学園の一大イベント、練習試合!①
さて、アラーニャ学園とマンサネラ学園によるマルディーク部の練習試合は、数十年の伝統に彩られた一大イベントである。
毎年秋口に催され、その場所は両校を交互に使用することになっているそうだ。
今年はアラーニャ学園での開催ということで、運動場は関係者のみならず、マルディークファンから地元の人たちで賑わっていた。
さながらお祭り騒ぎの様相だ。いや、実際に屋台まで来ているのだから、観衆にとっては楽しいお祭りという認識なのだろう。
「うわあ、凄いですね! こんなに賑やかだなんて、想像もしませんでした!」
「そうね、私も初めてだからびっくりしちゃった」
ルナは声を弾ませながら周囲を見渡している。
興奮した子犬のような仕草に頬を緩めた私の周りには、なんと冬服に衣替えしたボランティア部の面々が勢揃いしていた。
まさかテレンシオまで来てくれるとは思わなかった。どうやら部長に引っ張られてきたみたいで、眠そうに欠伸をしているけど。
「中々の人出だな! 一昨年の開催の時は観に来なかったから、私もここまでとは知らなかった!」
「あらあ、マルティンもなのねえ。私もよお」
軽やかな笑みを浮かべる三年生の二人にもどうやら初めてのことらしい。
本来なら興味のなかったイベントなのに、カミロのために来てくれたのね。何だか嬉しいな。
「ふあ……ねむ。皆さん、さっさと席の確保に行きません? せっかく来たのに席が遠いんじゃ、退屈で寝る自信がある……」
テレンシオが気怠そうに言った動機はさておき、確かに席の確保は最優先事項だ。
「そうね。屋台も気になるけど、まずは席を確保してからにしましょうか」
「賛成です! 早く行きましょう!」
気合も十分に頷き返すと、ルナがさっそく同意してくれた。クルシタさんだけはじっと屋台を見つめていたけど、ひとまず我慢してもらって歩き出すことにする。
屋台と沢山のお客さんで賑わう運動場を抜けて、すぐ隣のマルディーク競技場へ。
蔦の絡んだ壁は高く、歴史を刻んだ故の堅牢さを有しているようだ。長い列を作る入場口からようやく中に入ると、そこには広大な空間が広がっていた。
さすが私立の名門校と言える立派な設備。
綺麗な円形の競技場をぐるりと取り囲む観客席は、魔法の攻撃が当たらないように十メートルも嵩上げされている。
数千の観客を収容できるであろう規模に見えたが、驚くべきことに前方席のほとんどが埋まりかけていた。
開始まで一時間以上の今はまだ余裕があると思っていた私は、思わず驚嘆の声を上げた。
「本当にすごい人出ですね……! ここまで人気のイベントだったなんて」
「そうねえ。カミロ君効果って凄いのねえ」
「え? カミロ効果、ですか?」
全員で人の間を縫って歩きながらも、クルシタさんに言われて周囲を見渡してみる。
するとアラーニャ学園応援グッズを手にした人達の中、制服を着た女の子が高い割合を占めていることに気付く。
彼女達は皆一様に頬を紅潮させ、横断幕やら鳴り物やらを手にしているようだ。
そしてそのグッズに「カミロ様」とハート付きででかでかと書かれているのに気付いた私は、想像を上回る熱狂ぶりに卒倒しそうになった。
「うわー……ほんとだ。ミーハー女って、なんでこんなにうるさいわけ……」
テレンシオはこの会場内で一番テンションが低いに違いない。本当によく来てくれたなあと思いつつも、私は衝撃のあまりまともに物が考えられなくなっていた。
「す、凄すぎませんか、これ……? カミロってこんなに人気なの? というか、なんで退部した人が助っ人参加するのをみんな知ってるんです?」
私は今更のように恐怖を感じて、声が震えるのを止めることができなかった。
カミロが人気者なのは嬉しい。だけどこれ、私と婚約してるなんて知られたら、本気で暴動が起きるのでは……?
「最近になってカミロ君がマルディーク部の練習に参加していたので、噂が広まったようだな。ただでさえ突然の退部はセンセーショナルに知れ渡っていたし、ボラ部に入部しているのがバレていないこと自体が奇跡のようなものだ! はっはっは!」
部長がいつもの如くからりと笑うと、ルナが慌てたように口元に人差し指を当てた。
「ぶ、部長、声が大きいですよ……! カミロ先輩が入部を伏せてくださっているのは、女生徒がボラ部に押し寄せて迷惑をかけないようにっていう配慮なんですから!」
「む、そうだった。気をつけよう」
そういえばそんなことも言っていたっけ。カミロを追いかけたいあまりにやりたくもない部活に入ることなんてあるのかな、なんて考えていたんだけど、完全に甘かったようだ。
これは知られたら間違いなく入部してくる。しかも100人単位で来る勢いだ。
「空いている席があったぞ。あそこでいいかな?」
部長がてきぱきと指を指した先には、中央からやや外れた位置に空いた席があった。
改めてその席に着いてみると、思ったよりもずっと見晴らしがいい場所だ。
「良い席ねえ。マルティンのお手柄だわあ」
「早めに出てきたのが功を奏したな!」
それぞれ安堵して顔を見合わせていると、降った先にある一番前の席から華やいだ声が聞こえてきて、私は俄かに声の方向へと視線を飛ばした。
「またカミロ様の試合が見られるだなんて、なんて楽しみなのかしら……!」
「そうですわね、ベアトリス様!」
「全力で応援しましょう、ベアトリス様!」
なんと私の前世での友人、ベアトリス様とルイシーナ様とメラニア様が、横断幕を手に堂々と陣取っているではないか。
こ、これは……! すごく近いけど、できればバレたくない!
私は気配を消した。二名と三名に分かれて交代で席を立つことになったので、先輩方に先に行ってもらうことにする。
テレンシオはもともと屋台に興味がないみたいで、ルナに先に行くよう促していた。木製の席に座った途端に眠そうに欠伸をする横顔に、私は思ったことを尋ねてみることにした。
「まさかテレンシオが来るなんてね。ケイゼン以外興味がないと思ってたけど」
「ああ、それはレティシアのおっしゃる通りだね。全然興味ないよ、正直」
今にも眠りそうに瞳を瞬きながら、テレンシオは人気のない競技場を眺めている。
それならどうして来たのかと聞き返すと、小さな苦笑が落とされて賑やかな喧騒に溶けていった。
「あいつ、なんか変な奴だけど、良い奴だよね。活動中だって俺よりよっぽど真面目だろ」
「ええまあ、それはそう思うけど」
「そこは少しくらい否定しろよ。……前にさ、孤児院で助けてもらったんだ。俺は運動苦手だから、キャッチボールでへとへとになってたんだけど、そしたら代わってくれてさ。あの時は助かったな」
知らなかった。あの孤児院訪問の時、そんなことがあっただなんて。
「それで応援に来るなんて、テレンシオも義理堅いわね」
「よしてよ、ただの気まぐれだからさ」
テレンシオが柔らかい苦笑を浮かべる。
……そうね。カミロがそういう人だから、みんな応援に来てくれたのよね。
マルディーク部への助っ人を最初に断っていたのも、多分自分の実力が上がり過ぎているからで。
根っこの部分では人助けを良しとする性分の持ち主だからこそ、竜騎士になったんだもの。
一度目の人生でいつも私のことを気にかけてくれた、優しい人。
前に女神と魔女の関係についての推測を共有して以来、カミロとはあまり話をしていない。婚約したと発表していないから、なかなか話す機会がないのだ。
この状況を望んだのは私自身だったはずなのに、近頃はやけに寂しいと思う。
だけど今日こそは大手を振ってカミロを応援できるから、本当に嬉しいわよね。
「ねえ悪いけど、俺は時間まで寝るから。始まったら起こしてよ」
「わかったわ。おやすみ、テレ……」
名前を言い終わる前に、テレンシオは寝息を立てていた。
なるほど。眠るつもりだったから、私を席の番人として引き留めたのね。
こんなにうるさい場所で1秒で眠ってしまうとは、彼はやっぱり大物なのかもしれない。