学園の一大イベント、練習試合!②
アロンドラに一人になるなと言われたので、屋台のリピートに向かうクルシタさんと一緒に見て回ることにした。
私たちはひとしきり見物して綿菓子を食べ、戻って来た頃には会場は超満員の様相を呈していた。高揚に満ちた騒めきの中、仲間達が待つ席へと戻る。
右隣では相変わらずテレンシオが眠り、左隣ではクルシタさんが屋台で買った山のような食べ物を抱え込んでいる。だいぶアクの強い集団に見えているだろうけど、観衆達は特に気にする様子もなく、選手達の登場を今か今かと待ち構えているようだ。
本当にすごい熱気。名門校同士の対決とあって、みんな心から期待しているみたい。
「聞いたところによると、伝統の練習試合の戦績はアラーニャ学園が32勝、マンサネラ学園が33勝だそうだ。
去年はカミロ君の活躍で勝利、今年アラーニャが勝てば勝率互角になるということで、両校とも気合が入っているらしい」
「部長、詳しいんですね」
「予習はする主義だ。何事も楽しまねば損だからな!」
上品ながらも隙のない速さでメガ盛りのフライドポテトを食べ進めるクルシタさんを挟み、部長の解説がもたらされる。
すると部長の反対側に座ったルナが、思い出そうとするように首を傾げた。
「レギュラーは5人で、それぞれ一対一の団体戦なんでしたっけ?」
「ああ、そうだ。先に3勝した方が勝利のシンプルなルールだよ」
そうそう、ルール自体は単純なのよね。
制限時間は15分。相手を降参もしくは気絶させるか、場外に弾き出した方の勝ち。
個人戦だと延長があるけど、団体なら時間が来た時点で勝敗が決していなければ引き分けとなる。
内容としては剣と魔法の複合技で戦い、魔法はそれぞれの属性を一回ずつしか使うことができない。故に剣も上手じゃないと、決して勝つことができないのだ。
カミロはどこのポジションなのかしら。一応助っ人だし、中堅か副将あたりかな?
その時、会場中から地鳴りのような歓声が沸き起こった。
物思いに耽っていた私は慌てて競技場に視線を滑らせる。対角線上に設られたゲートから出て来たのは、両校の選手達だった。
マルディークのユニフォームは騎士服を模した素敵なデザインをしている。マンサネラ学園は黒色、アラーニャ学園は……赤だ。
——懐かしい。
ユニフォームに身を包んだカミロが登場すると、会場中に渦巻く歓声が温度を増した。
最高潮に盛り上がる中、私はただ一人、一度目の人生で臙脂色の騎士服を着ていたカミロの姿を思い出していた。
ああ、どうしよう。ちょっと泣きそうかも。
そういえば私、ずっと言いそびれていたんだわ。
処刑される直前、牢まで来て助けようとしてくれてありがとうって。
何だか処刑された話は禁句のような気がして、見えない壁に阻まれるように、どうしても言葉にできなかった。
でも、次に話した時にはちゃんと伝えよう。
それこそ泣きそうなくらい嬉しかったって。今こうして、もう一度会えて本当に嬉しいって。
絶対に、笑顔で伝えなきゃ。
「ぎゃああああカミロ様あああああ! かっこいいいいいいいい!」
……いや、べアトリス様、泣いてる⁉︎ 確かに一度目の人生の時もこんな感じだったわね!
でも正直ちょっと助かったかも。胸が苦しくて一杯になっていたけど、お陰で気が紛れたみたい。
あ、そういえばテレンシオは……まだ寝てる⁉︎ この大歓声で、いくらなんでも大物すぎるでしょう!
「起きて、テレンシオ! もう始まるわよ!」
「んー……」
肩を掴んで揺さぶってみると、一応目は開けてくれたみたいだ。良かった。
私は安堵のため息をついて、もう一度競技場に顔を向けた。すると整列して挨拶を交わした選手達が自陣に戻る中、カミロがじっとこちらを見つめているではないか。
……え? 私たちがいることを確認できる距離というか、密度じゃないと思うけど……?
『さあ、アラーニャ学園はいきなりのスーパースターが登場だ! 昨年の個人戦全国覇者、先鋒、カミロ・セルバンテス選手〜!』
場内アナウンスが鳴り響くと、女生徒のみならず、老若男女の全てが大歓声を上げる。
うそ、カミロ、先鋒なの⁉︎
もう始まっちゃうなんて……! やだ、心の準備が!
「うわあー! カミロ先輩、先鋒ですって!」
「重要ポジションだな!」
「最初に勝って勢い付ける気ねえ」
クルシタさんに至ってはチュロスに手をつけ始めているのだが、みんなどうしてそんなに落ち着いているのだろうか。
一人で慌てている間にも、カミロとその対戦相手の選手が競技場の真ん中で向かい合う。
この時ばかりは観客も静まりかえって、ひりつくような緊張感が場内を覆い尽くしていく。
お互いに目礼をして剣を抜くと、試合開始の鐘の音が響き渡った。
その瞬間、二人の選手は同時に魔法を発動させた。
今までも十分に凄かったのに、今度の歓声は今日一番のものだった。
魔法陣が放つ刹那の輝きと、地鳴りのような熱狂。全員が一応は椅子に座っているのが不思議なくらいに、とぐろを巻くような興奮が場内を満たしている。
どうなっちゃうんだろう。カミロ、頑張って……!
祈るように両手を胸の前で組んだ時のことだった。右肩にどっしりとした衝撃を感じて、私は引きずられるようにして視線を重みの正体へと向けた。
やはりというか、それはテレンシオだった。
寝てる。完全に寝てる。
さっきはあんなに良いこと言ってたのに、この人何しに来たの? というか、これだけ盛り上がってるのにどうして寝られるのよ?
「ちょっと、テレンシオ! 起きて応援しましょうよ! 今良いところなんだから……!」
「うーん、眠い……なに……?」
「何じゃないわよお! しっかりして、テレンシオ!」
う、お、重いいい!
華奢に見えても男の子だわ。なんかこう、ずっしり重い!
とにかく直立させないと、二人してクルシタさんの食べ物の山に突っ込んでしまいそうだ。私はテレンシオの肩に腕を回して、何とか抱き起こそうとした。
異変はその瞬間に起きた。
地面を叩き割るような爆音が鳴り響いて、視界が白に塗りつぶされる。
思わず目を瞑るのと同時、流石にテレンシオも跳ね起きたのか、肩の重みが消える。
何事かわからず身をすくませているうちに光は収まって、困惑する人々の姿も再び見えるようになったのだが、競技場の様子は一変していた。
カミロの周囲の地面が黒く焼け焦げている。魔法について詳しくない私は何が起きたのか判断できなかったけど、アナウンスを担当する放送部は流石だった。
『おおっとセルバンテス選手、なんと雷魔法を暴発させてしまったーっ! 昨年度覇者に一体何が起きたのかぁ〜!』
アナウンスの男子生徒の声は、落ち着きを無くして上擦っていた。
魔法の暴発なんてそうは起こらないことくらい、私だって知っている。マルディークファンの観客達は皆一様にどよめき、カミロファンの女の子たちは一斉に悲鳴を上げた。
カミロ、大丈夫なの……⁉︎
『暴発でこの威力、流石はセルバンテス選手と言ったところでしょうか! いや、むしろこれが相手にぶつかっていたら大惨事か⁉︎ しかし貴重な雷魔法を無駄にしたのは手痛いミスです!』
そうよね、魔法は各属性の一回ずつしか使えないから貴重な手札なのに。
心配になった私がどうすることもできずにおろおろしていると、何故かいたく落ち着いた様子のカミロがまたしてもこちらを見つめていた。
いや、私のことは見ていない。遠くからでもわかる程に苛烈な視線が向かうのは、私の隣の——。
「……え。俺、なんで起き抜けから睨まれてんの?」
テレンシオが引き攣った顔で言う。
ええっと、私もさっぱりわからない。カミロったら、本当にどうしちゃったの?