コミックス1巻&書籍2巻発売記念小話 アロンドラの文化祭 前
本日3/30、コミックス一巻発売です!
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今回の小話はエピローグの前の出来事です。
「ねえ、アロンドラ。来週の金曜日は文化祭よね」
寮の食堂で昼食を取っていた私は、レティシアからの話題に時間の経過を感じ、感慨深くなった。
「そうだな。もう文化祭だ」
ヒセラ嬢との大騒動も記憶に新しい中、世間の流れは待ってくれない。
クラスで目立たない存在である我々は、一応は行事に参加してきており、今回もクラスの出し物の準備を手伝っているのだ。
「クラスの出し物、楽しみよね」
「レティシアは調理場争奪ジャンケンに勝ったからな。私はホール、全然楽しみではない」
憮然と頬杖をつくと、しょうがないわねとばかりに笑われてしまった。まったく、裏方は気楽で羨ましい。
チョコレートカフェというテーマのおかげか、裏方の人気によって調理場担当は争奪戦だった。見事ジャンケンに敗れた私は、柄でもないのにホールのウエイトレスを担当することになったのだ。
……はあ。やたらとふりふりした茶色とピンクのユニフォームを見た時は、絶望感で一杯だったな。今から憂鬱すぎてため息が止まらない。
大体、貴族の師弟どもがカフェだのウエイトレスだのと浮かれるとは何事か。持つ者の遊びも甚だしいとは思わないのか。ウエイトレスというのは、普段あなた方が顎で使っている職業なんだぞ。絶対頭の中で繋がっていないだろう。
「こうやって行事を楽しめるのも、学生のうちだけなのよ。チョコレートカフェ、素敵じゃない」
そしてごちゃごちゃと考える私の前には、レティシアのどこか大人びた笑顔だ。
人生二回目の友人が言うと、やはり説得力が半端ではない。一度目の人生の文化祭では私がどんな役回りで、レティシアが何をしていたかは知らないが、きっと彼女は何事も素直に楽しんでいたのだろう。
「だからと言って嫌なものは嫌だ。私は愛想笑いも、人をもてなすのも苦手なんだ」
「アロンドラったら。まあ、苦手なものは仕方ないわよね。お当番以外の時間は、適当に校内を回りましょ」
レティシアが話を締め括って、ちょうど食事を終えたところだったので、その場はお開きとなった。
文化祭か。まあ、レティシアと回った去年は楽しかった。
今年も同じように過ごすなら、そう悪い行事でもないかもしれないな。
*
違った。やっぱり最低な行事だ、これは。
「わあ! アロンドラ様、かわいいです!」
「思った以上に似合うわあ〜」
「ねえねえ、二つ結びしましょう、二つ結び! 高い位置で!」
何だこれは。なぜ私はフリフリのメイド服を着た上で、クラスの女子に囲まれているんだ?
「アロンドラ様、二つ結びにしてもいいかしら?」
「……好きにするといい」
今は文化祭当日であり、開店前の準備中だ。諦めの境地で頷くと女子達から歓声が上がったのだが、彼女達は一体何が楽しいのだろうか。
「私たちね、アロンドラ様と話してみたかったの。すごい研究をしているすごい人だから、何だか話かけにくくて」
「でも、最近は何となく、表情が柔らかいから」
「文化祭のおかげで一緒に出し物ができて、嬉しいわよね!」
楽しげに喋りながら私の髪を結う彼女達に、私は気の抜けるような思いを味わっていた。
女生徒たちは華やかで、私みたいな人種とはそうそう絡みそうもない人たちだ。
それなのに、話したいなどと思っていたのか。
想像するまでもなく、これは恐らく一度目の人生とやらでは起き得なかったことなのだろう。
私の表情が柔らかく見えるのだとしたら、それは間違いなくレティシアと話しているからだ。
レティシアに説教をしておきながら、壁を作っているのはやはり私の方なのだろうな……。
「まあ! アロンドラ、可愛いじゃない!」
反省の真っ只中にいたところ、レティシアがやってきた。調理場担当は制服にエプロンを付けただけで、いつもと変わらない普通の装いだ。
そこで私は改めて自分の姿を鏡に収めた。
……おいおい、なんだこの二つ結びは。許されるのは五歳児までという髪型だぞ!
「やっぱり可愛いわよね!」
「ふりふり似合うものね!」
「レティシア様、わかってる!」
きゃっきゃと湧き立つ女生徒たちに対して、頼みの綱であるレティシアも「本当、可愛いわ」などと微笑んでいる。
馴染んでいる。地味眼鏡のまま、クラスの華やかな女子に馴染んでいる……!
レティシアのすごいところは、こんなに地味にしているのに悪目立ちしないというところだ。
誰かと深く関わるわけではないが、かといって会話を拒否するわけでもない。
やはり死んでも元王妃、コミュニケーション能力が高い。レティシアはその気になればいつでもクラスの上位に立つことができるのだ、多分。
「すまないが、せめていつもの髪型と言うわけには」
「やめちゃうの? 今の髪型、すごく可愛いわよ」
有無を言わさぬ王妃スマイルで肯定されてしまった。
困ったぞ。こんな痛々しい格好で接客をしたら、自尊心が粉々に砕け散る恐れがある。
やはり抗議の声を上げようと決意したところで、廊下から「開店しまーす!」との声が聞こえてきた。
しまった、せめて髪型を直す時間くらいはーー。
「きゃあああ! エリアス様とカミロ様よお!」
誰かが叫んだ瞬間、黄色い悲鳴が教室内で爆発した。