29. 何とか帰宅しました
「エスト!戻ったか!王宮では精霊塔に侵入者があったと騒ぎになっているぞ」
「すみません、色々と想定外もありまして」
「まあ、無事で良かったが…、その、本当に、ラナ…なのか?」
「ダスティンさん、こんにちは…あはは」
恵麻とエストはそれから2日かけて、ようやくアリヤナクアへと戻った。
旅は恵麻にとって、なかなか辛いものとなった。
まず、人間、それも特に運動能力が優れているわけでもない一般女性の恵麻の身体では、徒歩で長時間歩き続けるなど、単純にきつい。これまでは猫だったため、その感覚の差もある。
また、猫だったときとは違い、他人、しかも男性と過ごすとなると色々と気にしなければならないことも増える。特にトイレ事情なんかは辛いものがあった。猫のように何処かへ隠れて…というのも、簡単ではない。
よって、これまでのように軽快にはいけず、アリヤナクアに戻るのにも予定より時間がかかってしまった。
「人間の身では色々と情けない面も多くて…エストは私に合わせてくれただけなの。遅くなってごめんなさい」
「いや、それは、良いんだが…。何というか、本当に人間だったのか」
「はい、そうなんですよ。このタイミングで元に戻るなんてことは、完全に想定外でしたが」
ダスティンの屋敷につき、行きとは違い見慣れない女を連れ帰ってきたエストに、公爵家の面々は非常に驚いた。ダスティン以外はあの猫が人間だったことなど知らないので、恵麻は精霊塔で困っていたところを保護されたというような適当な理由を付けられ、滞在をすることになった。
「何というか…。別にお前らを疑っていたわけじゃないんだが、実際に目にすると不思議だな」
「私も猫だった期間が長すぎて、人間の自分に違和感感じてます」
「ダスティン、あまりジロジロ見ないでください。ラナが減ります」
「減らないだろうが」
ダスティンは困惑しつつも、すぐに気を取り直すとエストに説明を求めた。
「で、成果はあったのか?」
「はい、これです」
エストはダスティンに侵入の成果物を披露した。
まず一つは、目玉である霊術具だ。
アリヤナクアに戻るのに想定より時間がかかり、小さな宿で一泊したのだが(猫のときのような野宿はエストが頑として認めなかった)、その時に記録された音声は確認してある。
中には大士が側近に自身の計画を話している声や、国王をバカにするような発言が記録されていた。
「…なるほど、これなら証拠としては十分だな」
「はい。それとこれは、ラナが見つけてくれた資金関連の資料です」
「例の着服の件だな」
恵麻が金庫から入手した書類は、エストに確認してもらったところ、本当に裏金や着服に関するものだったようだ。
まさかとは思ったが、結果として役に立つものであったことは嬉しい。
「この2つがあれば、陛下を説得するにはそれなりに有力かと思います」
「そうだな。…分かった。陛下にはこれで俺から話を通す」
「有難うございます」
「大士はどうするんだ?」
「精霊塔に侵入者が入ったことはもう明らかです。私だということに気付いているかは分かりませんが、計画を早めて動く可能性が高いでしょう。シェドバーン様には身を隠してもらっていますが、ラナが人の姿に戻る頃また来ると仰っていたので、ついに代替わりの準備が整った可能性も高い。私はラナとともに、ケームノックの森へ向かう必要があります」
「分かった。うちの隊をいくらか共に向かわせる。さすがにお前一人では戦力として不十分だろう」
「助かります」
「しかし、もし大士が動いているのだとしたら、すぐに森に向かうのは悪手だ。少し探りを入れよう」
「はい」
どうやら今後の動きも大まかにだが固まってきたようだ。
一般人の考えた急拵えの作戦であったが、ここまでは何とかなってきた。
あとは大士を止めることができれば、一件落着だろう。
シェドも代替わりを終え、恵麻はお役御免だ。
(元の世界に帰れるのかな)
エストと離れるのは寂しいが、やはり異世界にいるのだという事実は恵麻をたまらなく不安にさせることがある。
地に足のつかないような、不安感。
人間に戻れた今、猫のような気楽さがなくなり、余計にそう感じる。
元の世界は辛いことも多かったが、やはり産まれた場所だ。帰るべきなのだと思う。
「それで、ラナのことなんですが」
ぼんやりと考え事をしていた恵麻は、エストが自分を話題に出したことに気付き、ハッと目の焦点を合わせた。
「これまでは猫として生活していたので、不慣れなことも多いはずです。さすがに男の私では手が回らないところもありますし、侍女のような方をお借りできませんか?ラナに生活に必要なものを揃えてあげたいのです」
「そりゃ当然だな。安心しろ、誰かラナの世話係としてつける」
「助かります」
「あ、有難うございます…!」
恵麻はこの局面でも自分のことを考えてくれるエストに、そしてそれを快諾したダスティンに、改めて感謝した。
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