閑話 心の声と同時にお楽しみ下さい
そろそろ夏休みも終わろうかという今日、私はサムエルとお菓子作りをすることにした。
貴族の子弟は料理なんてしないものだけど、私がお菓子作りをするのを見てサムエルが興味を示したのだ。
作るのはバタークッキー。今日はカミロが遊びにくる予定だから、上手くできたらおやつに出しちゃおうかな。
「サムエル、まずは手を洗いましょうね」
「はーい、おねえさま!」
紺色のエプロンをしたサムが元気に両手を上げる。
踏み台の上で背伸びをして手を洗う小さな後ろ姿を見守って、私も同じように手を洗った。
ちなみに私は髪を一纏めにして、眼鏡は汚れた手で触りたくないので外している。エプロンは赤色を愛用中だ。
「それじゃあサムには材料を混ぜてもらおうかしら」
「うん! 僕、ざいりょうをまぜる!」
ああ、おうむ返しが可愛い〜!
計量は難しいから私がやって、常温に戻したバターを練ってもらう。
うん、頑張って混ぜてるわ。白くなったら砂糖も投入ね。
姉馬鹿かもしれないけど、サムは初めてと思えないくらいに丁寧で、上手だった。
「サムは上手ね。お姉様びっくりしちゃった」
「えへへ! 僕、おねえさまに美味しいクッキーを食べてもらいたいから、がんばるね!」
あ、ああ〜! 語彙力が! 語彙力が消え失せていく!
なんて眩しい笑顔なの……!
駄目、落ち着くのよ。今抱き締めたりしたら、サムが粉だらけになっちゃう。
「卵を混ぜて……」
「たまごをまぜる!」
ボウルに卵黄を投入。サムは相変わらず楽しそうに、泡立て器で音を立てながらかき混ぜている。
「粉を振るって……」
「こなをふりふりする!」
「しっかり混ぜて」
「しっかりまぜる!」
「うん、いいわ。麺棒で伸ばしましょう」
サムエルったら、本当になにをやらせても卒なく上手なのよね。すっかり綺麗な生地ができてしまったわ。
私は感心しつつ綺麗にした台の上に生地を置いて、均一になるように麺棒をかけた。
ここからは特に子供には楽しいはず。お待ちかねの型抜きタイムよ!
「わあ〜どうしよう! おほしさまとー、くまさんとー……あ! ねこさんもかわいいなあ」
ウキウキしながら型を手に取っては無邪気に笑うサム。
ああ、幸せ。一度目の人生の時もサムのことは可愛がってきたつもりだったけど、お菓子作りは初めてだものね。
「好きな型、ぜーんぶ使っちゃいましょう!」
「いいの⁉︎ わーい! おねえさま、だいすき!」
……ああ!
サムが可愛すぎて、死にそう!
一通り型を抜いて、オーブンに入れ終えた時のことだった。
厨房の扉からひょっこりとカミロが姿を現したので、私は目を丸くして彼を迎えることになった。
「邪魔してるよ、レティシア」
「カミロ! 随分早いのね……えっ、もう2時⁉︎」
時計を見ると、既に約束の時間の5分前を迎えていた。
やだ、私ったら出迎えもせずに……!
「ごめんなさい! お菓子作りに夢中になってしまって」
「気にしないでくれ。レティシアが楽しそうで俺も嬉しいし、家族との時間は大事にしないとな」
「カミロ……ありがとう」
優しく細められた目を見ていられなくて、私は淡く染まった顔を伏せた。
動物園に行った日から、カミロは会うたびにどんどん甘くなっているような気がする。
「サム、こんにちは。お菓子作りは楽しかったかい?」
「……カミロさま、こんにちは! おねえさまとつくったから、たのしかったよ!」
「おいおい、お兄様って呼んでくれよ、なあサム?」
馬車での出来事を思い出して赤面した私は、カミロとサムの間に派手な火花が散ったことなど知る由もなかった。
というか、多分しっかり見ていたとしても気が付かなかっただろう。
「……ええ〜? そんなあ、はずかしいよ!」
(僕はお前なんか兄と認めていないぞ。お姉様に馴れ馴れしくするな、このデカブツが)
「はは、照れなくて良いのになあ。サムともっと仲良くなりたいんだけど、気長にいくしかないか」
(今日も猫被りは好調みたいだな。解っているだろうがレティシアの婚約者は俺だ、弟の出る幕はここまでだぞ)
笑顔で会話を交わす愛弟と婚約者。二人はいつの間にか仲良くなっていたのね。嬉しい!
ほのぼのとしたやりとりに頬を緩めつつ、私はお茶の用意を整えることにした。
するとカミロが笑みを浮かべて近寄ってくる。
「レティ、手伝おうか?」
(レティにちょっとでも良いところを見せたいんだけど)
「お客様に手伝ってもらうわけにいかないわ。先に客間に行っていて?」
カミロの申し出は有り難いけれど、笑顔で断ることにする。
焼き加減の面倒を見ながら片付けもしないといけないし、お客様をこき使うなんてできないものね。
「おねえさま、僕はボウルを洗えばいいかなあ?」
(後片付けだって僕はちゃんとやるんだよ、お姉様)
「あらいいのよサム、シンクに背が届かないでしょう?」
さっきも背伸びして手を洗っていたもの。心がけは立派だけど、無理はさせられないわ。
……あら? 心なしか二人ともしゅんとしてしまったような。気のせい?
首を傾げたところで、廊下を通りがかったメイドの一人が厨房に入ってきた。
「まあまあお嬢様、ここからは私たちにお任せくださいませ!」
「そんな、でも」
「お客様をお待たせするわけには参りませんもの。さあさあ坊ちゃん方も、皆さんでご歓談なさって下さいな」
クッキーは焼けたらお持ちしますからねとの言葉を最後に、私たちは厨房から追い出されてしまった。
我が家のメイドは本当に働き者ね。それではお言葉に甘えて、三人でお喋りしようかしら。
「わーい! 僕、カミロさまとあそびたかったんだ!」
(誰がお姉様と二人っきりにさせるか。今日はせいぜい邪魔をさせてもらうぞ)
「そうか、サム! 何をして遊ぼうか?」
(相変わらず生意気な……! 泣きを見ても知らないからな)
体をぶつけ合う勢いで歩いていく二人は、後ろ姿だけ見れば本当の兄弟みたいだ。
私は小さく笑い、二人の背中について歩き始めた。
男の子同士の方が気が合うところもあるのよね。何だか羨ましいな。
いつもお読みいただきありがとうございます!
ストックが尽きましたので、次回から不定期更新となります。
楽しみにして下さっている皆様におかれましては大変申し訳ございません。
あまりお待たせしないようにできる限り頑張りますので、これからもお付き合い下さいませ。