ。エマ、代替わりが近い」

「えっ」

「この体はもう限界だ。もう幾日で消えるだろう。今日はお前に最後の仕上げをしに来た」

「仕上げ?」

「晴れて人の体に戻れたお前に、我の力をすべて預ける」

「ぜ、全部?」


シェドは大精霊だ。そんなすごい存在の力を全部預けられると聞き、思わず恵麻は怯んだ。


「案ずるな。お前はこの世の理を外れているから、我の力にも耐えられる」

「そう、なの?」


不安が顔に出ていたのか、隣に立っていたエストが恵麻の手をぎゅっと握ってくれる。

恵麻は思わずその手を握り返した。


「というか、お前が寝ている間に力を預けた」 

「えっ?!もうやった後なの?!」

「何も影響はないだろう」

「確かに、何も感じてないけど…!そういう大事なことは起きてるときにして!」

「そうか?」



相変わらず勝手なことばかりするシェドに、怒りを通り越してもはや呆れる。

恵麻はため息をつくと、気を取り直してシェドに聞いた。



「それで、私はこの後どうしたらいい?」

「新しい我の体はあの森にある。お前がこちらの世界に来た時落ちてきた森だ。新しい体だけは動かせない。森で代替わりをするぞ」

「森に行けばいいのね?」

「ああ」

「分かった。…でも、まずいよね、エスト。ケームノックの森には、大士が代替わりを狙って来るかもしれないんでしょ?」

「そうだね。今のところ大士は王宮にいると、ダスティンから聞いているけれど、急ごう。先回りしなければ」


代替わりをするというときに大士が来てしまったら、何かしらの妨害を受けるか、最悪封印の霊術具を使われてしまうかもしれない。


「では、森で落ち合うぞ」

「あ、待って、シェド!」

「なんだ?」


またもや言いたいことを言って消えようとしたシェドを、恵麻は慌てて止める。

今度こそ、聞かなくてはいけないことがある。


「代替わりが終わったら、私はどうなるの?」

「お前か?」

「そう。私は代替わりのためにこちらに呼ばれたんでしょう?役目を終えたら、元の世界に帰るの?それとも、帰れないの?」


ついに答えが聞ける。

恵麻がドキドキしながら答えを待っていると、シェドから信じられない回答が返ってきた。


「どうだったかな」

「…は?」

「帰してやることはできるはずだが、新しい体になってからしばらくは、異世界へ空間をつなぐことが出来ない可能性がある。以前の代替わりからだいぶ時間が経ったからな、忘れてしまった」

「えっと、つまり、しばらくは帰れないかもしれないってことよね。それって、どれくらい?」

「どうだったか…数日か、数ヶ月か、数年か、数十年か。やってみないことにはわからん」

「ちょっ…」


数日か数十年って、振り幅がありすぎる。

相変わらずの大精霊時間に、恵麻は焦った。


「数十年も待ってたら、私、死んじゃうんですが!」

「ああ、そうか。忘れていた」

「〜〜〜っ!じゃ、じゃあ、帰れない場合、こっちで生きていく分には、影響はないのね?なんか世界が合わないとかで死んじゃうとか無いよね?」

「心配するな。死ぬことはない。が、身体に変化はある可能性がある」

「変化って…?」

「大したことではない。忘れてしまったが」

「何でそれも曖昧なの…っ!」


腹が立ってきた。

そちらの都合で呼んでおいて、帰れるかも分からず、こちらで生きていくとしても何か不都合がある可能性があるだなんて。

そんな理不尽ったらない。


「もう、いやだ。シェドなんて嫌い」


追い詰められた恵麻は子供のような捨て台詞を吐くと、フラフラとベッドへ座り込んだ。

そんな恵麻を慌ててエストが支えてくれる。


「嫌い、は困る」

「は?」

「お前は我の器、我の唯一だ。お前に拒絶されると、我は落ち着かない。人里一つくらいは吹きとばせそうなほど落ち着かない」

「ちょ、やめてよ!なにそれ」

「案ずるな。新しい体になれば我の力も満ちる。そう待たずとも、今よりも強力な力を振るえるはずだ。その時にはお前の望むようにしよう。それに変化というのも、命には関わらん。だから嫌いにはなるな」



シェドの琴線が全くわからない。

人間の小娘一人がシェドを好きになろうが嫌いになろうが、彼には何の影響もないと思うのだが。



だが、平坦な表情ながらも少しだけ子犬のような雰囲気を出しているシェドは本気で困っているようで、全く理解の出来ない恵麻はとにかく頷くしか無かった。



「わ、わかった。嫌いにならないから、新しい体になって、私の願いを叶えてね」

「心得た」



そう言うとシェドはまた元の飄々とした態度に戻り、ふわりと浮いた。


「森で待つ」


強い風が一迅吹いたかと思うと、次の瞬間にシェドは消えていた。

嵐が去ったようで、恵麻ははーっと息をつく。



「…大精霊って、みんなああなの?」

「そもそも一般人は大精霊様に会うことがないから…」

「そうだよね…」

「ラナ、大丈夫?顔色が悪い」

「シェドが怖がらせるようなこと言うから、疲れただけ。大丈夫だよ。どうやら私は死ぬことはなさそうだし、それが分かっただけでも良かった」


恵麻は疲労感たっぷりに頷くと、気を取り直して顔を上げた。



「エスト、森に行かないとね。いつ行けそう?」

「そうだね、ちょうど準備も整ったところだ。今日明日中には手筈を整えるよ」

「良かった。じゃあ、急ごう」





こうして恵麻は始まりの森へと戻ることになった。




いつも閲覧、ブクマ等ありがとうございます!物語は後半戦へと突入します。

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