第二話 仲良くなりたい!
その人と仲良くなるための方法って、一人で考えるのは難しいですよね。
お嬢様に出会ってから一週間。
執事になれば、ずっと一緒にいることになるし、それなりにオイシイ展開になるかも…と思っていたんだけど…。
現実はそうはいかなくて…
「おはようございます、お嬢様。」
「…。」
「あの…扉を開けていただけないでしょうか?」
「…。」
「…朝食をお持ちしました。」
「!!!」
ガチャバタン
「…失礼します。」
俺が来てからというもの、お嬢様は部屋に閉じ籠ったまま出てこないのだ。
唯一、関わる機会があるとすれば食事を持ってくるこの時だが、『食事』という言葉が聞こえない限り反応しないし、言ったとしても、早技で食事用のカートのみを回収し、俺には姿を見せてくれない。
いや、姿どころか声も聞いたことがない。
銀に尋ねてみても、
「ふむ…お嬢様がここまで人を拒否するのは初めてですね。新しい召し使いが来ても3日で慣れるはずなんですが…。まさか…何かしました…?」
(いや、してねーよ!したくてもできないし!やめて!そんな疑いの目で見ないで!?)
こんな曖昧な返事しか返ってこなかった。
解決策を聞いたところで、答えが出そうもない。
なら俺が考えるしかないが…どうしたものか…
「あの…」
考えながら歩いていると一人のメイドに声をかけられた。
「!どうしたんですか?」
「え…いえ、何か悩んでいるようなご様子でしたので…」
「…あぁ、そうでしたか。心配かけてすみません。」
「…」
そう返事をすると、彼女は顔を真っ赤にして下を向いてしまった。
こんなに分かりやすく好意を寄せられても困る。
俺はそれに答えることはできないんだ。
見た目で選ばれた恋をすると、またあんな目に遭うに決まってる。
思い出したくもない思い出。
俺は友達にも内緒で、一度だけ女性と交際したことがある。
ただ、その女がとことんクズで、俺の事は好きでも何でもなかった。
あいつにとって俺はただのアクセサリーだったのだ。
所謂「素敵な彼氏と並んで歩く自分が大好き系」とでもいったところだろうか。
もう二度と関わりたくない女。
俺は…
「ごめんなさい!」
廊下に響きわたる大きな声が俺を現実に引き戻した。
見ると、目の前のメイドが小さく震えていた。
「!?な、何故謝るんですか?」
「ごめんなさい…眉間にしわを寄せていたので、私が不愉快な態度をとってしまったのかと…」
「あっ…すみません。少し嫌なことを思い出してしまいましてね。」
「…あの!私にできることなら何でもしますから!何でも言って下さい!」
彼女の瞳はとても真剣だった。
こんなに親切な彼女を厄介に思っていた自分が恥ずかしくなる。
なんだか温かい気持ちになり、思い切って相談してみることにした。
「…ありがとうございます。では、少し相談してもよろしいですか?」
「!はい!」
「私、どうやらお嬢様に嫌われてしまったようで、姿を見せるどころか口もきいてもらえないんですよ。なので、理由を聞く機会もなくて困ってて…。どうすればいいですかね?」
彼女は暫く「んー…」と考え込んだ後、パッと顔をあげてこう言った。
「お嬢様は食べることに目がないので、それで誘い出したらいかがですか?」
「でも、食事の呼び掛けでは駄目でしたよ?」
「じゃあ…一緒に料理してみるのはどうですか?これは部屋から出ないとできないことですし。」
「成る程…上手くいきますかね?」
「分かりませんが…とりあえず頑張って下さい!」
一緒に料理…このアイディアは思いつかなかったな。
相談してみて本当によかった。
「ありがとうございます。やってみますね。」
「今、笑っ…!」
「あ、すみません。名前を聞き忘れていました。お名前は何と言うんですか?」
「へ?あ、申し遅れました!『桐山 もか』と申します!お嬢様には『桃』って呼ばれております!よろしくお願いします!りゅ…黒木さん!」
「流星でいいですよ。もかさん。では。」
「え、え…は、はい…また!」
桃、もといもかさんと別れて今来た廊下を、速足で戻る。
善は急げ、早速決行だ!
・・・
コンコン
「お嬢様、少々よろしいでしょうか。」
「…。」
ぐっ…無反応か。
大丈夫かな?
「実は一つ提案がごさいまして」
「…。」
「お嬢様がお菓子が好きだと伺いましたので、一緒にお菓子作りでも」
「!!!」
ガンッ
お嬢様が嬉しそうに飛び出してきた。
大成功だ。
扉が俺の鼻を直撃した以外は。
「!?ご、ごめんなさい!」
「い…いえ。出てきていただけたということは一緒にお菓子を作っていただけるということでよろしいでしょうか?」
「はい!よろしいです!」
「っ!!!で、では厨房へ…」
お菓子を想像しながら浮かれるお嬢様に背を向け、口を抑える。
…うわーーー!可愛いすぎるー!
初めて見た天使の笑顔に口元が緩むこと、この上なかった。
・・・
大豪邸の厨房は初見で腰を抜かすほど大きくて、必要な調理器具を見つけることができるか正直不安だった。
だがそんな心配をよそに、作業台にはお菓子作りの材料や道具一式が置いてあり、その横には何故かエプロンをつけた笑顔のもかさんが立っていた。
「えーーーーーっと…」
「あっ!流星さん!お嬢様のお誘いに成功したんですね!見ての通り、準備は万端です!さあ!頑張りましょう!」
「え?あぁ…準備は本当にありがとうございます。でも」
「桃も一緒にやるの?」
失礼にならないように聞こうとしていたことをお嬢様が先に言ってくださったので口をつぐんだ…というかお嬢様の可憐すぎる声に変なことを口走る前に口をつぐむしかなかった。
「へ?私も一緒にやるとばかり…ごめんなさい…」
もかさんは叱られた子犬のようにしょんぼりした。
…お嬢様と二人きりになるのも大事だけど…
「…お嬢様がよろしければ一緒にやりましょうか。」
「でも…お嬢様は…」
「違うの!ごめんね、桃が嫌ってわけじゃなくて、ただ…。…ううん、何でもない。一緒にやろう?」
「おっお嬢様…!!!」
もかさんはシャンデリアにも負けないくらい目を輝かせていた。
・・・
「そういえば何を作るの?」
エプロン姿でふわふわな髪を束ねていたお嬢様が問いかける。
俺はその姿に目を奪われていたのだが、お嬢様と目が合う前に即座に仕事モードに軌道修正する。
「そうですね…もかさ…桃さんは何の材料を用意されたんですか?」
もかさん、と言いかけたが、お嬢様がいらっしゃる時はお嬢様の呼び方に合わせた方がいいかと思い、桃さんに変えた。
俺はこういう細かいところにも気を遣うのだ。
「えっ…薄力粉と砂糖とバターと卵があれば何でも作れるんじゃないんですか?」
「…。」
まさかのド天然(?)に俺とお嬢様は顔を見合わせて固まった。
それから何だか可笑しくなって笑い合った。
近くで見たお嬢様の笑顔は何度見ても可愛らしくて、可愛かった。うん。
もかさんは笑われたことが終始納得いかない様子だったけど。
「そうですね。これらの材料でしたら、無難にクッキーなんていかがでしょう。」
「「クッキー…!」」
お嬢様ともかさんの声が揃った後、今度は三人で笑い合った。
…この時間がずっと続けばいいのになと思った。
・・・
それからクッキー作りが始まった。
…といっても、主に作業をしていたのは俺とお嬢様だった。
もかさんはというと、はりきり具合はいいのだが、何というか…ドジで。
ベタな話だが卵を落として割ったり、お皿を割ったり、分量を間違えて得体の知れないものになったりと…
最後にはいじけて、厨房の隅でまるまってしまった。
「桃ー!そんなところでいじけてないで、こっちおいでよー!」
「いえ…いいんです。私には才能なんかなくて…ご迷惑になりますので…」
「もー!そんなことないってー!」
「お嬢様、ここは私にお任せを。」
「え…?」
俺はもかさんの傍に行って、少しかがんで手を差し伸べた。
確かにお嬢様と二人きりにはなりたいが、そもそもこの企画を考えてくれたのはもかさんだし、準備だってしてくれた。
それに何より、お嬢様だって心配しているのだから放っておけるわけがない。
完全にいじけモードで、手をとってくれないもかさんに俺は優しく話しかけた。
「桃さん。下ごしらえはもう終わりました。今からは型抜きタイムですよ!」
「…。」
「型抜きには才能なんて関係ありません。楽しくやればいいんです!」
「…!」
「型抜きだけにとどまらず、お菓子作りは全て、そういうものだと思うんです。桃さん自身が楽しければ何でもいいんですよ。」
「流星さん…!」
もかさんはぱっと顔をあげて、俺の手を…
「流星さん好きですぅ!」
「も、もかさん!?」
「あっ!?」
手を…通り越して、抱き着いてきた。
「好きです!付き合って下さい!」
「へ!?」
「ぐぬぬ…」
もかさんは離してなるものかと言わんばかりに強く抱きしめて、上目遣いで告白してきた。
しかし俺にはお嬢様という、心に決めた方がいるし…
「えっと…お付き合いするのは、ちょっと…」
「ええええええええええええええええ」
「…。」
もかさんはかなりショックを受けたようで、よろよろとよろめいた。
「そそそそんなあ…。そこをなんとか!私、お嫁さんになるのが夢なんですよお…」
「うーん…と言われましてもね…」
「神様仏様流星様ー!」
「えぇ…」
拝まれたって無理なものは無理なのだ。
「私だって、大好きな人のお嫁さんになるのが夢だもん…」
「?お嬢様?何か仰られましたか?」
「!?ううん!?ななな何でもないよ!」
「???」
「うー…」
もかさんはしょんぼりして、また厨房の隅でまるまってしまった。
これでは、ふりだしに逆戻りだな…
そうだ、俺が付き合うことはできないけど…
「桃さん…今度、友達を紹介しますから。」
「うう…私は流星さんがいいんですよぅ…」
「そんなこといわずに…いいやつですよ?私なんかよりもイケメンだし。あ、写真見ます?」
そういってスマホを取り出し、この屋敷で働くキッカケとなったあの友人の写真を映した。
もかさんは首を振っていたが、やはり気になるようでちらっとスマホの画面を見た。
と、次の瞬間。
「!?!?!?!?!?」
「うわっ!?」
もかさんは俺に襲いかかってきて、スマホを取り上げた。
そして画面をまじまじと見つめてつぶやいた。
「かっこいい…」
「え?」
「一目惚れです!紹介してください!」
もかさんはさっきの落ち込みようは何処へやら。
俺に馬乗りになって、獲物を見つけたライオンような目で俺を見つめた。
おお…これが肉食系女子というやつか…
あまりの勢いに圧倒され、ふと視線を逸らすと、こちらを見て立ち尽くすお嬢様の姿が目に入った。
しまった、お嬢様をお待たせしてしまってる!
心なしか頬を膨らませているような…
そんな表情も可愛い…じゃなくて!
俺は上に乗っているもかさんを抱き上げて、横に置き、素早く起き上がって言った。
「分かりました!紹介します!しますから、クッキー作りに戻りましょ?ね?」
「はーい!」
「…。」
もかさんはすっかり元気を取り戻したが、お嬢様はご機嫌斜めらしい。
やはり待たせすぎたか…
ルンルンで作業台に戻るもかさんを横目に、俺はお嬢様の前に立った。
「も…申し訳ありませんお嬢様。」
「…。」
「…え?」
お嬢様は無言でこちらに歩み寄ったかと思うと、俺の執事服の裾を引っ張った。
(そういえば、もかさんに抱き着かれた時とか、告白された時とか変な声をあげてたし…お嬢様、一体どうされたんだろう。)
因みに、もかさんと俺の紹介した友達が結婚するのは、また別のお話…
・・・
「「おおーーーーーーー!!!」」
二人は焼きあがったクッキーをオーブンから取り出す俺の両隣から、綺麗に並んだクッキーをのぞき込んで歓声をあげた。
「ほらほら、危ないですよー。」
熱い鉄板を取り出すのは危ない作業なので俺がやったのだが、傍にいられるとどうもやりにくい。
(まあ普段ならいくらでも傍に来ていただいていいんですよ!お嬢様!)
「楽しくて、つい沢山作っちゃったけど…どうしよう?これ食べきれないよね?」
「そうですね…せっかくですし、ラッピングしてプレゼントしましょうか!」
「ん?桃さん?誰に?ですか?」
「それは渡したい人にですよ!」
「渡したい人…ね…」
「はい、お嬢様!勿論好きな人のことです!」
「すっ、好きな人!?」
「…ということで流星さん!お友達紹介してください!」
「ええ…あいつのところへ行くのに必要な休暇までにはまだまだありますし、来てもらうにしてもあいつも忙しいですから…」
「むう…。あ!なら、クッキーだけ送るのはどうですか!流星さんにはお友達に連絡だけしてもらって!」
「ああ!確かにそれなら大丈夫ですね!うっかりしてました。」
「よーし!そうと決まれば気合を入れてラッピングです!こんなこともあろうかと、ハート形のクッキーを沢山作ったんです!恋心を伝えるなら、やっぱりハート型ですよね!」
「…。」
「ははは…。あ、そういえばお嬢様も一つだけハート型を作ってましたよね?」
「えっ!?」
「どなたに渡すかは決まっておられるのですか?」
「あ…うん。まあ、ね。」
「…左様でございますか。では私はラッピングセットを持ってまいりますね。」
「はい!ありがとうございます!」
「…ありがとう。」
ぱたん
「…。」
(うわああああああああああああああああ!!!!!!)
お嬢様…お嬢様に…想い人がいらっしゃる…だと?
唯一のハート型を渡す人が決まっていらっしゃるということは…そういうこと…だよな?
うう…“本当の”初恋は儚く散った…か…
俺はフラフラとラッピングセットを取りに行った。
・・・
「ただいま戻りました。」
「わあ!流星さんセンス抜群ですね!ありがとうございます!」
「可愛い…ありがとう。」
そんなことを言ってるお嬢様が一番可愛いですよぉぉぉ!
はっ!
いけないいけない。
俺が想ったお嬢様…そのお嬢様の恋路も想って…応援すべきなんだ…うう…
「どうしたの?大丈夫?」
「っ…!大丈夫ですよ、ご心配をおかけして申し訳ありません。」
「…そっか。」
お嬢様…それは駄目なやつです。
心配そうな顔でのぞき込むなんて…反則です!
・・・
「完成ですー!」
「実際にラッピングしてみたら、想像以上に数あったね…」
「そうですね。なんとか全てラッピングできてよかったです…」
「はい!よかった…。よかっ…た?…ああああああああああ!?」
「どっどうしたの?」
「いや…私達が食べる分までラッピングしちゃったなって…思いまして…」
「あ…」
し、しまったああああああああああああ!
俺としたことが!
この俺としたことがぁぁぁ…
「もももも申し訳ございません!お嬢様!」
「謝らないでいいよ!実はラッピング取りに行ってもらってる時に、桃とつまみ食いしちゃったの…」
「あはは…流星さん、すみません…」
「…え?」
頬を赤く染めて恥ずかしそうにもじもじしているお嬢様。
可愛い。天使。
「そうだったのですか…それならよかったです。桃さんは許しませんけど。」
「えぇ!?何でぇ!?」
「ふふっ、冗談ですよ。」
「ひっ、酷いですよ!そんなに子供っぽく笑ったって帳消しにはなりません!!!」
「ははは、すみません。…あ、お嬢様。」
「ふぁい!?」
俺がふいにお嬢様の方を向くと、こちらを見つめていたらしいお嬢様は肩を揺らして驚いた。
「えっ、どうかなさいましたか?」
「何でもないの!それで!?何!?」
「ええと、こちらを。」
動揺するお嬢様に違和感を覚えながらも、俺はラッピングされたクッキーを渡した。
「えっ…わ、私に?」
「ええ。もう味見なさった、ということなので不要かもしれませんが『好きな人』にあげるべきだと聞いて。…もしよろしければ受け取っていただけませんか?」
「好き…!?…う、うん…」
「受け取って頂けて、よかったです。」
「…あ、あのね。わた…私も…貴方のことが…」
「あ、桃さんもどうぞ。」
「えっ!?」
「おお!いいんですか!?ありがとうございます!」
「はい!?」
「というか流星さん!『好きな人』に渡すってことは!私のことラブなんですか!?」
「いいえ。」
「分かってましたけどせめてオブラートに包んで下さい辛いです。」
「あぁ、すみません。勿論Likeの意味ですよ」
「Like…」
「むう…。流星さんの言い方は勘違いしますよー…」
「それよりいいんですか?桃さん。送るんじゃなかったんですか?」
「あぁ!そうでした!あ、今からクッキーに添えるラブレター書いてきまーす!」
そう言ったもかさんの姿は、あっという間に扉の奥へと消えていった。
もかさんが去った厨房には俺とお嬢様だけが残った。
「ふふ。桃さんは忙しい人ですねって痛っ!?」
「…。」
「え!?お嬢様!?い、痛いです!お嬢様!?」
お嬢様は無言で俺の背中をポカポカと叩いてきた。
正直あまり痛くはないが、お嬢様に殴られて心が痛い。
「ど、どうされたんですか?私が何か致しましたでしょうか?」
「…もう知らない!部屋に戻る!」
頬を限界まで膨らませて、作った包みをかき集めてお嬢様は背中を向けてしまった。
俺の心は音をたてて崩れ去った。
(ど…どうして…)
「あ。」
お嬢様は頬を膨らませたまま戻って来たかと思うと、包みの山の中から唯一の箱を取り出して、
「これは黒のだから!」
「く…黒?」
「貴方の名前は『黒』!黒木の黒!これからは黒って呼ぶ!」
「は、はぁ。」
「とにかく渡したからね!」
お嬢様はそれだけ言って、逃げるように去っていった。
厨房には結局、俺と、お嬢様から頂いた箱だけが残った。
「はぁ…この作戦は失敗だったかな。」
ショックを受けながらも箱を開けると可愛らしい動物の形に焼き上げられたクッキーの中に、一枚のハートのクッキーが紛れ込んでいた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました!
誤字脱字、文法的間違い、不快な表現等ございましたら、指摘して頂けると嬉しいです!