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25/60

25. タイミングが悪すぎる





「扉が開いている!」

「金庫が壊れているぞ!」



執務室の方から、男の声が聞こえる。

まずい。しばらく身を隠して、男たちの隙をついて部屋から出なければ。



クローゼットはすぐに調べられそうだし、もし見つかった場合猫がいたら不自然すぎる。

ベッドの下に潜ろう。



そう考えてベッドへ駆け寄った時、恵麻は身体に異変を感じた。




熱い。何かがせり上がってくるような、不快感。もどかしいような、落ち着かないような、痛くはないのだが、とにかく何か変だ。

恵麻は耐えきれず、ベッド脇で蹲って目をつぶった。


「にゃ…」


思わず呻き声が出てしまう。

一段と強い波が来て、恵麻は身体が浮遊しているような、痺れているような、不思議な感覚を覚えた。



「うにゃっ…」



押し寄せるように痺れが全身を襲い、数秒のあと、波が引いていく。

一体何だったのか。恵麻は呻きながら、そっと目を開けた。




そして恵麻は、信じられないものを目にする。




「嘘でしょ…」



そこにあったはずのもふもふの手がない。

代わりにあるのは、人間の手。




身体が、元に戻っている。

手も、足も、人間のそれだ。




「嘘でしょ…!」



手を握る。立ち上がる。自分の意志のまま、動く手足。


間違いなく、恵麻は人間に戻っていた。



(嘘でしょ、嘘でしょう、このタイミングで…!)



なぜかは全くわからないが、最悪のタイミングで人間に戻ったことは間違いない。


しかも、全裸だ。



(どうしたらいいの!!!)



恵麻は大パニックだ。

ここにきてずっと猫だったのが突然人間に戻り、操作感?もよくわからない上、全裸で、しかも隠れなくてはならない。



なにか着るもの、いや、それよりどうにかここから逃げなくては、でも人だし、全裸だし…



私室の扉に、人の声が迫っている。

恵麻は為すすべもなく、ベッドに飛び込み布団に潜り込んだ。



こんなの、すぐバレる。

分かっているが、ベッド下は人が潜れるほどのスペースがなかったし、何よりもう時間がなかった。



恵麻がベッドに飛び込んですぐ、私室の扉が開く。

そしてドカドカと足音が近寄ってきたと思うと、一気に布団が剥がされた。



「誰だ!?」

「きゃああーーー!」



恵麻は2重の意味で叫んだ。

見つかったという意味と、そして、全裸なので。


「は、はあ!?!?」


布団を剥ぎ取ったのは、若い男性の騎士だった。精霊塔の警備だろう。



男は全裸の女を目にして、素っ頓狂な声を上げた。

侵入者を探していたら全裸の女を発見したのだから、それは驚くだろう。


「か、返して!!」

「え、え!?ちょ」



恵麻は男が動揺しているのを良いことに、布団を奪い返すと身体に巻き付けた。

そして真っ赤な顔をして押し黙る。


(ど、ど、どうしたら…)


恵麻が目を泳がせていると、騎士の一人が囁いているのが聞こえた。


「…おい、大士の愛人じゃないか?最近入れ込んでいるっていう…」

「ああ、そういえば…いやしかし、ここに連れてくることはなかったじゃないか」

「屋敷の方では別の女を囲っていると噂だぞ」

「じゃあ、ついに塔にまで連れ込むようになったのか…?」


男たちのヒソヒソ話が聞こえてくる。

どうやら大士は大層な女好きらしい。



ならば、この場を切り抜けるにはこれしかない。


「あ、あの…」


騎士がぎょっとした顔でこちらを振り向いた。良かった。とりあえず言葉は通じているようだ。

しかし布団で身体を覆ってはいるものの、恵麻は全裸だ。心もとないことこの上ない。


「あの、ここは、どこですか…?その、夜中、大士様に連れられて、あの…」


恵麻はかぁっと顔を赤らめた。演技もあるが、演技だけではない。何度も言うが、全裸なのだ。フル装備をした騎士の前で、全裸なのだ。



「…色々とあったあと、大士様はまだ暗いうちに、どこかへ行ってしまわれて…。その、服はありませんか?大士様に、…っ、…、破かれてしまったので、代わりのものを置いておくと、聞いていたのですが…」

「…」


騎士が黙り込んでいる。その表情からは、同情が伺える。

女好きの大士に、全裸の女。

恵麻の話を信じ始めているのかもしれない。


頑張れ、自分。あと少し。



「き、騎士様がいらっしゃるような、大事な場所だったのですね、お、お恥ずかしいです…。その、服をいただけたら、どこへでも消えます。お助けいただけませんか」


鏡がないので自分がどんな表情をしているのか分からないが、恵麻は自分にできる精一杯の困り顔で騎士に訴えた。


「うぅ……」


演技のはずが、涙まで出てきた。現に追い詰められているので、泣きたくもなる。



さめざめと泣き出した恵麻を見て、騎士二人は途端に慌てだすと、恵麻に優しく声をかけた。


「…お嬢さん、驚かせてすみません。ここは精霊塔の、大士の私室です」

「せ、精霊塔…!?」

「はい。先程隣の執務室の方に、侵入者があったようで。我々が駆けつけたのです。何か不審な物音を聞きませんでしたか?」

「…そういえば、ガタンという音がして…その、寝ていましたので、寝ぼけていたのかもしれないのですが、扉が開く音もしました…」

「扉が?」

「あ、あの、勘違いかもしれませんが」

「いえ、ありがとうございます。今服を持ってきます。すみませんが、服を着たら、事情聴取にお付き合いいただけますか?」

「は、はい」


騎士はそう言うと、仲間の騎士とともに部屋を出ていった。


(た、たすかった…)


騎士は意外にも紳士だった。この世界に来て最初に見た騎士は、悪態をつきながら森を荒らしていたので悪印象この上なかったが、まともな騎士もいるようだ。


それにしても、結果的に全裸だったのは良かったかもしれない。侵入者が全裸でベッドに横たわっているなど、誰が想像しよう。



だが、事情聴取に付き合うわけにはいかない。エストが待っているはずだし、裸の身体の下には、何とか隠した例の霊術具と書類があるのだ。




執務室の方では、男たちの声がする。

あちらには行けない。


私室の窓から恐る恐る顔を出してみるが、高い。やはり、5階建てのビルくらいはありそうだ。

ここから飛び降りるのは、無理があるだろう。



(でも…)


やるしかない。ここにはいられない。



何とか猫に戻れないだろうか。窓の直ぐ側には、背の高い木が立っているのだ。

猫ならあの木に飛び移って、枝伝いに降りることも、出来なくはないだろう。



(でも、戻り方なんてわからないし…)



そうこうしている内に、時間だけが過ぎていく。



もう、だめだ。やるしか無い。



恵麻は急いで部屋に戻り、クローゼットを漁る。ろくなものが入っていなかったが、ズボンのようなものを見つけたので、それを着た。洗濯済みであることを祈るばかりだ。


上に着るものは無かったので、シーツをぐるぐる巻きにして、何とか身体を隠す。



そして恵麻は、一か八か、窓から木へゆっくりと手を伸ばした。


うん、恐らく、行ける。

そう思った恵麻は、思い切って木に飛び移った。



後に冷静になった恵麻は、この時の状況を、どう考えても猫の感覚が抜けていなかったからできた所業だと考えている。普通に考えたら無理だ。



とにかく色々な感覚が麻痺していた恵麻は、5階建てビル相当の高さがある木の上に飛び移ったのだ。




下を見てはいけない。見たら多分、失神する。



幸い太く大きな木なので、恵麻が登っても木は揺れもしなかった。あとは、ここからどうするか、である。



「…」


恵麻はしばし、放心した。現実逃避、とも言える。


だが私室の窓は開いたままだし、急に消えた恵麻を騎士は探しに来るだろう。



恵麻は覚悟を決めて、ゆっくりと枝を伝っていく。



こんなことならもっと真剣に、精霊術の使い方をエストに習っておくべきだった。

何か脱出に使えるような術があったかもしれないのに。



恵麻は後悔しながら、足元の枝にのみ集中して、ゆっくりと下りていく。

なにせ裸足なので、時々木の枝に擦れ、細かいキズが足にたくさん出来た。


「うう…」



なんとか半分ほど下りたところで、少し離れたところにエストの姿が見えた。

彼は戻らない恵麻を心配しているのだろう、落ち着きなくウロウロと塔の周りを歩いている。


「エスト…!」


恵麻は思わず小声でエストを呼んだが、ふと、自分が人間に戻っていることを思い出した。


今の恵麻を見ても、エストは恵麻が恵麻であることを判断できない。


(合流しても、大丈夫かな…)


状況からして恵麻だということは説明できるだろうが、それでも突然現れた裸の女を見て、エストは不審に思うだろう。



だが、恵麻にはエストと合流するしか道は無い。



不安に思いながらも恵麻は一生懸命木を下りる。だがその内に、エストは角を曲がって視界から消えてしまった。



(追いかけないと…!)



焦った恵麻は木を下りるスピードを上げたが、やはりというか、足を滑らせてしまった。


「わっ…!」


恵麻はドサリと木から落ちる。

幸い、地上まであと少しというところまで来ていたので、大きな怪我はせずに済んだが、頭を腕でかばったので手と腕が痛い。


「いたた…」


頭に葉っぱを乗せたまま呻いていると、「誰だ!?」という声がした。

見ると少し離れたところから騎士がこちら目掛けて走ってくる。


「最悪だ…!」


こうならないように必死に木を下りたというのに、全く自分のドジさが憎い。

大体、なんてタイミングで人間に戻るのだ。間が悪すぎて泣けてくる。



恵麻は痛む身体を引きずってなんとか逃げようとしたが、屈強な騎士から逃げ切れるわけもなく。

あっという間に数人の騎士に取り囲まれてしまった。



騎士は大士の私室で会った者とは別人であった。やはり裸に布を巻き付けただけの恵麻を見て混乱しているが、不審者だと判断したらしく腰の剣に手を添えている。

今にも抜いてしまいそうだ。


「お前、何者だ?ここで何をしている!?」

「…そ、の…」

「大体、その格好…なんて格好だ!?」

「私もそう思います…」


もはや逃げ道もなく、恵麻はうなだれた。

猫に戻りたい。いや、考えろ。どうやったら逃げられる…?


「…とにかく、来い!」

「い、痛っ…!」


騎士は恵麻の肩を掴むと、恵麻をどこかに連れていこうとした。

むき出しの肩に騎士の指が食い込み、痛みが走る。



尚も恵麻が抵抗していると、急に恵麻の周囲に強い風が吹いた。

騎士が驚いて一歩下がり、恵麻の肩から手が離れる。


「わっ…!?」


次いで目の前に、白いローブを頭から被った人物が突然ぱっと現れたかと思うと、恵麻をそっと抱きしめた。


「え、え?」

「ーーー転移」


ローブの人物がボソリと呟くと、恵麻の身体はローブの人物もろとも光に包まれる。

そして転移術のときのように周囲がぐるぐると回ったかと思うと、次に回転が止まった時、恵麻はどこか先程とは違う場所にいた。

辺りは森のようで木々に囲まれており、人気はどうやら、ない。




「…大丈夫?ラナ」

「え」


恵麻を抱きしめていた人物がローブを取り去ると、そこには見慣れた相棒が立っていた。




いつも読んでいただきありがとうございます!ようやく恵麻が人に戻りました。

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