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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

記憶の住人

作者: 小城

 草葺きの屋根が遠くに見える。手前には、色とりどりの旗や幟が白や黒に染め抜かれた印章を散らしながら、大坂の海から流れる潮風の交じった寒風にバタバタと煽られていた。慶長十九年の冬。御宿勘兵衛政友は土俵の上に片足を乗せて、相手の陣地を眺めていた。勘兵衛が籠もるは真田丸である。

「あれは…。」

寒風の晴天の中、遠くにやんわりと見える印章がある。結城巴の紋。

「あー。」

「どうされました?」

隣にいた真田信繁が、突然、気の抜けた声を出した勘兵衛を気づかった。

「いやあ。昔のことを思い出してな。」

御宿勘兵衛政友は、昔からそうであった。歩いていても、突然、何故か昔のことがふいに頭に浮かぶ。やがて、それは、そのときの物や事に関わり合いのある記憶が蘇っているのだと分かった。

「癖にござる。」

御宿政友は来年で齢49になる。父は甲斐の生まれで武田信玄に仕えていた。医者だった。この大坂の浪人衆の中にも父御宿友綱に世話になったという者がいた。しかし、政友には父との記憶はあまりない。

 政友は幼少時代は人質として北条家で過ごしていた。ふと、気がついたら武田家は滅亡していた。その後、武田家滅亡から北条家滅亡までの8年間を政友は北条家の松田憲秀の家臣として戦に臨んだ。初陣は、信長の代官滝川左近将監を関東から駆逐したときである。父や弟も北条家を頼ってきたが、彼らは他の者に仕えた。

 その後も、政友は上野を巡っての徳川や真田との戦いに度々出陣した。その度に体の傷は増えた。

「(この夕日の照り具合と空気の流れ方はどこかで見たことがある…。)」

 政友は戦で走っていても、ふとしたことで記憶が蘇った。敵将と槍を会わせていてもそういうときがあった。

「(この感じどこかで…。)」

そういうときは突然、頭の中に映像が写し出される。たいていそのようなときに、刀傷や槍傷を受けるのだが、不思議と48になる今日まで、死ぬことはなかった。

「あまり覚えてはいない。」

戦場でのことを人が尋ねても、政友はそう答えた。人々はそれを政友の謙遜であると思った。

 北条家滅亡後、政友は徳川家に仕えることになった。人々は皆、勘兵衛の体にある傷跡を見ては、勘兵衛に傷の由来を尋ねた。

「ああ…。」

そんなとき、勘兵衛の頭には、こんなことがあったなとそのときの記憶が蘇り映像が写し出される。

「これはどこどこの戦でなになにと槍を合わせたときに受けた傷。」

不思議と勘兵衛は傷のことはすべて覚えていた。そんなだから、徳川の士卒たちの間で勘兵衛は歴戦の勇士だと噂された。

やがて、その噂が徳川家康の次男、結城秀康のもとに入ると御宿勘兵衛政友は1万石で秀康に召し抱えられることになった。秀康は歴戦の勇士をこぞって高待遇で集めていた。

越前福井藩主結城秀康がなくなると、跡は子の松平忠直が継いだ。

「越前の殿。」

勘兵衛は忠直が16歳のときに越前を去った。

「(結城巴の紋は越前福井松平忠直の物だな。)」

大坂冬の陣の前日。夕餉の兵糧を食べていて、突然、思い出した。大坂城に入ったとき、豊臣秀頼からどこの国が欲しいかと尋ねられたことがあった。

「越前福井。」

政友はそう答えた。それから政友は浪人衆の間で越前守と名乗ることになった。

 夕餉を食べ終えると、政友は一人、真田丸の中の小屋に入った。外は冬の風が強く、バタバタと幟や旗を煽っている。

「うむ。」

外の音を聞きながら、政友は一人静かに目を閉じて胡座をかいて座っている。頭の中では、知らず知らずの内に、今昔の記憶が外の旗や幟のようにバタバタと煽られている。政友は一人で、その記憶を眺めながら、一喜一憂する己の感情を又か又かと反芻していた。

 翌日、大坂冬の陣が始まった。

「御宿勘兵衛政友を討ち取った者は5000石。」

政友の元主君、松平忠直はそう言った。

「ああ。」

政友は真田信繁の援兵として、鉄砲隊300人を指揮して前田利常の軍勢を追い散らかしていた。

「(小田原籠城のときもこんなだった…。)」

そんなときにも勘兵衛の頭には往年の記憶が蘇る。

結局、冬の陣は勝敗が決せず、豊臣、徳川の講和に及んだ。戦いは翌年、夏に再び勃発した。豊臣方には政友もいた。

 慶長20年5月7日の明け方。天王寺、岡山方面で、政友は真田信繁らとともに、徳川勢と対峙していた。砲声が聞こえる。最期の戦いが始まった。

「(初陣のときのようだ…。)」

明け方の空気がやけに冷たい。正面では兵士たちのわめき声が風に流されて聞こえてきた。やがて、前線が崩れて戦場は乱戦となる。政友も馬を駆って槍を振るった。

「(負け戦か…。)」

豊臣方の兵士たちは、既に敗走を始めていた。真田信繁も死を覚悟して家康のもとへ駆けていった。政友は馬を降りると、その馬が遠くへと逃げるに任せた。それは政友にとって始めての体験であった。死が迫っていた。政友は前へ前へと走った。そのうち黒塗りの筋兜を被った将に出会った。二人は槍を合わせた。槍を合わせること十数合に及び、偶然、政友の槍が相手の兜の緒を切り、兜が落ちた。その相手の顔に政友は見覚えがあった。

「(その顔は…。)」

相手の記憶が蘇る。野本右近。松平忠直の家臣で、越前福井で政友の旧知であった。

「ああ。」

そして、政友は右近に討たれた。そのとき、御宿勘兵衛政友の頭の中でどのような記憶が蘇っていたのかは分からない。ただ、もう政友の頭の中で吹き荒れる嵐のように記憶が蘇ることはなかった。その後、政友を討ち取った野本右近が、忠直から5000石を与えられたかどうかは定かではない。

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