28. 二回目の初めまして
恵麻の応急手当を終えたエストは、気を取り直して今後のことを説明し始めた。
「転移陣はもう使えない。王宮の警備をくぐり抜けるのは、相当大変だからね。だから、普通の方法でダスティンのところまで戻ろう」
「普通のって言うと、徒歩か、馬車?」
「そうだね。その前に、ラナの着るものをどうにかしないと」
「お手数をおかけします…」
一通り状況説明が終わり、二人は森を抜けて王都へ向かうことにした。服を手に入れる必要もあるし、人混みに紛れてしまったほうが良いということもある。
立ち上がったところで、恵麻はエストがこちらを見ていることに気付いた。
「エスト、どうしたの?」
「いや…。人のラナを見るのは、初めてだから」
「あ」
そういえばそうだ。あまりにバタバタしていて、人間に戻れたことを喜ぶ時間もなかった。むしろまだ猫でいたかったと思ったくらいだ。
あらためて人の姿でエストと向き合っていると思うと、格好も相まって、恵麻は猛烈に恥ずかしくなった。
「その…。改めて、初めまして。猫じゃなくなっちゃったけど…。確かに、その、ラナだよ」
「うん。初めまして、ラナ」
「これまで色々とお世話してくれて、ありがとう。これからは人間として頑張るね」
「こちらこそ、よろしくね」
「…ふふ、私達って、何回初めましてをするんだろうね」
「確かに、ラナが話せるようになった時も、似たような会話をしたね」
「本当に、何なんだろうね、私って…」
何となく気恥ずかしい挨拶を終えると、恵麻はエストと二人、森を歩き出した。
二人共森で生活していたので、自然を歩くのはもはや慣れっこだ。でも今恵麻は靴がなく、とりあえずということでシーツの布を巻いて凌いでいる。オマケにかなり久しぶりの二足歩行で、感覚を取り戻すまで、予想以上に体力を消耗した。
エストが何度も抱えてくれると言ってくれたが、さすがに森を歩く間ずっと抱えさせるわけにもいかない。恵麻はエストの申し出を固辞し、何とか根性で歩き続けた。
そして数時間後、二人はようやく王都に着いた。エストの気配探りの精霊術のおかげもあって、なんとか騎士にも見つからずに済んでいる。
王都はやはり王都というだけあって、アリヤナクアの街よりもさらに、大きく賑わっていた。並ぶ商店、背の高い建物。通行人も、いわゆる貴族っぽい富裕層が多く見られる。
ぜひ観光をしたいところだが、そういうわけにもいかない。というより、服さえまともに着られていないので。
恵麻は物陰に隠れ、エストは恵麻の服を調達しに路地裏の古着屋へと向かってくれた。
そこでエストが買ってきてくれたシンプルなワンピースと靴を身に着け、恵麻はようやく一息ついた。
下着は無い。エストに買ってきてもらうのは酷だろう。今は我慢だ。
「ありがとう、エスト。これでようやく人になれた気がするよ…」
「最低限のお金しかなかったからこれしか買えなかったけど、落ち着いたらちゃんと揃えよう。でも、よく似合ってるよ」
「あ、ありがとう」
エストはゆったりと笑うと、恵麻の髪を耳にかけた。
人に戻って色々と戸惑うこともあるが、目下慣れないのは、エストとの距離感だ。
猫だった時、二人の距離は近かった。ものすごく。抱っこされて膝に乗り、撫でられることは日常茶飯事。一緒の部屋に寝泊まりして、ベッドも共有。猫だったので、それを不自然に思うこともなかった。
でも、こうして人に戻っても、エストの恵麻に対する距離は近い。さすがに抱っこされることはないが、必要性がなくても触れてくるし、見つめてくる。
多分エストは未だに、恵麻に対して猫感覚が抜けていないのだろう。
だが、忘れていたがエストは絶世の美男子なのだ。冷静に考えると隣を歩くだけでも勇気がいるくらいなのに、あまりにも距離が近いので、何だか色々と恵麻の情緒が乱れている。
この芸能人も裸足で逃げ出すような美貌の男の隣を、裸にシーツを巻いて歩いていた自分を殴りたい。
「本当はゆっくり王都を案内したいところだけど、それは今度にして。行こうか」
「う、うん、そうだね」
ドキドキし始めていた心臓をどうどう、と落ち着けると、恵麻は意識を切り替えて、エストと共にアリヤナクア目指して歩き出した。
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