美少女ふたり
今、私の目の前には薄桃色の髪を緩く巻いた美少女がいる。
華奢な体に纏うのは上品な紺色のワンピースで、洗練された佇まいがカフェのテラス席によく似合う。
人形よりも整った顔には薄化粧が施され、普段は装うことに興味がない彼女の魅力を最大値まで引き上げていた。
そう、アロンドラは長期休暇になると別人のように完璧な令嬢になるのだ。
彼女曰く「実家に帰ると母上とメイドたちに着飾られてしまうのだが、やってもらえる分には別段構わない」とのこと。
私も眼鏡を取り上げられた上で襟付きのワンピースを着せられてしまったので、同じような状況と言える。
「ふふ。私、アロンドラの装った姿って好きよ。とっても可愛いもの!」
「そうかね。君も可愛いよ、レティシア」
二人して褒め合って、冗談まじりの笑い声を上げる。
今の私たちは普段の姿から想像もつかないほどの変身を遂げているから、もし学園の生徒に出くわしたとしても、誰もわからないだろう。
私が私であるとバレないということは、素顔を見られても記憶が戻る心配もないということだ。
眼鏡をしていないと落ち着かないのは相変わらずだけど、これはこれで身軽で悪くないかもしれない。
「アロンドラの夏休みはどう? 研究は順調?」
「ぼちぼちと言ったところかな。……ああそうだ、今度お爺様のツテで魔女に話を聞けることになったんだ」
「魔女に? それって、凄いことじゃない!」
通常の魔力とは別に、選ばれし黒色の魔力を持たない限り、魔女になることはできない。
魔女の魔法は洗脳を可能にしたり、生贄を必要としたりするが故に、外法とされていた時代があった。
今は表向きの差別は無くなったけど、神秘的かつどこか恐ろしい存在であることは変わらないのだ。
「うむ。魔法学の研究をする上で、魔女の黒色の魔力と、一般的な魔力の違いは避けては通れない論点だ。ご本人から話が聞けるとなれば、楽しみにもなる」
小さく微笑みながらレモンスカッシュを飲んでいるところを見るに、アロンドラはとても喜んでいるようだ。
親友が充実した夏休みを過ごしているならそれは嬉しいことだ。しかしながら楽しそうねと笑うと、アロンドラは考え込むような顔をした。
「実は、気になることもあるのでね」
「気になること?」
「ああ、魔女殿に聞いておきたいことだ。杞憂ならそれで良いのだが、疑問は晴らしておいた方がいい」
アロンドラの研究はすでに学生のレベルにはないと、先生たちが噂し合っているのを聞いたことがある。
きっとこの聡明な友人には、私の知らない多くのものが見えているのだろう。
「私にはよくわからないけど……頑張ってね、アロンドラ!」
「ありがとう、レティシア。この機会を生かしてくるよ」
そう言って話を締めくくったアロンドラは、君の夏休みはどうなのかと話を振ってきた。
私の夏休み、か。食事会が催された旨は先ほど報告したし、後はいつものようにサムと遊んで勉強してるだけ、なんだけど……。
「変わったことと言えば、そうね。明日、カミロと動物園に行くことになっているの」
実は食事会の後でおしゃべりしていた時、そういう話になったのだ。
カミロが「せっかくの夏なんだから行きたいところはないのか」と聞くので、私は動物園と答えた。
子供の頃以来訪れたことのない動物園には、以前から憧れを抱いていた。
カミロはそんな私の心中を察してか、わかったと言って笑顔で頷いてくれた。
「ほう。健全なデートという感じで、実に良いではないか」
「え」
アロンドラの微笑ましげな表情に、私は盛大に固まった。
……デート? これって、デートなの?
「デートって、どういうものをデートっていうの……? 定義は?」
「定義? そんなもの、男女二人で出かけたらデートではないのかね」
「え、そ、そうなの……⁉︎」
私は頬に熱が集中するのを自覚した。動揺のあまり視線を泳がせると、アロンドラが呆れ顔で見つめ返してくる。
どうしよう、全然意識していなかったけど、言われてみればそうだわ!
カミロとは一度目の人生の時からよく二人で過ごしてきたし、今回もそれと同じだと思っていたから。
デートなんて一度もしたことがないのに。私、上手くできるかしら……?
あっという間に朝がやってきた。
意識してしまったら何だか緊張して、いまいちぐっすり眠ることができなかった。
酷い顔色かもしれないけど、今日はカミロと動物園に行く日だ。楽しみにしていたことは間違いない。
気合を入れて起き上がったところでお母様が乱入してきて、問答無用で白いふんわりとした素材のワンピースを手渡される。
眼鏡は没収され、さらにはメイドたちに囲まれた私だけど、今日に関しては抵抗する気なんて少しもなかった。
「……こうなったら! みんな、今日は目一杯綺麗にして下さい!」
腹を括った私は、気迫にみなぎる目でお母様とメイドたちを見つめ返した。
「まあ、レティ! 貴方もようやくわかってくれたのね!」
お母様が歓声を上げると、メイドたちも一斉に華やかな返事をくれる。
そう、何故なら今日はデートなのだ。
眼鏡を外して綺麗にしていれば、誰かに見られても私だとは気付かれない。
素顔とのギャップが刺激になるのだから、素顔だけ見られる分には問題ない。
それにカミロはこの前、私が装った姿を褒めてくれた。
だからきっと、今日も綺麗にしていけば喜んでくれる。カミロが幸せそうに笑うと、私も幸せな気持ちになるから……だから、気恥ずかしいのも今は傍に置いておくべきなのだ。
にまにまとした笑みを浮かべるお母様の指示の元、メイドたちがテキパキと動き始める。
洗顔を終えた私は、先ほど渡されたワンピースに着替えることにした。
今日はドレスではないのでコルセットは無しだ。ノースリーブの白いワンピースはシフォン素材で仕立てられ、腰のところを細い水色のリボンで締める造りになっている。
こんなに可愛いワンピースなんていつもなら腰が引けるけど、カミロが喜んでくれるかもしれないと思うと、何故か着る勇気が湧いてくるのだから不思議だった。
「ふふ、若いって良いわねえ……」
お母様が上機嫌で囁いてくるけど、真っ赤になった顔を背けて無視をする。
髪はゆるく巻いて、仕上げに紺色のリボンを後頭部の下からおでこの上までぐるりと通し、蝶々結びをしてもらった。
「まあ! お嬢様、本当にお可愛らしいですわ!」
「素敵ですわ〜!」
「これで落ちない殿方はおりませんわ!」
口々に褒めそやすメイドたちに、単純な私はすぐに背中を押されてしまう。
お母様も満足げに笑っていたし、皆の実力を信じて出かけることにしよう。