3.人を拾いました
恵麻は倒れている人物に恐る恐る近寄った。
先程のやつらの仲間…には見えない。もし仲間ならこんなところで一人で倒れていないだろうし、服装も彼らとは違う。
状況からして、もしかするとあの騎士風の男たちに追われていたのが、この人物なのではないだろうか。
その人物は美しい容姿をしていた。
エメラルドグリーンと言って差し支えないほどの美しい色をした長髪で、その髪は背中で一つに括られている。顔立ちは目を瞑っていてもわかるほど整っており、肌には毛穴やニキビ一つ見えない。背は高そうだ。ローブのような祭服のような、丈の長い服を着ているのではっきりとは分からないが、体つきと顔立ちから言って男性だろう。
恵麻はしばらく男を警戒して観察したが、完全に意識がないのか、動く気配がない。
どうしたものか。もしあの騎士たちの仲間ではないのなら、いい人なのかもしれない。それなら助けなければ。呼吸はしているから、生きてはいるはず。
でも、もしかしたら極悪人かもしれない。助けた途端食料にされてしまったらどうしよう。
いや、そもそもどうやって助けるのだ。恵麻は今猫で、彼を助け起こすことさえできないのに…
恵麻がぐるぐると考え込んでいると、いつも森にいる妖精たちがふわふわと彼を取り囲んだ。
皆警戒することもなく、なんとなく心配しているように見える。
(妖精さん達が警戒しないってことは、きっといい人なんだ)
恵麻は男の側に近寄った。
彼がいい人なら、助けたい。そして何か情報が聞き出せたらもっと良い。恵麻はもうずっと猫のままだ。せめてここがどこなのかだけでも知りたい。
恵麻はしばらく男の周りをウロウロした。
男の呼吸は規則的で、どこかから出血しているようにも見えない。
疲れて眠っているのだろうか?こんなところで、とも思うが、水場というのは案外落ち着くものだ。
恵麻は試しに大きめの葉っぱを拾ってくると、それに川の水を付け、濡れた状態にしてペシペシと男の頬を叩いてみた。
「………う」
しばらく叩いていると、男の眉が動きうめき声を上げた。
良かった、起きてくれそう!
「…お腹すいた…」
男はくぐもった声でそう言うと、開きかけた目をまた閉じてしまう。
なんだこいつ。空腹で倒れていたのか。
(でも、気持ちはわかる)
恵麻も猫になってから数日は、ひもじさとの戦いだった。
倒れたくなる気持ちはよく分かる。
恵麻は森の中へ戻ると、普段自分が食べている木の実や果実をいくつか採取し、男に渡してあげることにした。
途中まで運んで、ふと気づく。
(…得体のしれない生き物が咥えて持ってきたものなんて、食べたくないかな)
恵麻は大きい葉っぱに採取した木の実と果物を包むと、その葉を咥えて移動した。
採る際にすでにいくらか齧ってしまったが、まあそれはご愛嬌だ。
恵麻が男の元へ戻り、彼の顔の前に果物たちを置くのと同時に、男の瞳がパッカリと開いた。
「みゃっ!!」
急なことで恵麻は飛び上がり、男から数歩離れたところでとどまった。
いきなり目を覚まさないでほしい。びっくりした。
「…これは…」
男は自分の前に置かれた、丁寧に葉に包まれた果物と恵麻を見比べている。
「…貴方が持ってきてくれたんですか?」
男は上体を起こし、恵麻に向かって問いかけた。
男の瞳は髪と同じエメラルドグリーンで、恵麻が予想した通り、とてつもない美貌の持ち主だった。
猫でなければ緊張して、頬を赤らめ前髪でも忙しなく撫でつけていただろう。だが今の恵麻は猫なので、そんなことをする必要もないし、猫であることに感情が引きずられているのかトキメキもしなかった。残念だ。
男の問いかけに恵麻がコクリとうなずくと、男は驚いたようで目を真ん丸にしている。
美貌の青年が少々アホ面とも言える表情をしているのは何だか面白かった。
「…ありがとうございます。これはエシュですね。これは…クナの木の実かな?いただきますね」
男はそう言うと、エシュと呼んだ果実から口にする。
なるほど、この赤い果物はエシュというのか。りんごっぽい見た目で、味は梨に近い代物だ。見てすぐにわかったのだから、この辺りでは定番な、それこそ恵麻にとってのりんごのような果物なのかもしれない。
男は相当な空腹だったようで、しばらく恵麻の用意した食料を黙々と食べていた。やがて食べ終わると、川の水で喉を潤す。
そして一段落すると、改めて恵麻へと目を向けた。
「…」
なんだろう、ものすごく見られている。
「…猫、のようだけれど…本当に…?」
男は心底不思議そうに恵麻を見た。
「貴方は私を、助けようとしてくれたんですか?」
コクリ。恵麻はうなずく。
「…言葉が通じてる…」
男が驚愕の表情でそう言ったところで、ようやく恵麻は気付いた。
普通の猫は、なにか聞かれても頷かないし、食料を葉っぱで包んで持ってこないし、というかそもそも人を助けようとしない。
「うみゃみゃ…」
(やらかした、かも…)
言葉の通じる珍しい生き物として、見世物にでもされたらどうしよう。それとも気味悪がられて逃げられるだろうか?何も聞き出せていないのに。
恵麻が動揺して男から目をそらすと、予想外の反応が男からあった。
「…ふっ」
(え?)
男は心底おかしそうに、お腹を押さえて肩を震わせている。
何か今、面白いことがあっただろうか?
「そんな、しまった、みたいな顔をして目を逸らすなんて…!本当に、貴方は人間みたいですね」
(なんか、ウケてる…)
男はしばらく楽しそうに笑っていたので、恵麻もなんとなく男の姿を眺めていた。
人間の姿だったらきっと、愛想笑いでも浮かべていたに違いない。
どうやらこの男に恵麻の言動は気に入ってもらえたようだ。
ならばチャンスだ。恵麻はそっと男に近寄ってみる。
「…可愛いな。こんな森に住んでいるのに、毛並みもきれいだし…。触ってみても、良いですか?」
男が丁寧に問いかけてきたので恵麻が頷くと、優しい手付きで頭が撫でられる。
定期的に水浴びをして、毛並みを整えておいて良かった。
誰かに触られたのなんて、久しぶりだ。恵麻は図らずも感動して、心の中でちょっと泣いた。
「…もしかして貴方は、精霊の愛し子かな?」
「うみゃ?」
(愛し子?)
もしかしてこの男は、恵麻の身に起きた現象について、なにか知っているのだろうか?
もっと話してほしくて、恵麻は一生懸命男に話しかける。
「みゃ、みゃみゃ、うみゃみゃ!」
「うん?どうしました?」
男は近寄ってきた恵麻を抱き上げて膝に乗せた。
これはこれで快適だけど、今恵麻がほしいのは情報である。
男は恵麻の背中を撫でて堪能していたが、しばらくすると独り言のように呟いた。
「…しかし我ながら、よく助かりましたね…。騎士団に追われたときは流石に駄目かと思いましたが。彼らを殺すわけにもいかないですし」
なんかこの人、今怖いことを言わなかったか?追われてるのに殺す立場なの?
まあでも、殺す気はなかったということは、悪い人ではない、ということだろうか…
「まさか大士が私に罪を着せて追放なんて、強硬な手段に出るとは思いませんでしたね。油断しすぎました」
ダイシ?聞き慣れない言葉だ。だがその他はわかった。彼は無実の罪で追われていたらしい。
男の独り言はそれで終わってしまい、何やら思案顔で遠くを見ている。手元はしっかりと恵麻を撫でていたが。
(考えるなら言葉にしてほしいなぁ…)
普通の人間はそんなに独り言は言わないはずだが、恵麻から話しかけられない以上彼に喋ってもらうしかない。
恵麻がどうしたものかと考えていると、突然男がひょいっと恵麻を抱き上げ、視線を合わせた。
「…こんなことを猫の貴方にお願いするのは、気が引けるのですが…。足を怪我してしまって。しばらく身を隠せる場所を知りませんか?私が一人、安全に過ごせる場所です」
なるほど、逗留希望でございますね!
それなら恵麻には心当たりがたくさんある。なにせ猫になってからずっと、森を放浪していたのだ。
「うにゃ!」
恵麻はしっかりと頷くと男の膝からぴょんっと降り、男を振り返る。
男は怪我をしたと思われる足を庇いつつも、嬉しそうに立ち上がってゆっくりついてくる。時々彼の様子を確認しつつ、恵麻は張り切って案内を始めた。




