最強の助っ人誕生
ヒセラ様は一体何を目的としているのだろうか。
私たちはすぐに図書館にて議論を交わしてみたが、結局のところ答えは出なかった。
魔女は世界中で畏怖を集める存在だ。かつて差別されていた経緯から国家に関わろうとする魔女はおらず、それはどの国でも同じこと。
更に魔女の魔力を政治利用することは国際法で禁じられている。戦争行為、スパイ活動に魔女は決して協力してはならない。
当時の首脳たちによる取り決めは今日まで破られたことはなく、もし法を犯す国があれば間違いなく我が国を含む列強による制裁を受けることになるだろう。
つまりヒセラ様がどこかの国の工作員である可能性は、ゼロではないが限りなく低いのだ。
だからこそ行動が読めなくて怖い。動機がただの恋愛感情ならまだわかりやすいけれど、思いもつかない理由であることも考えられる。
「どうやら、ここは国王陛下に報告するべきみたいだね」
エリアス様が静かに言ったことに、反対を唱える者は一人もいなかった。
魔女だという証拠を得た今、それ自体を報告するのは特に問題のあることではない。
恐らくだけど、国王陛下は独自のスパイ組織を持っている。どの国の国家元首もそういうものなのだ。
魔女だからといって洗脳したと言いがかりをつける訳にはいかないが、魔女が王太子殿下に近づいたとなれば、身辺調査を行う理由に余りある。
あれ程の黒い魔力を持つのだから、きっとどこかで使用してきた可能性が高いはず。
ヒセラ様の過去を含めて怪しい動きがないか調べて下さったなら、何かわかることがあるかもしれない。
「エリアス、頼んで良いのか?」
「もちろん。これくらいのことなら任せてよ」
カミロの問いかけに、エリアス様は当たり前のように頷いてくれた。
第二王子の頼もしい言葉を受けて、アロンドラが思案げに言う。
「これで国王陛下が調査を行ってくださるだろう。その結果が出るまでは、調べ物と監視くらいしかやる事がないな」
「確かにそうね。洗脳の証拠を掴むことができれば一番良いんだろうけど……」
何か方法はあるだろうかと考えようとしたところ、眉を釣り上げたカミロが間髪入れずに声を上げた。
「そんな危ない事、駄目に決まってる!」
「そ、そんなに駄目なの……⁉︎」
全力で否定されてしまった。
確かに私の魔力の少なさじゃ役には立たないだろうけど、何だか過保護が加速しすぎているような。
「まあ、当面は大人しくしていることだね」
エリアス様の苦笑は見守る者特有の温かさを有しているように見えた。小さく頷いたアロンドラも同じ顔をしている。
こうして、私たちは調査が終わるまで、束の間の日常を得たのである。
それはヒセラ様が魔女だと発覚した数日後のことだった。
クルシタさんと部活に行くべく廊下を歩いていた私は、突き当たりのところで赤い髪の後ろ姿を見つけて目を瞬かせた。
「あらあ? あれは、カミロくんかしらあ?」
「そうですね。誰かと話しているみたいですけど」
話している相手は大柄な男子生徒だった。
かなりの長身であるカミロより更に背が高くて、筋骨隆々の体躯をしている。
あれは確か2年生でマルディーク部のニコラス・トラーゴ伯爵令息だ。
この夏の3年生引退で部長に就任した彼は、カミロの次くらいの実力を持つと聞いたことがある。
体が大きく目立つこともあって、世間の事情に疎い私ですら知っている貴重な人物だ。
それにしても何を話しているのだろう。ニコラス様は頼み込むように顔の前で両手を合わせ、必死で頭を下げている。
「この通りだ、カミロ! レギュラーの一人の怪我が長引いててさ、困ってるんだよ! 古巣を助けると思って!」
「だから、俺は忙しいんだって。退部したんだからもう出る気はないよ」
「もう一度入部すればいいだろう⁉︎ なあ頼むよ、伝統の練習試合、負ける訳にはいかねえんだよお!」
泣きつく勢いのニコラス様と、面倒だと思っているのを隠しもしないカミロ。
彼らは私達の進行方向にいるので、尚も揉めているうちにどんどん距離が詰まってしまい、最終的にカミロと目を合わせることになった。
「レティシア! それに、副部長も」
「……ご機嫌よう」
「ご機嫌よう、カミロ君。いったいどうなさったのお?」
クルシタさんがおっとりとした声で質問すると、カミロは得たりとばかりに顔を輝かせた。
「実はマルディーク部から助っ人を頼まれて困っていたんです。今からミーティングですよね? 俺もご一緒します」
なるほど。古巣からの勧誘を断るために、私たちはちょうどいい所に現れたみたいね。
でも良いのかしら? ニコラス様、本当に困っている様子なのに。
「カミロぉ! 行かないでくれええええ! 頼む、この通りだ!」
「うるさいぞニコラス。俺はボランティア部が楽しいんだ、マルディーク部に戻る気はないって言ってるだろ」
カミロは面倒くさそうにため息を吐いていたけど、私はつい思ったことを口に出してしまった。
「マルディーク、見てみたいなあ……」
ピクリとカミロの肩が揺れる。
いけない、余計なことを言ってしまったわ。
でも見てみたかったんだもの。カミロの試合中の姿なんて、それこそ一度目の人生での御前試合でしか目にしたことがなかったし。
きっと格好良いんだろうな。けれど他でもないカミロが決めたことだもの、私が無神経にお願いしていいことでは無いわよね。
「カミ……」
「そんなに困っているなら仕方がないな、ニコラス。助っ人参加してやるよ」
カミロ、部活に行きましょうか。
出かかった台詞を急遽飲み込んだ私は危うくむせる所だった。
え、今の一瞬でどうして心変わりを?
あんなに嫌そうにしていたのに?
「本当か、カミロおおおおおお!」
「マルディークが嫌いで辞めたわけじゃないしな。たまにはいいだろ」
「ありがとう! 本当にありがとう、カミロッ!」
感激した様子で叫ぶニコラス様を前に、カミロは先程までと打って変わって機嫌が良さそうだ。
仲間の熱意に当てられてということなのかしら。ニコラス様、良かったわね。
それに私も嬉しい。記憶を取り戻さなければマルディーク部を辞めることはなかっただろうから、責任を感じていたのだ。
……うーん、本当は見に行きたいけど、遠慮した方がいいかな。私みたいなのが花形運動部の試合なんて見に行ったら、絶対に浮いちゃうもの。
「あらあ。カミロくん、マルディークの試合に参加するの? そういうことならボラ部で応援に行こうかしらあ」
しかしそんなことを考えていたら、クルシタさんがおっとりとした笑みで驚くべきことを言い出すではないか。
ボラ部でカミロの応援に行く? 考えたこともなかったけど、それって、凄く楽しそうなのでは。
「それはありがたい! ぜひ来て下さい!」
そしてカミロが太陽のような笑みを見せてくれるから、心がぽかぽかと温かくなってくる。
……そっか。私たちが応援に行ったら、喜んでくれるのね。
「今日のミーティングで聞いてみるわねえ。カミロくんは今からマルディーク部に行くのかしらあ?」
「ええ、そうさせてもらいます。すみません副部長」
「良いのよお、人助けはボランティアの基本だもの。ね、レティシアちゃん」
急に話を振られた私は心の準備ができていなかったので、「え、あ、そうですね」と歯切れの悪い返事をしてしまった。
話について行けていない私の様子を気にするでもなく、カミロは真っ直ぐな視線で見つめてくる。
「レティシアも、来てくれるか?」
「え? えと、はい。行くわ。行きます」
私はこくこくと頷いた。
その瞬間のカミロの笑みが、二人きりの時しか見せない溶け切ったものであることに気付いてしまった。
そして同時に思い知る。カミロは私の前で、普段は見せない表情を見せてくれていたんだってことを。
「それじゃ、俺はこれで。副部長もレティシアも、部活頑張って下さい」
「はあい。カミロくんも頑張ってねえ」
クルシタさんと挨拶を交わし、カミロはむしろニコラス様よりも率先して歩き去って行った。
何だかやる気十分って感じだ。まさか私が見たいって言ったから、とか……。
い、いやいやいや。流石にそれは自惚れよ。そんなはずないじゃない。
「うふふ。楽しみねえ、レティシアちゃん。それじゃあ私たちも行きましょうか」
「……はい、クルシタさん」
そしてクルシタさんの笑みも、何となく揶揄う色が含まれているような気がするけれど。
気のせいだと、思いたい。