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★ ★


 エルドとリアーナの婚約解消が正式に受理されてから数日後、伯爵家から手紙が届いた。

 リアーナに会っても良いという知らせだった。

 どうやら伯爵が、一向に諦めないエルドに折れたようだ。その一方で、彼らは二人の婚約が白紙になるのを待っていた節がある。

 ──なぜそうする必要があったのか。

 父親からも「彼女のことは忘れて、新しい相手を見つけろ」と言われたが、婚約解消に至った経緯は口を閉ざしたままだった。

 それじゃ、今までの婚約期間は何だったのだ。

 いくら白紙になったとは言え、エルドは納得できなかった。


 エルドは会う日時を決め、伯爵家に向かう当日まで気持ちの整理に時間を費やした。

 自分たちが知らないところで、両家の間には何らかの契約が取り交わされたと考えるのが妥当だ。

 確かに、利益のない婚約だった。

 そういえば、そろそろ結婚の話になっても不思議ではなかったのに、二人の将来を見据えた婚姻の話はどちらからも聞こえてこなかった。

 婚約解消できないと悟ったエルドは、当たり前のようにリアーナと結婚するものだと思っていた。だから、敢えて疑問にも感じなかったのだ。

 これが最初から仕組まれていたなんて、誰が予想できただろうか。

 伯爵家に向かう馬車の中で腕を組み、苛立ちを堪えきれず腕を叩くように指を動かす。

 自分は一体、誰の掌の上で踊らされているのか。

 その正体を突き止める為にもリアーナと会って話さなければならない、と自らを奮い立たせ、辿り着いた屋敷を見上げた。



 伯爵家の前に馬車を止めて降りると、出迎えてくれたのは伯爵夫妻だった。

 いつもならリアーナが出迎えてくれるのに……。

 リアーナは、エルドが馬車から現れると、必ず嬉しそうに口元を緩めた。カーテシーは下手くそだったが、彼女の見せる喜びだけは悪くなかった。

 だが、今日はリアーナではなかった。

 

 伯爵は見るからに人の良さそうな顔をしていた。その隣で佇むように立っていた夫人は、三人の子持ちとは思えないほどすらりとした体型に、人目を惹く美麗な顔立ちをしていた。

 リアーナの姉と兄は間違いなく夫人の血を濃く引き継いでいる。そしてリアーナは父親似だ。

 けれど、到着を待っていた伯爵夫妻は、以前と比べて随分疲れ切った顔をしていた。


「本日は私の願いを聞き入れてくださって感謝します、伯爵」

「いいえ、こちらこそ……。リアーナのことではご迷惑を……」


 伯爵は言葉を選びながら必死で取り繕っていた。

 本来なら義理の父親になるはずだったのに、彼の態度はこれまでとまるで違っていた。

 伯爵家に着いた時から変だった。

 エルドに対して、伯爵家の者たちの態度が一転して冷たいものになっていたのだ。

 今も、背中に冷たい視線を感じて手を握りしめた。

 リアーナとの婚約を白紙にしたから……?

 それにしては物々しい雰囲気に、エルドは下唇を噛んだ。

 ──僕が、一体何をしたと言うんだ。


「娘はベッドから起き上がれないため、部屋の方にご案内します」

「………」


 客間に案内されると思ったのに、やはり何かがおかしかった。

 エルドはリアーナの部屋に案内され、中に通された。

 もう婚約者ではないため、扉は開かれたままになる。それでも気遣って二人きりにしてくれたことに感謝した。

 白いレースのカーテンで仕切られたベッドに近づくと、薬品の臭いがした。

 体調が悪いと聞いていたが、想像していたものと違っていた。

 嗜む程度に剣術を学んでいたエルドは、これが怪我をした時に使われる消毒の臭いだと気づいた。では、リアーナの不調は怪我を負ったからなのだろうか。

 エルドはカーテン越しから、リアーナに向かって口を開いた。


「……リアーナ?」


 微かに人の気配が感じられる。

 そこへ呼びかけると、ベッドの軋む音がした。


「──、エルド、さま」


 返ってきたのは弱りきった声だった。

 エルドはもっと声が聞こえる位置に移動し、枕元付近に置いてあった椅子に腰掛けた。


「体調が悪いと聞いた……。具合はどうだ?」


 聞きたいことは山程あったが、まずは当たり障りのない会話から入る。

 まさか、リアーナの具合がこれほど悪いとは思わなかったのだ。


「あの、……来てくださって、あり、ありがとう、ござい、ま……」

「リアーナ?」


 最後は声が詰まったのか、よく聞き取れなかった。

 エルドは思わずカーテンに手を伸ばした。

 女性が横になる寝台のカーテンを開けても良いか戸惑う。

 刹那、激しく咳き込むリアーナに、エルドはカーテンを開けて容態を確認した。しかし、それより先にエルドはリアーナの顔を見て目を見開いた。


「リ、アーナ……その顔、は?」

「……見苦しい、ものを見せてしまい、申し訳、ありま、せん……」

「違う、それはどうしたんだと訊いているんだ!」


 思わず怒鳴ってしまい、慌てて口元を押さえる。

 だが、婚約者だった彼女の顔が悲惨なほど変わり果てていたら動揺もするだろう。

 左の顔から首に掛けて包帯を巻いたリアーナに、エルドは混乱した。


「……すみま、せん。……二度と、顔を見せるなと言われた、のに」

「────」

「こんな、方法でしか……」

「な……っ!? まさか自分でやったというのか……!?」


 リアーナの、まさかの告白に衝撃が走る。

 怪我を覆う包帯の下から僅かに覗いた火傷の痕に、エルドは息を呑んだ。


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